#9 私は私
王都へ帰還した私たちは通常任務に戻り、城壁周辺の見回り、警護や警備にあたっている。市街地の見回りは他の騎士団の担当になっているわ。うちの騎士団は住民から煙たがる存在だから…。それから軍事訓練では連日、ノクス様へ手合わせを願う者たちが列をなしている。もちろん、私もそのうちの一人。
はじめはね、手合わせしてもらえなかったの。そこで悲しそうな顔をしてみせたら、全力ではないけれど手合わせに応じてくれるようになったわ。ノクス様は素手でも、剣を使っても強いのに、番には弱いのよ。
そんな日常にも慣れてきた頃。
同盟国である、エジャートン王国から救援要請を受けた。使者の話では、オークの集団が村を襲い、さらに他の集落へと進軍しているとのこと。この使者がエジャートンを出てからすでに数日が過ぎているため、オークの侵攻はさらに進んでいるだろう。
「移動時間が惜しいな。俺が竜化し、ティアを背に乗せ、先行しよう。それでいいか?」
「事態は一刻を争うので、そうしましょう。」
一刻も早く救援へ向かわなければならない状況だと判断し、私は即答した。
「ではジャスティンは、騎士たちの準備ができ次第、運んで来てくれ。」
「ホント、いつも側近使いが荒いんすから。」
嘆くジャスティンを無視して、ノクス様は、使者へ声をかけた。
「騎士たちとともに、竜化したこいつに運んでもらえば国へ早く戻れるが、どうする?乗って来た馬で帰るのなら、それでも構わないが。」
どうするかは使者に任せ、ノクス様と私はエジャートン王国へと飛び立った。
ノクス様は、エジャートンを何度も訪ねたことがあるそうで、迷わずに目的地へ到着できた。
人々の避難誘導をエジャートンの騎士へ任せ、私とノクス様はオークの群れを片っ端から倒していった。
いつもなら、まずは心を通わせるか試みるのだけれど、今回は試さなかった。ノクス様の背中に乗って上空から見たオークたちの姿が、人を襲うときも、攻撃を受けるときも嬉々としている様子だったため対話はできないと判断したの。こいつらは戦闘狂なのだろう。ノクス様の威圧のこもった咆哮を食らっても、怯むどころか興奮しているのだから。
私とノクス様から遅れること数時間後、ジャスティンたちが到着した。
「うわぁ。お二人で、このオークたちを倒したんすか??」
横たわるオークたちを目にしたジャスティンが、驚きの声を上げている。
「騎士たちの出番がないじゃないっすか!?せっかく連れて来たのに。」
「出番ならあるわよ。人命救助や瓦礫の撤去作業とかね。」
「けど、その手の分野、この騎士団のメンバーは苦手なんじゃないすか?彼らは、討伐や破壊の方が得意そうですもん。」
ジャスティンの言う通り、任務内容を聞いた団員たちの士気は明らかに低かったわ。
「いやぁ。それにしても、番様のお力も大概っすね。殿下と番様、最強の番じゃないすか。お二人で世界征服もできそうっす。」
「そうね。世界を征服したらドラクロスと敵対する国がなくなって、ルミウス陛下の憂いもなくせるわね。そうなれば、私を監視する必要もなくなるのではない??」
「冗談だったんすけど…。」
「私だって冗談よ。」
ジャスティンの言った、世界征服を冗談で返したら、本気にされちやったわ。
(私って、世界を征服したい人だと思われてるの!?)
『番様には、怖いものないんすか??』
突然、小声でジャスティンが尋ねてきた。休憩している私たちと、騎士へ指示を出しているノクス様との距離は離れているけど、小声で話しても意味はないわ。彼は耳がいいから、この会話も聞こえているはずたもの。
『例えば…、自分とか。』
『自分って、私自身??』
『違うっす。自分のことっす。』
そう言って、ジャスティンは自分を指差した。
『私が、ジャスティンを??どうして、私があなたを怖いと思うのよ。』
『怖くないならいいんすけど…。ちなみに、殿下の怖いものは番様の存在っすよ。』
『それは、人間にはわかれない感覚よね…。』
ノクス様は、私に運命を感じてくれているけれど、私にはその感覚がわからない…。
「あっ、怖いものあったわ。私が怖いと思うことはね、この愛剣、ミュゲルの刃こぼれよ。」
「そう、すか…。」
ジャスティンは、心底興味なさそうだった。
「このミュゲルはね、ドワーフの鍛冶師がつくった魔剣なのよ。剣に埋め込んである魔石に魔力を込めると、力が増幅するんだから。」
「はいはい。ダグラー団長を殺す気で放った斬撃っすね。」
「もう!『殺す気で』だなんて、物騒なこと言わないでくれない??屈強な竜人が、脆弱な人間の攻撃で死ぬわけないじゃない?」
「なにが、『脆弱な』すか。番様は、弱いと思われるのがなによりも許せない人だというのに。それとあの斬撃で、城の裏庭にある噴水が真っ二つになったんすからね。あのとき笑ってたのは、殿下だけっす。」
「ノクス様は、番である私に甘いものね。」
