期待と決意と
エマの私室。
花火の始まる前、ルーナは上気した頬を輝かせながら、エマの身支度を整えていた。
「やりましたね、奥様!」
エマの髪を整えながら、ルーナはぱぁっと顔を輝かせた。
「奥様のほうから旦那様をお誘いするなんて……まるで恋物語のヒロインです! あぁ、ロマンチックすぎます!!」
彼女は興奮を隠しきれず、思わず声を弾ませる。ルーナのはしゃぎぶりに、エマは少し頬を赤らめた。
「ふふ……ルーナやローラのおかげよ。いつも身なりを整えて、装いの魔法までかけてくれるから。二人のおかげで、私も少し勇気が出たの」
そう微笑むと、ルーナは目にいっぱい涙をためて、胸に手をあてた
「奥様ぁ……!」
感極まった声をもらしながら、ルーナはきゅっと拳を握りしめる。
「このルーナにお任せください!今夜は、誰にも負けないくらい、世界一美しい貴婦人に仕上げてみせます!!」
その真剣な言葉がくすぐったくて、同時に愛おしくて、エマはくすくすと笑った。
ルーナはせわしなく、しかし慎重に髪を結いあげる。お化粧はいつもより念入りに、それでいてエマの良さを引き出すように。優秀な仕事ぶりだった。
「さあ、これで仕上がりです!」
ルーナはエマの手を引いて鏡の前に立たせると、ぱっと手を離し、数歩下がってエマの姿を眺めた。
ルーナはドレスの裾をちょんと摘み、くるりとエマの周囲を一周する。宝石を散りばめた白いドレスが揺れ、窓辺の灯りを受けてきらきらと輝いた。アクセントのグリーンのレースは、彼女の瞳の色を引き立てた。ドレスに合わせて、ゆるく巻かれた金の髪が揺れる。──その姿は、洗練された清らかさで、まるで百合の花を思わせた。
「……はぁぁぁぁぁ……っ!!」
ルーナは胸の奥から深いため息を吐き出した。
「ため息が出るほど美しい……! もはや言葉が追いつきません……!」
思わず両手を合わせ、恍惚とした表情で拝んでしまう。
「奥様……! この尊さは罪です! 今夜、旦那様は間違いなく魂を抜かれます! いえ、抜かれなければ私が抜きます!!」
「ふふっ……ルーナったら」
エマは顔を赤らめながらも、思わず吹き出してしまった。
しかしエマは、鏡の中の自分を見つめながら、胸の奥でざわめく気持ちを押さえきれなかった。
「……セイル様は、喜んでくださるかしら」
すかさずルーナが力強い声で応じる。
「こんなに美しい貴婦人を前にして、喜ばない殿方はいません!奥様は世界一です!!」
その勢いに背を押され、エマは少し背筋を伸ばす。
「……そうね。ありがとう、ルーナ」
穏やかな微笑みとともに、エマの胸には小さな灯りがともった。
*
――もうすぐ、花火が始まる。
セイルは胸元に忍ばせた小箱を、ぐっと奥へ押し込んだ。
エマの私室へ向かう廊下は、灯りに照らされているはずなのに、不思議と薄暗く感じる。胸の奥で高鳴る鼓動のせいだろう。
彼は歩きながら、決意していた。
――髪飾りは、処分しよう。
そして、妻がいたこと、今もその人を愛していること。すべてをエマに話す。
セイルは、エマの冷ややかな視線が自分に注がれることを想像した。
嫌われるかもしれない。
移り気な夫だと、幻滅されるかもしれない。
それでも、私は、そうしなければならない。
彼女がこの先も安らかな人生を送れるように、力を尽くそう。
彼女が、私の存在が不要だというのなら、それでも構わない。
今さらこんなことを告げること自体、おこがましいのは理解している。
けれど、私にできる誠実は、もはやそれしかない。
ふいに、背後から低い声が彼を呼び止めた。
「旦那様!」
振り返ればモーリスが駆けてくる。
「怪我人が出ました。至急、お力を!」
ほんの刹那、足が止まった。
――エマが待っている。
胸をよぎった思いを、セイルは次の瞬間に叱責した。
「……連れていってくれ、モーリス」
迷ってはいけない。
今、選ぶべき道はただひとつ。
セイルは踵を返し、モーリスとともに広場の外れへ急いだ。




