十一章 和解
俺の口を素早く塞ぎ、起こる筈だった絶叫を奴は未然に阻止した。
「嘘だろ!?ん―――ちょっと待て!って事はお前はゲ」
「だからそれこそ大きな勘違いだ!」
唇を尖らせ、憮然とした表情を取る。
「た、確かに他の人間よりは好もしいが、私は別に小晶の事など何とも……」
「いや、でも何回言ってもこの人否定しなかったぞ!?」
「今まで何百回も間違われていれば、誰だって訂正など面倒に決まっているだろう。こいつ自体、ただでさえ性別の概念が薄いしな」
成程。確かに子供が作れず、加えてこの中性的な見た目ならどちらでもそう変わらない。
「ん……ぅん………ぁ、私、眠って……?」
彼女改め、彼は寝言混じりにゆっくりと目を開く。すぐ右隣に座ったユアンと掛けられたコートを交互に見、反射的に頭を下げた。
「す、済みませんシャーゼさん!お返しします」
「構わん。シャバムへ着くまで貸しておいてやる」
断られて仕方なく、小晶さんは剥ごうとした上着に再び包まれる。防寒性抜群のラクダの毛織物だ。低体温の彼にはさぞや心地良いに違いない。
「お客様」
「ああ、来たぞ」
俺達の席へ先程の女性船員が現れる。両手に三つの紙カップが乗ったトレーを持ち、営業スマイル。その細い手が、肘掛けに設置されたドリンクホルダーを示す。
「こちらに置いておきますね」
「はい、ありがとうございます」素直に礼を言う彼に合わせ、俺も頭を下げる。
「他に必要な物は御座いませんか?―――はい、では私はこれで失礼します」
「待て」
「?」
振り返った船員の顔をユアンは一瞥し、そのまま黙り込む。
「どうかなさいましたか、お客様?」
「いや……何処か別の場所で会った気がしたが、気のせいだったようだ。済まない。もう行っていいぞ」
「?分かりました。では失礼します」
不思議そうな表情のまま空のトレーを持ち、船員はドアの奥へ消えた。
「どうしたんだよユアン?急にあんな事言い出して」
「フン」
話す気は毛頭無いらしい。腕を伸ばして二つのカップを取り、白い中身の方を小晶さんに手渡す。
「落とすなよ」
「はい。ありがとうございます」こくっ。「……美味しい……」
そのほっとした表情を見つつ、俺達も湯気の出るコーヒーを啜る。両前脚でカップを支え、ずずず……。ああ、爽やかな労働の後のカフェインは沁みるねえ!
相棒は気恥ずかしげに彼の顔を眺めながら、最後の検査は何時したのかを尋ねた。
「ええと……大体一ヶ月前ですね。本当なら今日、病院を訪問した後に診てもらう約束をしていたんです。でも、私の体調よりシャーゼさんの方がずっと大事ですよ!」
「変に先回りしなくていい。別にどうとも思っていない」
内心の狂喜乱舞を舌打ちで誤魔化した後、ジャケットに挿したままになっていた水晶薔薇を取り出した。「やる」
「え?で、でも今日の成果はこれだけだってさっき」
「構わん、只働きには慣れている。それに万が一息を吹き返した時は……いや、何でもない」
もしかして例の名前の事か?あれ、まさか小晶さんの関係者……?
「まぁ、まず有り得んとは思うがな。それでも洒落たインテリア程度にはなるだろう」
「はあ……では貰っておきます」ペコリ。「ありがとうございます。大切にしますね」
「フン」
クソッ!何でこいつはここまで意地っ張りなんだよ!?素直にプレゼントだって言えばいいのに!!
受け取った薔薇をどうしようか小首を傾げ悩んでいると、奴がサッ!掴んでその滑らかな黒髪へ簪のように挿し込んだ。おお、角度も完璧!
「良く似合ってるよ、お嬢……小晶さん。あなたみたいな綺麗な人、俺生まれて初めて会った」
「そんな事はありませんよ。ネイシェさんは褒め上手ですね」
謙遜してカップに唇を付ける。
「これからもシャーゼさんと仲良くしてあげて下さい」
「勿論。俺、美人の頼みは絶対断らない主義なんだ」
「おい、勝手な約束をするな!」
くすくす、ゲラゲラ。俺達は揃って怒るユアンを笑った。




