After side:New home3
学校というところはティエラによって新鮮な驚きと発見をもたらしてくれる場所だった。はじめは戸惑いも多く、他の学生の輪に入ることがなかなか出来ずにいた。
そんな時はたいていクロウがさりげなくサポートしてくれて、ティエラは雪が降り始めるころには友人と呼べる者も数人できた。その事を聞いたミズキがびっくりするくらいの喜んでくれたことが、最近のティエラの嬉しい出来事だ。
「冬休みの予定は決まっているの?」
学校からの帰り道。アイラが大きな目をくるくると輝かせながら聞く。
アイラはティエラの初めてできた友人の一人だ。好奇心旺盛で人懐っこく、賑やかなので友人も多い。彼女の最近の関心事のトップはクリスマスに誰と過ごすかだ。
彼女はとても惚れっぽく、恋も多い。
今はあのクロウに夢中である。クロウは学校の中でも評判のいい学生で、女子人気も高い。しかしながら全く特定の恋人を作る気配もないので、クロウ狙いの女子は虎視眈々とその座を狙っている。アイラもそのうちの一人だが、彼女は裏表がなく、非常にオープンなので見ていて微笑ましい。ティエラも応援しているが、どうやらクロウにその気はないみたいだ。それでもめげない彼女は凄いなとティエラは思う。
「私は休みに入ったら兄のお見舞いに行こうと思っています」
ティエラの兄、レヴィラは現在もまだ軍が管理している病院に入院中だが、年明けには退院できる見込みが漸くたった。その後も軍の監視下に入るが、行き先は現在検討中である。恐らくどこかの研究機関に預かりとなるだろうとは、現在の義姉ミズキの予想だが、大方そうなるとティエラも思う。彼の才能は腐らすには惜しすぎる。
「ええー!ティエラはクリスマスパーティーには来ないの?」
「休みに入ったら直ぐに発つつもりだから、参加するのは難しいでしょうね」
「じゃあ、クロウさんも来ないのかなあ」
「それはどうか分からないけれど……」
どうやらアイラはティエラが来るなら校内での保護者であるクロウが来る、そこで何とかクロウとお近づきになろうと考えたようだ。魂胆は見え見えなのだが、何だか憎めない。彼女の天真爛漫なキャラのお陰だろうか。
多分クロウは春に入学見込の士官学校に見学申請を出していたから、休み早々から行くのではないかと思われる。が、あえてアイラに今は言わない方がいい気がした。
「ティエラはパーティーのダンスに申し込まれたりしたんでしょう? その中に好い人はいなかったの?」
突然矛先を変えられてティエラは戸惑った。
「だってアナタ凄い美少女でしょ、狙ってる男の噂は結構耳に入ってくるし、実際私のところに探りを入れに来た輩もいたのよ」
興味津々といったアイラの眼差しに、ティエラはたじろぐ。アイラはこれまでのティエラの人生に全く関わって来なかったタイプの人種で、ティエラはどう接するべきか戸惑うことが多い。
アイラに対しては失礼かもしれないが、ティエラはこれも社会勉強と思っていた。
「私はいま、誰かと付き合うとか考えられなくて」
『そのうち良い奴がいたら恋をするのもいいんじゃないか』
そう言ったのは初めて会った日のクロウだ。
でも未だに恋なんてどういうものなのか分からない。この時期、アイラだけではなくて他の学生も恋人が欲しいとか何とか騒いでいるが、ティエラはいまいちその気持ちが分からない。
「もったいないなあ、ティエラならその気になれば選り取りみどりなのに」
ため息混じりのアイラの羨望が過分に含まれた呟きに、ティエラは苦笑で返した。
そうこうしているうちに、冬休みに入った。
ティエラは予定通り休みと同時に兄レヴィラの見舞いのために空港にいた。結局クリスマスのパーティーには不参加となったので、アイラからは盛大なブーイングがあったが何とか許してもらって、また新年に一緒に遊ぼうと約束した。
クロウもパーティーには不参加で、彼も彼の予定通り士官学校の見学に行った。寮の見学も兼ねているので数日の宿泊もあるという。春から入学することへの期待に、クロウの高揚感が伝わってきて、ティエラも将来のことについてそろそろきちんと方向性を定めないと、と思うようになった。そして、ほぼ気持ちが固まりつつあったので、兄にも相談してみようと思っていた。
