清一の回想_討伐2(清一視点)
討伐軍の兵士たちは、はじめのうちは「聖騎士様」とかしこまって呼んでいた。
しかし、グランフォード公爵が酒の席で名付けた「セイル」という呼び名は、思いのほかすぐに広まった。
「セイル殿!こちらの傷兵の治癒をお願いします!」
「セイル様、浄化の準備が整いました!」
誰かが呼ぶたびに、周囲も自然に同じ呼び名を口にする。
最初は違和感があったが、次第にそれが自分の名として定着していくのを感じた。
それでも心の奥底では、百合子にとっての「清一」であり続けることだけは、決して揺らがなかった。
*
最深部にたどり着いた瞬間、空気が一変した。
濃密な瘴気が視界を霞ませ、息を吸うだけで喉が焼けるように痛む。
地面はひび割れ、黒く焦げ、ところどころから硫黄のような臭気を放つ煙が噴き出していた。
「来るぞ!」
怒号とともに、魔物の群れが四方から押し寄せた。無数の牙と爪が閃き、地を揺らすほどの咆哮が飛び交う。
俺は浄化の力を放ちながら必死に立ち続けた。だが、魔物の波は途切れることを知らない。
そのたび、仲間たちが盾となって俺を守ってくれた。槍を突き立て、剣を振るい、時には己の身を投げ出してでも、俺の命を繋いでくれる。
彼らの叫びと血の匂いが入り混じり、胸を突き上げる。
「セイル、下がれ!」
グランフォード公爵の声が飛ぶ。
次の瞬間、大地を抉るような轟音とともに、太い尾が視界を裂いた。
鋼鉄をも砕くであろうその一撃が俺を直撃するかに思えた。
その刹那──公爵の体が割り込む。
彼の大盾が火花を散らし、衝撃が空気を震わせた。
「ぐっ……!」
公爵の足元がめり込み、土煙が舞い上がる。
間一髪だった。俺の命は、公爵の盾に救われた。
「立てセイル! お前にはまだ役目がある!」
彼の怒声に、俺は歯を食いしばり頷いた。
そして──
闇を裂いて現れた巨影。
それは、ただの怪物ではなかった。
黒々とした鱗に覆われた巨躯、揺らめく焔を喉奥に灯す口、そして何よりも──
俺の存在を吸い込むように射抜いてくる、その瞳。
目が合った瞬間、背筋が凍りついた。
抗えぬ意志がその双眸から流れ込み、足を縫い止められる。
心臓が掴まれ、呼吸が奪われる。
──ドラゴンだ。
次の瞬間、喉奥で唸りが膨らんだ。
世界を焼き尽くすほどの炎が、奔流となって俺を呑み込む。
熱と轟音が一瞬にして全てを塗り潰した。
視界も、耳も、感覚も、炎に溶かされる。
炎の奔流が去ったとき、そこにセイルの姿はなかった。
焼け焦げた大地に立ち尽くす討伐兵たち。
「セイル……!」
グランフォード公爵が思わず声を張り上げる。
だが返事はなく、ただ赤熱した空気が揺らめくだけだった。
「どこへ消えた……? 今の炎に呑まれたのか……」
兵たちは互いに顔を見合わせ、戦慄を隠せない。
「まだ終わっておらんぞ! 怯むな!」
公爵は怒号と共に剣を振るい、仲間たちを奮い立たせた。
しかしその目の奥に、一瞬だけ、焦燥と不安が浮かんでいた。




