ローラの慟哭
それ以降、エマは寝室に隔離された。
喀血病は、感染する病――医師の厳しい指示により、セイルはもちろん、使用人たちでさえ寝室へ近づくことを制限された。
エマの世話は、領内の医療者たちが交代で担った。皆が「少しでも力になりたい」と自ら志願して治療にあたり、その献身にセイルは感謝すべきとわかっていた。それでも彼は医療者らを見送るたびに、報告を受けずにはいられなかった。エマの一挙一動を、知らなければ気が狂いそうだった。
「……今日も長く臥せっておられました。起きていらっしゃるときも、窓辺から庭園の梅の木をただ眺めて……」
報告に耳を傾けるたび、セイルの胸は鋭い刃物で裂かれるように痛んだ。ひとり窓辺に座る妻の姿を思うだけで、胸が詰まる。
*
「少しだけでも……何か召し上がってくださいませ」
執務室の扉を叩いたローラが、盆を抱えて入ってきた。湯気を立てるスープと、焼きたてのパン。食欲を失ったセイルのためにと気遣って用意したものだ。
セイルは答えず、ただ小さく頷く。机に並べられていく温かな食事。その香りすら遠いものに感じながら、セイルは無言で彼女の手元を見ていた。
やがて、ローラは手を止め、真っ直ぐにセイルへと向き直った。
「旦那様……どうか、私を罰してください」
震える声にセイルは顔を上げる。いつも毅然としている侍女らしからぬ、か細い響きだった。
「奥様が視察を繰り返されるのは、お体にご負担だとわかっておりました。それでも私は……止めなかった。いいえ、止められなかったのです。どうか、その罪をお咎めくださいませ」
目を伏せ、後悔に揺れる瞳。
セイルはしばし無言のまま彼女を見つめ、やがて低く吐き出すように言った。
「……そんなことをしても何も変わらない。エマが悲しむだけだ」
その言葉に、ローラの目から大粒の涙があふれ出した。必死にこらえていたものが、堰を切ったように。
「いいえ……いいえ!私がもっと強くお止めしていれば……こんなことには……!」
ハンカチを握りしめ、声を殺して泣き崩れるローラ。セイルは無表情のまま、彼女の慟哭をただ受け止めていた。
涙に濡れた顔を伏せながら、ローラはぽつりと呟いた。
「奥様は視察のたび、領民一人一人にお願いをしておられました。『旦那様に力を貸して欲しい』『助けてあげて欲しい』と。必ず頭を下げて……まるで、こうなることを予測して、あらかじめ準備をしておいでだったかのように……」
その言葉に、セイルの心臓は握り潰されるような痛みに襲われた。
――どうして。
どうして、エマ。
心の内で繰り返す声は、誰にも届かない。
静かな執務室に、ローラのすすり泣く声だけが、いつまでも響き続けていた。




