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第三話 スルメ食べたかっただけやねんけど

「クラーケンは、港町では普通に食用にされているそうです。

毒などの問題もありません」


イカをたこ焼きに入れるな、と散々突っ込まれたにもかかわらず、

ラルフはクラーケン案を諦めていなかった。

カサンドラはたこ焼き器を挟んだ向こう側で、呆れたように彼を見る。


「……食べれるん?」

「ええ。ただし傷みやすいため、王都まではほとんど流通していません」


「ほんなら現地行ったら食べれるんやな?」

「可能でしょうね」


「……行こか」

「行くのですか?」


「ここまで来たら気になるやん。タコの代わりになるかどうか、

自分の舌で確かめな分からんやろ」


ラルフは少しだけ黙ってから、眼鏡の位置を直した。


「最寄りなら、港町イカデールですね」

「…………」


「どうしました?」

「いや、今なんて?」


「イカデールです」

「イカ出るやつやん絶対」


「?」

「……なんでもない」


この世界で十数年生きてきて、今まで特に気にしたこともなかった。

けれど、ラルフと前世の話をした後で改めて聞くと、

どう考えても地名まで出来すぎている。


カサンドラはそこはかとない嫌な予感を覚えつつも、

ひとまずクラーケンのことを優先することにした。



     ◇


数日後。


カサンドラとラルフは、港町イカデールを訪れていた。

王都から馬車を乗り継ぎ、さらに海沿いの道を進んだ先にある、漁業を中心に栄えた町だ。


潮の香りが漂う港には大小さまざまな船が並び、荷揚げされた魚介類を運ぶ人々の声が飛び交っている。


「ええ町やん」

「クラーケンさえ出なければ、ですが」


ラルフはそう言って、海へ視線を向けた。


「最近も漁船が一隻襲われたそうです。幸い死者はいなかったようですが」

「けっこう洒落ならんな」


「ええ。討伐隊も出ていますが、危険の割に利益が少ないので、

積極的に狙う冒険者は多くないようです」

「食べれるのに?」


「一体が大きすぎるうえ、鮮度が落ちるのも早いですから。倒した後の処理にも手間がかかります」

「なるほどなあ」


カサンドラは海を眺めながら頷いた。

食べられるが保存が利かず、倒した後の処理にも手間がかかる。

だから地元で消費する以上には広がらないのだろう。話としては分かりやすい。


「で、肝心のクラーケンはどうするん?」

「ちょうど今朝、大型個体の目撃情報があったそうです」


「ほな探しに行こ」

「……随分軽いですね」


「見つけて、倒して、食べる。やろ?」

「間違ってはいませんが」


その言い方が妙に引っかかったのか、ラルフが改めてカサンドラを見る。


「ところで、カサンドラ嬢は戦えるのですか?」

「え?」


何を今さら、とばかりにカサンドラは目を瞬いた。


「ふつーに剣使えるで?」

「……なぜ公爵令嬢が?」


「え? ふつーちゃうの?」

「普通ではないと思います」


「うちは男女関係なく、子どもの頃から護身術と剣は叩き込まれたで。身体強化魔法も一通り使えるし」


ラルフは数秒黙ったあと、わずかに眉を上げた。


「ヴァレンシュタイン公爵家、随分実戦的なのですね」

「公爵家やし、何あるか分からんやろ。誘拐された時に『助けてくださいませ』だけでどうすんねん」

「……合理的ではありますね」

「せやろ?」


カサンドラは当然のように頷いた。


ラルフの方はまだ何か言いたそうだったが、

その時、沖合からけたたましい鐘の音が響く。


港にいた人々の動きが一斉に止まった。


「クラーケンだ!」


誰かの叫び声に沖を見れば、

一隻の漁船の向こうで巨大な影が海面から姿を現していた。

長い脚が高く持ち上がり、波を割る。


「来よったな」


カサンドラは白銀の長い髪を手早く高い位置でひとつにまとめ、

そのまま腰に下げていた剣を抜いた。

隣ではラルフが、すでに魔法陣を展開している。


「……本当に前へ出るのですね」

「腐っても公爵家の英才教育受けてるからな。安心してまかせとき!」

「では、援護します」

「頼んだで!」


二人はそのまま、クラーケンの現れた港へと駆け出した。



クラーケンは、想像していた以上に大きかった。


漁船の倍はあろうかという胴体から太い脚が何本も伸び、

そのうち一本が桟橋を叩く。

木材が派手な音を立てて砕け散った。


「右から二本来ます!」

「見えとる!」


カサンドラが身を屈める。

巨大な脚が頭上を薙ぎ払った瞬間、ラルフの魔法が発動した。


「拘束します。三秒!」


淡い光の鎖が二本の脚へ絡みつき、その動きを止める。


「十分や!」


カサンドラは地を蹴り、身体強化魔法で一気に距離を詰めた。

その勢いのまま剣を振り抜けば、

鈍い音とともに一本の脚が根元近くから切断される。


「一本落としたで!」

「次、左後方です!」

「はいよ!」


振り返った先では、すでにラルフの氷結魔法が海面ごと脚の動きを鈍らせていた。

カサンドラは迷わずそこへ斬り込む。


初めて共に戦うはずなのに、不思議なくらい噛み合った。

ラルフが敵の動きを止め、カサンドラが仕留める。

互いに細かな指示を交わさなくても、自然と役割が分かれていく。


「次、正面!」

「見えた!」


「できれば根元からお願いします」

「なんで!?」


「可食部が多くなります」

「戦闘中まで食材目線なんやめーや!」


文句を言いながらも、カサンドラはきっちり根元から斬った。


その後もラルフが魔法で動きを封じ、カサンドラが次々と脚を落としていく。

やがて最後の一撃を叩き込むと、

巨大なクラーケンは大きく波を立てながら海面へ沈み、

港から一斉に歓声が上がった。


「……終わった?」

「ええ。討伐完了です」


息を整えながら剣を鞘へ戻していると、ラルフがこちらへ歩み寄り、

ごく自然な動作で手を差し出した。


「怪我は?」

「ないよ」

「念のため、手を」

「……あ、うん」


言われるまま、その手を取る。


戦闘の直後だというのに、

ラルフの仕草はまるで舞踏会でエスコートする時のように自然だった。

先ほどまで巨大な魔物相手に魔法を撃ち込んでいた人物とは思えないほど、

当たり前のようにカサンドラを気遣っている。


(……なんなん、この人)


