清一の回想_討伐1(清一視点)
瘴気の浄化というのは、要するに土地を癒す行為だった。
これまで人に施してきた治癒の力を、荒れ果てた大地に向けて流し込む。ただそれだけのこと。やるべきことは決して難しくはない。
だが問題は、その最中に押し寄せる魔物たちの群れだった。
俺が光を放ち続けている間、絶え間なく襲いかかる牙と爪。肉を裂かれ、骨を砕かれても、治癒の力で立ち上がることはできる。けれど、受ける痛みまで消えるわけではない。
癒しては傷付き、傷付いては癒す。
その繰り返しに、心身は日に日に削られていった。
それでも討伐軍の進軍はこれまでにない成果を上げていた。
後退するばかりだった戦況が、俺の治癒で兵の数を保ち、大地を浄化しながら前へ進んでいる。ついには、ドラゴンが棲む最深部へと近づいているのだという。
兵たちの顔には、かつてなかった明るさが宿っていた。
その夜もまた、焚き火を囲んで小さな宴が開かれた。
わずかな酒を分け合い、歌い、笑い、戦の只中にありながら束の間の安らぎに浸る。
「もうすぐ子が生まれるんだ! 聖騎士殿も祝ってくれ!」
隣に座ったグランフォード公爵が、酒気を帯びた大声で肩を組んできた。勢いに押され、俺は手の盃を危うく落としそうになる。
「……おめでとうございます」
「はっはっは! 三人目ともなれば慣れたものだが、それでも嬉しいものは嬉しい!」
公爵は豪快に笑い、再び酒をあおった。
その笑顔を見ながら、俺は思わず遠い人を思い出す。
――百合子さん。
彼女のお腹にも、俺と彼女の子が宿っている。あれからどれほどの時が流れたのだろう。
考える度に、胸を締め付けるような感覚に息を詰める。
お産のときに側にいられたなら、せめて治癒の力で彼女の苦しみを和らげられたかもしれない。それをできない自分が、悔しくて、恨めしくてたまらなかった。
苦い思いが顔に出ていたのだろう。
公爵は焚き火を見つめながら、俺の肩をそっと叩いた。
「……何度戦場に出ても、考えるのは残してきた家族のことばかりだ。こればかりは、慣れんものだな」
低く落ち着いた声音だった。大きな背に似合わぬほどの温かさが滲んでいた。
「……はい」
俺は強く拳を握りしめ、うつむきがちに答えた。
焚き火の炎がゆらゆらと揺れ、歌声と笑い声が夜営の場を包んでいる。
グランフォード公爵は上機嫌で酒盃を掲げ、声高に言った。
「しかし、この戦果は非常に喜ばしい!聖騎士殿には感謝してもしきれんな!」
公爵は酔いに任せて高らかに笑ったあと、こちらに視線を向ける。
「聖騎士殿、名はなんといったかな」
「清一です」
「セイーチ? 言いにくい名前だな」
公爵は舌の上で転がすようにモゴモゴと発音を試す。
「セイーリ……セイール……ふむ、セイル! これが言いやすい!はっはっは! 良いじゃないか、これからは親しみを込めてセイルと呼ぼう!」
「……なんでも良いです」
俺は小さく返した。
公爵は楽しげに酒をあおる。
俺の胸の奥には、残してきた百合子さんへの思いばかりが燻っていた。




