雪解けの水のように
セイルが駆けつけたとき、会場はすでに騒ぎを収めつつあった。
多くの医療者の手によって、エマは応急の処置を受け、簡易の寝台に横たえられている。
その周りには医師や看護師が心配そうに集まり、ローラが不安げに傍らに付き添っていた。
「セイル様、来てくださったんですね」
エマはすでに意識を取り戻していた。
疲れの色をにじませながらも、エマは微笑む。息を切らしながら飛び込んできた夫を安心させるかのように。
「……エマ、血を吐いたと、聞いて」
セイルの声は震えていた。肩で息をしながら、瞳を見開いている。
「ふふ。大げさですわ。ただ……咳き込んだときに、ほんの少し血が混じっただけです」
努めて明るく言うエマ。
だがセイルはその言葉を信じきれず、険しい目で周囲を見回した。
「……本当に?」
視線を向けられた医療者たちは、互いに目を伏せ合い、やがて重い空気をまとって頷き合う。
一人が、おずおずと前に進み出て、低く告げた。
「……奥様はおそらく、喀血病でございます」
「……喀血病?」
その名を口にした途端、場に重苦しい沈黙が落ちる。
血を吐き、発熱と咳を繰り返し、やがて呼吸を奪って死に至る病。
治療法は、ない。
「ここにいる医師たち全員で診断いたしました。状態から見ても、間違いはないかと……」
説明が続く間も、セイルの顔色は蒼白に染まっていった。
彼はその場に立ち尽くし、拳を握りしめながら、独り言のように呟く。
「……そんな、なんで……」
信じたくない現実に、言葉は掠れ、壁に手をついてようやく立っている。
一方で、エマは静かな面持ちのまま、淡々と問いかけた。
「私はあと、どのくらい生きられますか」
医師たちは顔を見合わせ、重苦しい沈黙が広がる。
やがて一人が意を決したように、低く答えた。
「……一年も、ないでしょう」
その宣告に、セイルの喉がかすかに鳴った。
彼は今にも崩れ落ちそうな姿で、ただエマを見つめている。
しかし、当の本人は、笑った。
「そうですか。……思ったより長くて、安心しました」
その声は、雪解けの水のように澄んでいた。
死の宣告を受けたとは思えないほど、優しく、穏やかに。
*
帰路の馬車のなか。
セイルはエマの肩を強く抱き寄せたまま、動揺を押し殺していた。エマはその腕のなかに身を委ね、かすかな呼吸を繰り返している。
「……貴女は、知っていたのですか」
セイルの声は低く、怒りとも絶望ともつかない震えを帯びていた。
「見当はついていました」
「なぜ……もっと早く教えてくれなかったのです」
「……ごめんなさい」
困ったように微笑む妻。その微笑みすら、セイルの胸を締めつける。
「なぜ……どうして……」
言葉は途切れ、ただ震える手がエマの肩を抱きしめる。
エマはその震えを静かに受け止めながら、目を閉じた。揺れる馬車のなか、浅い呼吸とともに眠りへと沈んでいく。
離れゆく意識の中、エマは心の内で呟いた。
――本当は、もう少し生きられると思っていた。