妙に意識してしまう自分の方がおかしいのだろうか。

そんなことを考えている間にも、

ラルフはすでに倒れたクラーケンへ視線を移していた。


「では、鮮度が落ちる前に処理しましょう」

「切り替え早ない?」



その日の夕方。


二人の前には、港町の料理人が調理したクラーケン料理が並んでいた。

焼いたもの、煮たもの、軽く炙ったものと、調理法もさまざまだ。


カサンドラはまず、薄く切って焼かれた脚を口に運んだ。

噛めばしっかりとした弾力があり、味そのものも悪くない。


「どうです?」

「……うまいやん」

「でしょう?」


満足そうなラルフを横目に、カサンドラはもう一切れ口へ運ぶ。


「食感も悪ない」

「では、たこ焼きに――」

「それはちゃう」


即答すると、ラルフがわずかに眉を上げた。


「まだ駄目ですか」

「これはイカや」

「クラーケンですが」

「分類の話してへん!」


何種類か食べ比べてみたものの、結局、結論は変わらなかった。

美味しい。食感も悪くない。だが、たこ焼きに入れるものではない。


カサンドラは皿に残った脚を眺めながら、ふと首を傾げた。


「これさ、干したらええんちゃうかな?」

「干す?」

「スルメイカや。干したら日持ちするやろ」


その瞬間、ラルフの目つきが変わった。

さっきまで料理としてクラーケンを見ていたはずなのに、

今や完全に研究対象を見る顔になっている。


「なるほど」

「……あ、あかん。なんかスイッチ入ってもーた?」


ラルフは聞いているのかいないのか、

残った脚へ視線を落としたまま考え込み始めた。


「乾燥させれば重量も減りますし、輸送効率も上がりますね。

保存期間も延ばせるでしょう」

「私はスルメ食べたかっただけやねんけど」

「試す価値はあります」


もう止める気はないらしい。

カサンドラは小さく息を吐いた。


「……やる気満々やな」



数週間後。


イカデールでは、干したクラーケンを炙って食べる新しい料理が広まり始めていた。

さらにラルフが試作していたマヨネーズを添えると、これが驚くほどよく合った。


「……うっま」

「好評ですね」

「そらうまいやろ。完全にスルメマヨやん」


目の前では、港の屋台に人が並んでいる。


干しクラーケンは保存が利くため王都への輸送も可能になり、

これまで厄介者でしかなかったクラーケンに商品価値が生まれた。


討伐報酬だけでなく肉そのものにも値が付いたことで、

冒険者たちは以前より積極的に討伐へ参加するようになり、

漁船への被害も目に見えて減り始めている。


さらに加工場まで作られ、新たな雇用も生まれていた。

カサンドラは賑わう港を見回したあと、隣に立つラルフへ視線を向ける。


「なあラルフ。私ら、たこ焼き作りに来たんやんな?」

「そうですね」


ラルフは何でもないことのように頷いた。


「なんで町おこししてん?」

「結果的に良かったのでは?」

「結果がデカすぎるやろ」


しかも、たこ焼き用に試作したはずのマヨネーズまで、

干しクラーケンと一緒に売れ始めている。


屋台では炙ったクラーケンにたっぷりとマヨネーズを添える客も多く、

それを見たカサンドラは何とも言えない顔になった。


「たこ焼き用に作ったマヨが先に売れてもうたやん」

「需要があったのでしょうね」


あまりにも淡々と返され、カサンドラは思わず彼を見る。


「その一言で済ますな!」


とはいえ、港町の人々が喜んでいるのなら悪いことではない。

たこ焼きにはならなかったが、クラーケン討伐が無駄になったわけでもなかった。


「……まあ、ええか」


結局そう呟いて、カサンドラは手にしていた炙りクラーケンをもう一口頬張った。



王都へ戻って数日後。


カサンドラがヴァレンシュタイン公爵邸で

ラルフと今後のたこ焼き計画について話していると、来客が告げられた。


