邂逅
エマは、足元に自分のものではない温もりを感じて目を覚ました。ゆっくりとまぶたを開けると、そこには彼女の夫、セイルの顔があった。穏やかで、安らかな表情をしている。
「……眠れましたか」
彼が静かに尋ねる。
「……少し」
昨夜の出来事が脳裏をよぎり、エマの頬は瞬く間に赤く染まった。シーツが小さく音を立て、セイルが優しく彼女を抱き寄せる。
「もう少し、このままでいてもよろしいですか」
低く甘い声とともに、セイルは彼女の髪に顔を埋めた。吐息が耳元をかすめ、エマは全身がくすぐられるような心地に囚われる。
「もう……お好きになさって」
羞恥でどうにかなりそうだったが、それでも彼を拒むことはできなかった。
「エマ……可愛いです。良い香りがします。愛しています」
髪、額、頬へと、次々に触れる口づけ。からかわれていると知りながらも、エマはその愛情を慈しむように受け入れた。
「もう少しだけ、貴女が側にいてくれることを感じたいのですが……」
切なげな声音に、エマの胸は強く締めつけられる。そんな風に求められては、断れるはずがなかった。
「……朝まで、まだ少しありますわ」
彼の背にそっと手を回す。セイルは柔らかに微笑み、彼女の唇を静かに塞いだ。
*
翌朝。セイルは身支度を整えながら、ふと切り出した。
「あの絵画は、片付けようと思っています」
思いがけない言葉に、エマは目を見開く。
「……よろしいのですか」
「良いのです。ようやく、そうしたいと思うことができたのですから」
微笑みながら淡々と告げるセイル。その表情に無理はなかったが、エマは彼の胸中を案じずにはいられない。
「……でしたら、一度その方にご挨拶をさせていただけませんか」
おずおずと願い出ると、セイルは少し驚いたように眉を動かし、やがて静かに答えた。
「……解りました」
その声は、自らを納得させるためのもののようだった。
*
二人は執務室を訪れる。部屋の奥にある扉の向こうに、件の絵画がある。
「……なんだか緊張します」
エマはわずかに微笑んで呟く。
「無理をなさっていませんか」
セイルが気遣う。その瞳に宿る不安は、当然のものだった。
エマはしっかりと頷く。
「大丈夫です。……参りましょう、セイル様」
その力強い言葉に、セイルは意を決する。
軋む音を立てて扉が開かれると、視界の正面に”それ”はあった。
荘厳な額縁に収められた、一枚の肖像画。
そこに佇む女性は、静かな微笑を浮かべながら、まっすぐこちらを見つめている。
エマは思わず息を呑んだ。
――それは、彼女の前世。
早川百合子の肖像だった。




