祭の前の喧騒
収穫祭の準備が始まったのは、祭の一か月前のことだった。
伯爵邸の中庭や広場では、早くも木枠の屋台が組まれ、色とりどりの布や飾りが運び込まれていた。
エマは普段の家務に加え、この一大行事の手配に追われていた。露店の配置や食材の仕入れ、装飾の手配――気づけば一日があっという間に終わってしまう。
セイルもまた、領主として祭に向けた政務や来賓対応に奔走しており、以前にも増して顔を合わせる時間は減っていた。
互いに忙しいのは分かっている。それでもほんの少しだけ、エマはすれ違っていることに胸を痛めていた。
けれど、そうも言っていられない。寂しさを意識の奥に押し込め、エマは目の前の仕事に集中することにした。
この日も、エマはローラとルーナを伴って中庭を巡っていた。
「この辺りには果物の屋台を並べましょう。今年は梨が豊作ですし、ぶどうも立派な房が揃っているもの」
「かしこまりました、奥様」
ローラが頷く横で、ルーナは両手を胸の前で組み、きらきらとした目を向けてくる。
「奥様、ここに花飾りも置きませんか?果物の香りとお花が一緒だなんて、絶対に素敵です!」
「ふふ、いいわね。ではそのように手配して頂戴」
広場の奥では、大きな木枠の祭壇が組み上げられていた。それは豊穣の果実を飾るためのものだ。
エマが感心して見ていると、ローラが説明する。
「昔は豊穣の果実を恋人同士が贈り合って永遠の愛を誓ったそうです。ですが近頃は、本物の果実ではなく、果実を模した装飾品を贈り合う風習に変わったのですよ」
「まぁ……」
「当日は婦人用の髪飾りや、紳士用のブローチを売る店がたくさん出店いたします。奥様もぜひお手にとってみてくださいませ。店の者が喜びますわ」
ローラが丁寧な口調でそう告げた。
エマは目を細め、その光景を想像する。華やかで、それはそれは美しいのだろう。
ルーナはと言えば、もう祭当日の妄想に夢中のようだった。
「奥様もぜひ旦那様と!ほら、こうやって贈り合うんです!」
ルーナが両手で小さな見えない果実を差し出す真似をすると、ローラが呆れたように笑った。
エマは笑みを返しつつも、心の奥底に寂しさを抱えていた。
祭の準備は楽しい。けれど、気づけばその楽しさの隙間から、セイルの姿を探している自分がいる。
今日も会えないのかしら
エマは笑顔を絶やさなかった。心に滲んでくる寂しさを、誰にも悟られないように。