「パウラ・リッケルト男爵令嬢がお見えです」

「パウラ嬢?」


すぐに客間へ通してもらうと、

やって来たパウラは以前より少しだけ明るい表情をしていた。


「カサンドラ様。突然お伺いして申し訳ございません」

「ええよ。どうしたん?」

「先日の件なのですが……わたくしに嫌がらせをしていた方が分かりました」

「ほんま?」


パウラは小さく頷く。


「はい。学院の令嬢の一人で……騎士団の方が調べてくださって、

本人も認めました」

「そっか。よかったやん!」


カサンドラが笑うと、パウラの大きなヘーゼルの瞳が少し潤んだ。


「それから……あの時、わたくしの話をきちんと聞いてくださって、

本当にありがとうございました」

「いやいや。パウラ嬢なんも悪いことしてへんやん。被害受けてただけやろ?」


なおも何か言おうとするパウラへ、カサンドラは軽く手を振る。


「もう気にせんでええって。ちゃんと解決したんなら、それでええやん」

「……はい」


パウラは嬉しそうに頷いた。

そこでようやく緊張が解けたのか、客間の机に広げられた資料へ視線を向ける。


「ところで……お二人は何をなさっていたのですか?」

「タコ探してんねん」

「……たこ?」


不思議そうに首を傾げるパウラへ、カサンドラは身振りを交えながら説明した。


「丸っこい頭でな、脚八本あって、脚の裏に吸盤ついてて、墨吐くやつ」

「ああ」


あまりにもあっさりとした反応だった。

カサンドラとラルフが、ほとんど同時にパウラを見る。


「知ってんの?」

「はい。わたくしの領地では、オクトラと呼ばれております。

海辺の岩場などにたくさんおりますし、食用にもされていますよ」

「……オクトラ?」


聞き慣れない名前に眉を寄せたカサンドラだったが、

次の瞬間には身を乗り出していた。


「ちょい待って。それって脚、八本?」

「はい」


「裏に丸い吸いつくやつ、いっぱいある?」

「ありますね」


パウラが一つずつ答えるたびに、カサンドラの表情が変わっていく。


「墨吐く?」

「吐きます」


「茹でたら赤なる?」

「ええ。鮮やかな赤色になります」

「…………」


カサンドラはゆっくりとラルフを見る。

ラルフも眼鏡の奥から静かに見返し、ひとつ頷いた。


「……蛸ですね」

「タコや!!!」


カサンドラの声が公爵邸に響き、パウラがびくりと肩を跳ねさせた。


「そ、それほど珍しいものなのですか?」

「珍しいどころか探し回っとってん!」


あまりの勢いに圧倒されながらも、パウラは困ったように瞬きをする。


「そうなのですか?」

「どこで獲れるん!?」

「タコデールです」


「…………今なんて?」


今度は、カサンドラだけでなくラルフまで一瞬黙った。


「タコデールです。リッケルト男爵領にある港町で――」

「こないだイカデール行ってきたとこやぞ!?」


パウラが目を丸くする。


「は、はい?」

「次はタコデールなん!?」


カサンドラはとうとう両手で頭を抱えた。


「なんやねんこの世界!!」


その隣では、ラルフが何事もなかったかのように地図を広げている。


「確かにありますね。タコデール」

「確認せんでええ!」

「ですが、これで蛸の入手先は確保できそうです」

「そうやけど!」


二人のやり取りを、パウラはますます不思議そうに見つめていた。

そんな彼女をよそに、ラルフは地図上のタコデールへ印をつける。


「では次は、こちらへ行きましょうか」

「……行くけどさ!」


こうして、クラーケンを討伐し、港町の新名物まで生み出した末に。

二人が探し求めていた本物の蛸は、思いのほか近くであっさり見つかったのだった。



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