眠れぬ夜の独白
その夜、エマはどうしても眠れず、ベッドを抜け出してテラスへ向かった。
扉を開けば、夜気がふわりと頬を撫でる。秋を思わせるひんやりとした風が、すっと肌を抜けていく。冷たさのなかにどこか清々しい心地よさがあり、熱を帯びた心を静めてくれるようだった。
テラスから見上げる夜空には、いくつもの星が瞬いている。
その下で、エマの胸には収穫祭の「豊穣の果実」のおまじないがよみがえる。
セイルに贈ったら、彼は驚くだろうか。あるいは、果実を返してくださるだろうか。
想像しただけで頬が熱を帯びる。けれど、次の瞬間には、冷たい不安が胸を過った。最近の彼の様子を思い出してしまったからだ。
ーーーまた、避けられてしまうのかもしれない
そう考えただけで、胸がぎゅっと痛んだ。
セイル様は……どうして私を避けてしまうのかしら
理由を探そうとして、思考は暗がりの迷路をさまよう。
私が、彼の思っていた女性とは違ったから?
病がちな私に、もう嫌気がさしてしまった?
それとも
――絵画の女性のためかしら
彼の想いが誰かにあろうことを、知っていて嫁いだはずなのに。
それでも今は、どうしようもなく苦しい。
彼の愛する人が羨ましくて、胸の奥が灼けるような感覚を覚える。
考えを巡らせながら、思いは過去へと遡る。
清一さん。
エマはそっと目を伏せる。
――あの人も、こんなふうに私を恋しく思ってくれていたのかしら。
懐かしい記憶に、胸が温かく満たされていく。
百合子として生涯を捧げ、深く愛した人。
その想いは大事な心の宝箱にしまってある。
けれど今の私は、別の人を想っている。
我が事ながら……なんて器用な性分なのかしら
小さな自嘲が漏れる。
けれど、清一への想いも、セイルへの想いも、どちらも否定するつもりはなかった。
両方とも、確かに自分の中に息づいている大切な気持ち。
視線を夜空から落とすと、思い浮かぶのはセイルの背中。
あの人には、いつも孤独がのしかかっているように見える。
その寂しそうな姿に触れるたび、慰めて包み込んで差し上げたくなる。
重荷をどうにか降ろしてあげたい――そう強く願う。けれど、私にはきっと何もできない。
彼が本当に求めているのは、ただ一人。
……あの絵画に描かれた、かの女性でしかないのだろう。
その考えに辿りついた瞬間、風が一層強く吹き抜けた。
柔らかく、けれどどこか冷たさを帯びた風。
エマはそっと目を閉じ、その冷気を浴びた。吐息とともに小さく言葉を零す。
「……寂しいわ……このまま吹き飛ばされそう」
エマは目を閉じたまま、胸の痛みを受け止めた。
「……セイル様、私を見て」
夜気に紛れた呟きは、静かな庭園の闇に溶けて消えていった。