「ホントっすよ。ですから、冗談でも殿下を竜帝にしたいだなんて言ったらダメっすからね!?」
「そんなに慌てちゃって。やっぱりジャスティンは、ルミウス陛下の手先だったのね。」
私たちのやり取りを離れたところから見ていたノクス様は、なんとも言えない表情をしていたわ。
エジャートンへ滞在して2週間が過ぎた。
人命救助と瓦礫の撤去、討伐したオークの処理に目処がつくと、ノクス様から、連れて行きたい場所があると誘われたの。彼は何度もエジャートンを訪れているようだから、この国に詳しいのね。
ノクス様と手を繋ぎ、はじめてのデートにドキドキしながら、とある大きな街へやって来た。隣から早い鼓動が聞こえ、ノクス様もドキドキしているのが伝わってくる。
このとき私は、私たちのドキドキが同じ種類のドキドキだと思い、浮かれていたの。
ノクス様は、同じような見た目の家々が建ち並ぶ、平民が暮らす区域を訪れ、その中の一軒の前で足を止めた。きょとんとする私へ微笑みかけると、深呼吸をし、玄関のドアをノックした。
中から出て来た30歳くらいの男の人は、ノクス様を見て嫌悪感をあらわにした。明らかに歓迎されていないというのに、ノクス様は話を聞いてほしいと必死に訴えかけている。
竜人であるノクス様が、人間の平民相手に下手に出ているおかしな状況に、私は、その男の人の顔をじっと見つめた。私に見られていることに気づいた男の人はこちらを見て、驚いた顔をしている。ノクス様は男の人の視線を追い、私の顔へ目を向けた。
「ティアっ!?」
ノクス様は心配そうに、両手で私の顔を包み込んだ。私の目から、涙があふれ出していたから。
涙があふれる私の目には、苦悶に満ちた顔をしたノクス様が映った。でも、口から出たのは彼の名前ではなかった…。
「ミゲル……。」
その名を口にした私は、スッと意識を失った━━━。
ティアが倒れたため、男は家へ入るよう言い、ベッドを貸してくれた。俺は、枕元に腰を下ろし、ティアの手を握り締めた。
「ベッドを貸してもらい、すまないな。」
「目の前で人が倒れたのに、見て見ぬふりなんてできませんよ。…ところでこの人、新しい番ですか?人間、ですよね?」
「ああ…。」
「母の次も、また人間だったんですね。」
俺は、黙ったまま頷いた。
「それで?母の命日に、新しい番と一緒に訪ねてくるなんて、どういうつもりですか?墓参りですか?母の遺体を返してもらえず、うちの墓に埋葬されているのは遺髪だけなのに??」
俺の番になった者は、亡くなったあともドラクロスから出られず、墓も我が国の管理下にある。遺体が悪用されないようにと。
「はぁ…。あなたは、20年前とまったく変わりませんね。見た目も、閉口するところも。母の遺髪を届けに来た際も、話すのは側近の方でしたから。」
4番目の番・ヴィオラと出逢ったとき、彼女には夫と子どもいた。当時8歳だったその子どもが、目の前にいるミゲルだ。
「父と俺を見ると、殺したい衝動に駆られるのでしょう?番を盗られたと。それなのに、そんな相手をわざわざ訪ねて来たのはなぜですか?まぁ、父は5年前に亡くなりましたけど。」
「そうか…。俺を恨んでいただろうな。竜人帝国の保護国ではないこの国では、番を差し出すことに抵抗を持っているからな。」
「いいえ。属国でなくても、番を差し出すよう告げられたら最後、諦めるしかないというのは周知の事実ですよ。人間の尊厳なんて無視されるのだから。相手が竜人だろうと、獣人だろうとね。」
返す言葉がなく黙り込んでいると、しばらく沈黙が続いた。
この沈黙を破ったのは、重苦しい雰囲気をつくった本人だった。ミゲルはある物に気を取られていた。
「ところで、この剣って…。」
ミゲルは、ティアの剣に関心を持ち、食い入るように見ている。
「鞘に収まった状態だというのに、この剣のすごさがわかるのか?さすが、鍛冶屋の息子といったところか。」
「こんな鞘、見たことないですよ。もしかして剣は、魔剣ですか??」
「ドワーフの鍛冶師がつくった魔剣らしい。ドワーフ製の剣など見たことないだろう?このエジャートンは、他種族との交流がない国だからな。」
「あぁ、剣身が見たいな。だけど、人の剣を勝手に触ったらいけないよな…。」
「ティアが目を覚ましたら頼んでみるといい。この剣は彼女の宝だが、お前になら見せてくれるかもしれない。この愛剣の名前は、『ミュゲル』だからな。」
「ミュゲル…??」
二人とも口を閉ざし、気まずい雰囲気が漂う中、ドアノッカーの音が響いた。
玄関を開けた直後、ミゲルの叫び声が聞こえてきたため、俺も玄関へ向かった。
「あんたまで来るなんて、なんなんだよ!?」
ミゲルは、母を連れ去った者の来訪に強い拒絶を示した。
「殿下。やはり、こちらにいたんすね。」
互いの姿を捉えた俺とジャスティンは、お互いため息を吐いた。
