寂しがり屋の嫉妬
夫婦の寝室にて、セイルはぼんやりと考え込んでいた。
エマは「その人物とは長らく会っていない」と言っていた。
確実にルーベンのことではない。だとすれば、いったい――。
「セイル様、眉間に皺が」
ふいに、エマがにこやかに覗き込んできた。
白く細い指が彼の眉間をそっとなぞる。その愛らしい仕草に、セイルは顔を赤らめる。
「エマ……」
「私に、なにかお聞きになりたいことがあるのでしょう?」
図星。セイルは返答に詰まる。
しばしの沈黙ののち、セイルは観念したようにため息をつき、エマを抱きしめた。
「マリアベル殿下が来られてから……貴女の子どものころを考えることが多いのです」
「私の?」
「はい」
エマは眉を下げ、少し首を傾げる。
セイルは彼女を抱いたまま、声を低くした。
「貴女の子どものころは、どんな少女だったのか。何を好み、何に心を揺らしたのか。そして……」
セイルは抱きしめたまま、エマの耳元でささやく。
「誰に心を寄せていたのか」
その声音にエマの心臓は大きく跳ねた。
セイルの声が全身に響くようだった。
「貴女が以前おっしゃった、かつて親しく思った人物とは……貴女の目に映った男は、誰です? 私は貴女が思うよりずっと、嫉妬深い」
セイルの吐息が耳をかすめた。とたんにエマは顔が熱くなるのを感じた。
エマにとって、かつて愛した人は清一だけ。
それは、今目の前にいるあなたです、とは口が裂けても言えない。
なんとかごまかそうとエマは目を泳がせた。
視界の端に、さっきまで読んでいたロマンス小説。
「え、絵本の王子様に、恋を……!」
苦しい言い訳。それでも彼女にできる最大限だった。
セイルは抱きしめたまま、反応がない。
「セイル様?」
おそるおそるエマが顔をのぞくと、セイルが笑っている。
「……ふっ」
「わ、笑うなんて……ひどい」
「すみません」
それでもセイルは、笑みを噛み殺せず、肩が震えている。
「……エマ、可愛いです」
額に軽く口づけられる。エマは恥ずかしさで紅潮しつつも、なんとかごまかせたことで、心の内で安堵した。
「今度、その本を読ませていただきます」
「や、やめてください! またからかうつもりでしょう」
「それに、エマは絵が苦手だそうですね」
「けほっ、けほっ……!」
エマは思わず咳き込む。
「エマ、大丈夫ですか」
「もう、そんなことまでお知りになったんですか……!」
セイルの心配をよそにエマは涙目で力いっぱいにらんでみせた。それがセイルには小動物が必死に抵抗しているように見えた。
「今度私の絵を描いてください」
「知りません!」
顔をそむけるエマ。
「もう、そんなことばかりおっしゃるなら……これ以上、私のことを詮索しないでください!」
「嫌です」
一言で退けられ、エマは息をのんだ。
セイルはそのまま、怒った妻をやさしくベッドに押し倒した。
さっきまでの軽口とは違う、熱を帯びた眼差しで彼女を見降ろす。
「……あなたのことを全部知りたい」
「……っ」
羞恥に唇を噛んだその上から、彼の口づけが重なる。
優しく、甘やかに。抵抗する力は、次第に溶かされていった。
「……もう、あなたの好きになさって」
「いいのですか」
「仕方がないのです」
エマはそっと彼の頬に手を添えた。
「……私の夫は、寂しがり屋ですから」
そのまま、彼女もまた自ら唇を重ねるのだった。




