知らずにいたかった真実
「……っ」
乾いた音とともに、エマの吐いた唾が、ヴィクトル・レイモンドの頬を汚した。
ヴィクトルは頬に触れ、やれやれといったように薄く息を吐く。
「こんな侮辱は初めてですよ、伯爵夫人」
ヴィクトルは頬を拭うと、そのまま拳を振り上げた。
刹那、鈍く重い衝撃が、エマの肩に叩きつけられる。
「……っ!」
鋭い痛みが肩から全身に走る。息が詰まり、声にならない。
「安心してください、顔や腹は殴りません。女としての価値が下がりますからね」
平然としたその声が、なおさらおぞましく響いた。
エマは肩の痛みに耐えながら、震える唇で言葉を絞り出す。
「あなたのような方の思い通りになることは、何一つありませんっ!」
「この状況で強がりですか?」
「間もなく伯爵家の者がこちらに到着するでしょう。そのとき、全てが明るみになります」
「では、急いで愛を注がねばなりませんね」
その嘲笑とともに、ヴィクトルの手が容赦なくエマの身体をまさぐりはじめた。おぞましい感触に、全身が総毛立つ。動かぬ体を必死に捩じろうとするも、ヴィクトルの強引な力によって簡単に開かれてしまう。
「あなたの聞きたかった答えを、お教えしましょう、伯爵夫人」
エマの耳元で、ヴィクトルの蛇のようにぬめる声が囁く。
「あの部屋には、噂どおり、伯爵の愛玩物がありますよ」
「…っ!黙ってください!」
「彼の愛する、”絵画の女性”が」
ヴィクトルが勝ち誇ったように笑ったのが解る。
エマの胸は冷たい手で掴まれたように固まった。
エマにとって、それは一番聞きたくない答えだった。
エマには、解っていた。あの部屋にそれがあることぐらい、容易に想像がついていた。
けれど、目をそらし、話題を避け、決して明らかにしないよう心から努めていた。真実を知ったところで、セイルにとっても自分にとっても苦しいだけだと解っていた。
エマがこれまで目にしてきた、セイルの自分への態度をこそ、信じていたかった。
エマの頬を一筋の涙が伝った。
「エマっ!!!!」
勢いよく扉が開かれ、室内にまばゆい光が差し込んだ。
光の中に立つのは、髪を乱し、烈火のごとき眼差しを向けるセイル。
その姿は、絶望に沈みかけていたエマの心に、切り裂くような救いをもたらした。




