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昼食とわずかな波紋

 昼食の席には、静かな陽の光が差していた。ふたりきりのテーブル。

 窓越しに揺れるカーテンが、淡い光をテーブルクロスの上へと映し出している。


 食器の音が控えめに響く中で、セイルがゆっくりとエマに問いかけた。


「昨夜は……よく眠れましたか?」


 エマは、ナイフを置き、少しだけ戸惑ったように目を伏せた。頬がほんのり赤らむ。


「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 エマの言葉に、セイルは小さくうなずく。

 彼のいつも通りの落ち着いた様子に、エマは小さく安堵した。


「ここでの生活で、不自由や分からないことがあれば……執事のモーリスか、侍女長のローラにお尋ねください。ふたりとも優秀です。きっと、あなたの力になってくれます」


 エマはその言葉に、ふと口元を緩めた。セイルと使用人たちの間に築かれている信頼関係が、自然と伝わってくる。


「……ありがとうございます。そうさせていただきます」


 セイルはさらに言葉を重ねた。


「私はあなたに、好きなこと、やりたいことを……すべて差し上げたいと思っています」


「……!」


 エマの瞳が驚きに揺れる。


「もったいないことですわ……」


 恐縮しながら言うエマに、セイルはまっすぐに言葉を返した。


「いいえ。あなたはもうこの家の主人なのですから。あなたが望むことがあれば、何でもおっしゃってください」

 

 セイルは穏やかな口調でそう告げた。

 セイルの包み込むようなやわらかな笑みに、エマの心はほどける。


「あっ……でしたら」


 何かを思いついたように、エマが顔を上げた。


「生家から、梅の木を持ってきてもよろしいですか?」


 予想外の返答にセイルはしばし黙した後、ふっと笑みをこぼした。


「もちろんです」


「それと……お野菜の畑もほしいです。公爵家には珍しい種や苗が、まだたくさんあるのです」


「承知しました」


「それから……」


 エマはセイルとしっかりと目を合わせた。


「どうぞ(わたくし)のことは、“エマ”とお呼びください」


 エマはあたたかな陽だまりのような笑顔でそう言った。

 少し驚いたような表情を浮かべたセイルだったが、すぐに穏やかに微笑んで言った。


「では……私のことも、どうぞ“セイル”と」


 エマはその返答に、どこか照れくさそうに頷いた。


「セイル様」


「……はい」


「ほら、セイル様も……エマと」


「……エ、エマ様」


「ふふ、はい」


 ふたりのやりとりを、少し離れた位置から見守っている使用人たち――執事のモーリスと侍女のローラは、互いに目を見合わせていた。あまりの初々しさと微笑ましさに、胸の内で悶えていた。

 二人は控えめな咳払いをして、精一杯“平静な顔”を装いながら、そっとその場に佇んでいた。


 



 エマがふと問いかけた。


「セイル様も、私に……何か、願うことはございませんか?」


 セイルは少しだけ考えるように黙し、やがて静かに答えた。


「……私の執務室の奥に、私室があります。重要な書類を置いているのですが……散らかっていて、足の踏み場もありません」


 エマは首をかしげた。どこか、答えとは不釣り合いな沈んだ空気を感じる。


「そこへの入室は……控えていただけますか」


 セイルは声色を変えることなく、淡々とそう言った。


 エマはその言葉に、うっすらとした違和感を覚えながらも、素直に頷いた。


「承知いたしました」


 そうしてふたりの初めての昼食は、穏やかに、けれどわずかな波紋を残しながら、終わりを迎えた。

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