「こんなところまで追ってくるとは、兄上の犬は勤勉だな。俺の側近は怠惰だが。」
「皮肉は結構っす。それで、気がかりだったことは確かめられたんすか??」
「…いや、それはまだだ。」
「ところで、番様は?」
「ミゲルを見た直後、倒れた…。」
「マジすか。大丈夫なんすか?」
「ちょっと、俺のせいで倒れたみたいに言わないでもらえますか!?わかるように、ちゃんと説明してくださいよ。」
ミゲルは、渋々ながら俺たちに茶を淹れ、腰を据えて対話する意思を表した。
「お前、俺たちがここにいるとよくわかったな。休暇をとると言ったときから、行き先がわかっていたのか?」
「殿下が、救援のためエジャートンへ先行すると言い出したときから怪しいと思ってたっす。魔物の被害に遭ったのが他の国だったとしても、殿下は救援へ向かいましたか?」
「北の村が魔物に襲われたという話は、耳にしていたけど。そうか、二人は討伐しに来てくれたんですか…。」
「このエジャートンは、殿下の4番目の番様の出身国っすからね。」
「4番目って、うちの母のことか?じゃー、その前に3人もいたのかよ!?」
「そうっすよ。そこでおやすみになっている5代目様含め、全員人間なんす。」
ジャスティンの言葉に、全員がティアへ視線を向けた。
「この女性のことは、母のように拐わなかったのか?」
「拐ったっすよ。4代目様と同じように。けど、この5代目様は、そこの愛剣を振り回し、ご自分で自由を掴み取ったんす。」
「お前、説明が雑過ぎるだろ。ティアは、自身の力を示し、保護は必要ないと陛下を納得させたのだから。」
「殿下のその説明、事実と違うじゃないっすか。正しくは。5代目様は、殿下とドラゴンたちを従えて、陛下を脅したんすからね。」
「母だって、抵抗していたじゃないか!?」
ジャスティンは当時を思い出そうと上の方へ目を向けてから、ミゲルを見た。
「そうだったっすね。『ミゲル』って、泣き叫んでたっす。帝国へ着いてからも、ずっと。でも。ああしてなければ、理性をなくした殿下によってこの辺り一帯を吹き飛ばされて、君も、父親の命もなくなってたんすからね。」
「番ってなんなんだよ。母とは会ったこともなかったんだよな?母がどんな人なのかも知らなかったんだろう?見た目か!?いや…、見た目は特別きれいなわけじゃなかったけど…。」
「ぶっはっは。確かに4代目様の容姿は、普通だったっす。」
「ジャスティンっ!?」
「新しい番がいるのに、母のことを悪く言われるのが許せないのか?それって、この女性に失礼なんじゃないか。」
ヴィオラの容姿を悪く言ったジャスティンに怒りを覚えたのは、いまだに彼女を番だと思っているからなのだろう。ヴィオラだけでなく、パトリシアもシエラもシャルロッテも、何十年、何百年経っても記憶から消えることはない。その想いは、ティアへの想いと変わらない…。
「祭りの日で、あんなに人がごった返していた中で、あんたも母もよくお互いを見つけることができたよな。あれが、運命の力なのか?」
「…いや。俺と目が合った彼女は、絶望した顔をしていた。帝国と国際交流のないこのエジャートンで隠れるように、人が多く暮らすこの区域で人にまぎれて暮らしてきたというのに、俺に見つかってしまったから…。」
「いやいや、殿下。4代目様が絶望した顔になったのは、自分と目が合ったからっす。4代目様が怯えていたのは、自分にっすよ。連れ去られたときの記憶でも蘇ったんすかね?」
「連れ去られたときの記憶??あんたたちは、なんの話をしてるんだ…。」
ミゲルは、ジャスティンの話の意図を確かめようと俺の方をじっと見ている。だが、俺が閉口していたため、『またか。』とあきれたように目を細めた。
「はじめてあったときの、4代目様のあの怯えよう、おかしいと思ったんすよ。まるで、自分のことを知ってるような反応だったすから。」
「確かに…。今思えば、母は、竜人や竜人帝国の話は苦手そうだった…。」
「5代目様の愛剣がミュゲルって聞いたとき、真っ先に君のことが浮かんだっす。4代目様から、何度も聞かされた名前っすからね。あっ。あの剣、ミュゲルって言うんすよ。」
「それは、さっき聞いたけど…。」
「剣に自分の名前をつけられて、どんな気分すか??」
ミゲルが困惑していると、目を覚ましたティアがジャスティンを咎めた。
「ジャスティン。変なこと言うのは、やめて。」
「あっ、お目覚めっすね。今の番様は、何代目の番様っすか?」
「バカなこと聞かないでちょうだい。私は、私よ。」
「それでも改めて聞くっすけど、番様の怖いものはなんすか??」
「それを聞いてどうするの?『あなたが怖い』と言えば満足?私は別に、あなたのことは怖くないわ。ただ…、私の気持ちはいつも置き去りにされると思っているだけよ。」
ティアはジャスティンへそう言い放ったが、ミゲル以上に困惑しているようだった。




