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花火のころ

 そこには、小さな少女が倒れていた。

 大人たちが必死に布を押し当て、血を止めようとしている。セイルの姿を認めると、皆が安堵の息を漏らした。


「見せてみなさい」


 彼は跪き、少女の傷口に目をやった。太ももに大きな裂傷。近くの角材にぶつかったのだろう。ぐったりと力を失い、顔の血の気も引いている。――ほんの少し遅ければ、手遅れだったかもしれない。


 セイルは静かに手を翳した。

 温かな光が患部を包み、裂けた肉が結ばれていく。やがて少女の呼吸が落ち着き、苦痛に歪んだ表情が和らいでいった。


 そのとき――夜空に轟音が響いた。


 見上げれば、大輪の光の花が咲き乱れている。

 ああ、始まってしまったのか、とセイルは胸を痛めた。


 目の前で命をつなぎとめることができた安堵と同時に、脳裏に浮かぶのは、私室で花火を待つエマの姿。


 彼女は、ひとりでこの光を見ているのだろうか。

 寂しげに肩を落とすその後ろ姿を思い浮かべた瞬間、どうしてやることもできない無力感が胸を締めつけた。



 *



 エマは夜空を見上げていた。

 咲いては散る光の花々が、部屋を色鮮やかに照らし出す。


 けれど、その隣にあるべき人の影は、まだない。


 膝の上に重ねた手のひらの中には、屋台で見つけたばかりの小さなブローチ。

 グリーンの宝石が埋め込まれたそれを、彼に渡すつもりだった。胸の奥に秘めた想いを、ほんの少しでも形にして。


 けれど――。


「やっぱり……駄目なんだわ」


 エマはかすかに微笑んだ。花火の轟きが、その言葉を飲み込んでいく。


 振り向いてはくださらない。

 そんなこと、とっくに解っていた。


 それでも、ほんのひとこと――ただ「好き」と伝えたかっただけ。


 「……そんなことを言えば、きっとお困りになるわね」


 自嘲めいた声が零れる。

 彼女はブローチを撫でながら、夜空に放たれる光の乱舞をただ見つめ続けていた。



 *



 花火が終わる頃、ようやく扉が叩かれた。


「……エマ」


 そこに立っていたセイルの顔は疲弊に満ちていた。だが、その瞳には、彼女を求める真摯な色が宿っている。


 エマは立ち上がり、胸元のブローチをぎゅっと握りしめる。

 セイルもまた、無意識に胸元の小箱へと指を伸ばしていた。


 言いたいことが、山ほどあった。

 それなのに、言葉はどこにも見つからない。


 静かな余韻の中で、ただ二人は、しばし見つめ合うしかなかった。

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