来訪の知らせ
伯爵家に嫁いでしばらくが経ち、エマは少しずつこの家のことを任されるようになっていた。
帳簿の整理、使用人たちの労務、農地と倉庫の視察、取引先との簡単なやり取り……どれも手探りではあったけれど、エマはやりがいを感じていた。
セイルは、そんなエマの働きを静かに見守っていた。
ときおり「無理はしないように」と声をかける優しさが、エマの支えになっていた。
そんなある日、セイルが執務室でひとつの手紙を開いた。
「……来るか、やはり」
その声に、エマは顔を上げる。セイルは少し渋い顔をしながら、そっと手紙をエマに手渡した。
「ヴィクトル・レイモンド小公爵が、訪問の意向を示してきました。今週末にこちらへ来訪されるとのことです」
「ヴィクトル・レイモンド様……あの、“若き俊英”と名高い方ですね」
エマは父から聞いた話を思い出していた。
ヴィクトル・レイモンド小公爵ーーーレイモンド侯爵家の長男で、やり手の美丈夫だと専らの噂。その貴公子ぶりに、浮き名も多い方。お父様が、年頃の娘たちが手を付けられないようにと「あいつは女たらしだ!」なんて散々非難していたわ。
セイルはため息交じりに言った。
「レイモンド家は王宮の改革派の中心です。彼らは隣国との貿易において、中継地点であるリーリエ伯爵領に拠点を置いています。今回の訪問の目的は、拠点の増設とリーリエ領での通行料について交渉するつもりでしょう」
セイルの口調にわずかな警戒がにじんでいた。
「エマ様……その日、私は王宮で陛下の勅命を受けることになっています。レイモンド小公爵の訪問は急なことですが、彼らの訪問を断ることは、リーリエ領にとって損になる可能性がある……」
エマは察して、微笑んでみせた。
「セイル様がご不在でも、私が対応いたしますわ」
セイルは驚いたように目を見張った。
「ご心配には及びません。私だって公爵家の娘です。外交に覚えがないわけではありません」
エマがそう言って微笑むと、セイルはゆっくりと息を吐き、そして小さく頷いた。
「……ありがとうございます。しかし、決して無理はしないでください。ローラとモーリスには、いつも以上に貴女を支えるよう、言っておきます」
「ふふ、頼もしいですわ」
任せてくれと言わんばかりに笑ったエマに、セイルは頼もしく思いつつも、小さな不安をぬぐえずにいた。




