拭えぬ違和感
夕刻、セイルとエマは食卓を挟んで向かい合っていた。
二人は忙しさの合間を縫い、できる限り食事だけは一緒に取るよう心掛けている。それが互いを思いやる、ささやかな約束だった。
その夜のエマは、いつもと違っていた。
ルーナの“奥様改造計画”によって、髪は上品にまとめられ、柔らかなブルーのドレスが肩を包んでいる。耳元には小さな宝石がきらりと揺れ、食卓の灯りを反射していた。
「……今日のスープは、香りが良いですね」
セイルがそう言い、スープをもう一口含む。
「ええ。お野菜の風味が溶け込んでいて、美味しいですわ」
エマはいつも通り微笑んだが、胸の奥ではそっと期待していた。
彼はエマの装いの変化に気づいただろうか、そして、いつもと違う姿を見て、どう思っただろうか……
だが、セイルはいつものように穏やかで、丁寧で、それ以上は何も言わなかった。
エマはグラスの中の水面を見つめながら、小さく息をつく。
「セイル様、南部の橋の修復については……その後落ち着きましたか?」
「まだしばらくは。雨が続き修復が遅れているそうです」
「そうでしたか……」
ぽつり、ぽつりと、何気ない会話が交わされていく。表面上は変わらぬ日常だった。
しかし、エマの心の内にはずっと、拭えない疑念が浮かぶのだった。
――あの事件以来、彼は私を避けている?
あからさまではない。ただ、笑い合う瞬間も、視線が交わる回数も、確かに減っている。
短く終わる会話の余韻が、静けさをいっそう際立たせていた。
エマはふと、少しだけ勇気を出した。
「……セイル様」
「はい」
「私、今日は少し……おしゃれをしてみたのです」
セイルは一瞬だけ視線を向けた。
二人の目が合うと、セイルはほんの僅かに視線を外す。
彼は穏やかな微笑みを浮かべて――
「似合っていますよ」
そう言われるのみだった。
それきり、彼はまた料理に視線を戻した。
セイルに褒められた。嬉しい、はずなのに……エマの胸には瞬く間に寂しさが広がっていった。
こんなにも心許ないのは、どうしてなのだろう。恥ずかしい。いっそ隠れてしまいたい。
エマは何も言えずに、皿の上のパンを静かに裂いた。
*
その夜。化粧台の前でエマが髪をほどくと、背後からルーナが器用な手つきで櫛を通した。
エマの小さなため息が漏れた瞬間、ルーナの耳がぴくりと動く。
「奥様、もしかして旦那様と喧嘩でもされました?」
エマは、当たらずも遠からずなルーナの言葉に、しばし黙ってしまう。ルーナは時として鋭い洞察力で周りを驚かせることがあった。ルーナの物怖じしないその声音に、エマは笑みを作って首を横に振る。
「なんでもないのよ」
エマはやり過ごそうとしたが、ルーナは納得しなかった。ぱっと顔を輝かせて、彼女は言う。
「そうだ! もうすぐ秋の収穫祭じゃありませんか!」
秋の収穫祭――それは伯爵領最大の催しで、実りと繁栄を祝う日。
もとは土地の小さな村祭りだったが、リーリエ伯爵家の領地となってからは邸内を開放し、露店やご馳走で賑わう盛大な行事となった。
「そうね、そろそろ準備をしなくてはね」
エマは運営者らしい口ぶりで返したが、ルーナは首を振る。
「違いますよ、奥様。収穫祭のおまじないをご存じですか?」
「おまじない?」
ルーナはひとつ咳払いをしてから、説明してくれた。
ルーナの語るところによれば――それは親しい者同士が豊穣の果実を贈り合う、昔からの風習。二人のうち、どちらかが一つ贈れば「来年も一緒に」。互いに交換すれば「永遠の契り」を意味するのだという。
「まぁ……素敵」
生来のロマンチストなエマは、うっとりと息をこぼした。
「千載一遇のチャンスです!旦那様との仲を深めましょう。その日はとびきりのおしゃれをしてくださいね!ルーナの腕が成ります!」
ルーナの声は熱を帯び、まるで自分のことのように張り切っていた。その姿にエマはふっと微笑み、不安の滲む心をひそかに和ませていた。