兄の入院先は飛行機で十時間の旅を経た先にある。今回ミズキは仕事が多忙で一緒に出発することが出来なかったので、行きはティエラの一人旅だ。勿論到着先の空港には軍の関係者が迎えに来てくれる約束になっている。まだまだティエラは監視の必要な人物であり、兄はそれ以上で、軍法裁判に掛けられて投獄されなかった今のほうが異例の待遇なのだ。そのことはティエラ自身もしっかり理解している。
搭乗のためのチェックインを済ませ、時間が余ったのでフライト中に読む本でも探そう思い、空港内の書店に入った。思ったより混み合っていて、小柄なティエラには動きづらく、目当ての本も背伸びしても届かないところにあって、ティエラは落胆した。踏み台のようなものも見あたらないし、店員の姿も見えない。無駄なあがきかも知れないが、もう一度背伸びをして手を伸ばしていると、横からにゅ、と手が伸びてきてあっさりティエラが取ろうとしていた本を奪いさってしまった。
「――――!!」
思わず非難めいた視線を本を横取りした人物に向けると、あまりに意外な顔があってティエラはびっくりして固まってしまった。
「お前でもそんな表情をするようになったんだ。随分人間らしくなったじゃないか」
何も知らない人が聞いたら酷い台詞であるが、以前ブランシュと呼ばれていた頃のティエラは感情のない人形のようなものだった。その頃の彼女を知っている者から見れば、今の彼女は想像がつかないくらいに成長しているとも言える。
「時々弟がメールで書いて寄越すからどんなかと思っていたが……」
本を横取りした犯人はゼノン・イージスといい、月基地の元エースで、クロウの兄だった。 約半年ぶりに彼の姿を見た訳だが、彼も変わっていた。月基地にいたときに比べてさらに野性味が増して鋭い容貌になった。特務部隊での任務が聞いている通り苛酷だからだろうか。それにしても、とゼノンは本を眺めながら難しい顔をした。
「医療工学基礎講義……って、小難しいものを読んでどうするんだ」
彼は医療工学についていい印象は持っていない。その象徴がかつてのティエラ――ブランシュをはじめとする機械人間の存在だろう。ティエラ自身、兄のことを思えば避けるべきかもしれない分野ではある。けれど。
「大学での専攻分野にしようと思っています」
ティエラはゼノンを真っ直ぐに見上げてはっきりと告げた。
「本来医療工学は命を救う学問なんです。医学だけでは救えないものに科学の力を合わせて、補う。私は両親の遺志を継ぎたいんです」
「そう、か」
返ってくる返事は素っ気ない。ゼノンは手にした本をティエラに渡して、口元をつり上げた。彼が笑ったところをティエラは初めて見た。こうしてみると彼とクロウはよく似ている。
「いいんじゃないか、やりたいことが見つかって」
俺も目標ができたんだ、とゼノンは真面目な顔をして言った。
「ここでお前に会えたのは本当に偶然だけど、いいタイミングだった」
彼は大きな手でティエラの頭をガシガシと撫でて、せっかく綺麗に梳かした髪をくしゃくしゃにしてしまう。恨みがましくティエラが上目遣いで睨むと、ゼノンは悪びれずに今度は声をあげて笑った。
「お前が学校を卒業するまでには片をつけるから」
――だから真面目に勉強だけして待ってろ。
どういう意味なのか、ティエラは問いただそうとしたが、ゼノンがあまりにも楽しそうなのでやめておくことにした。どうせ、ティエラの希望する進路にいくにはそれこそ勉強三昧、遊ぶ余裕なんて全くないから、言われなくてもそうなっているだろう。
でもなんでわざわざそんなことを言うのか?
首を傾げるティエラに、ゼノンは次に会うまでの宿題だと言ってあっさり去って行った。
「???」
一体何なんだ? ティエラの頭の中は疑問符だらけだ。
ひとしきり頭を捻ってみたが全く分からないのでティエラはこれ以上考えるのを諦めた。多分いつかわかるだろう、そう安易に考えて。
数年後、それが驚きの展開になることをこの時のティエラは想像すらできず、たくさんの笑顔と甘い混乱の嵐が吹き荒れるのはまた別のお話。
搭乗案内の放送を耳にしたティエラは慌てて本を会計に持って行って清算すると、走って搭乗口へと向かう。
空港の窓の外には澄んだ青空が目に眩しい。
ティエラはチケットを握りしめて、これからの未来を思った。
この空の向こうには希望があると信じられることは、この上なく幸せなことだと思えた。
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