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はなしてあげられない・わかれてあげられない  作者: IROKA


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10/25

#10 250年にわたる二人の軌跡

「ちょっと〜、お二人とも。空気が重苦しくて葬式みたいなんすけど。」

「今日は、ヴィオラの命日だからな…。」

私が目を覚ましてからほどなく、私たちはミゲルの家をあとにいた。

「今日が命日でしたか。じゃー、4代目様が亡くなってから、20年になるんすね。ホントに、このまま帰っていいんすか??あの子と、もっと話したいことがあったんじゃないんすか?」

ジャスティンは、もっと話したいことがあったんじゃないかと言うけれど、ミゲルとなにを話したらいいかわからないの。私は今、混乱しているから…。


ミゲルの姿を目にした瞬間、理由はわからないけど、ただただ涙があふれてきた。そして、意識をなくしている間に、長い長い夢を見たの。

それは。250年にわたる、ノクス様と私の因縁とも呼べる軌跡━━━。



ノクス様とのはじめての出逢いは、竜人帝国の保護国の一つである人間の国・ギネーズベルンだった。

当時、第二皇子として視察に訪れていたノクス様の歓迎パーティーに、侯爵令嬢のパトリシアは婚約者にエスコートされて参加していた。その会場で、パトリシアを見たノクス様は胸を押さえながら膝をついたの。

後日、第二皇子の側近のジャスティンが、侯爵家を訪ねて来た。第二皇子の番である私を迎えに来たのだと。私には婚約者がいると説明したら、その婚約はすでに解消されたと言われたわ。もうすぐ結婚式を挙げる予定だったけれど、婚約は簡単になかったことにされていた。それでも私は、番だからと連れて行かれることも、婚約を解消されたことも仕方ないと割り切れたわ。竜人帝国の保護下にあるこの国において、竜人の言葉は絶対だから。むしろ、竜人の、それも第二皇子の番に選ばれたことは名誉なことだと思っていた。

けれど…。ドラクロスの帝城で私を待っていたのは、皇室の番が下等な存在である人間だったことを嘆くたくさんの声と、失望の視線。それから、番相手である第二皇子からのぞんざいな扱いだった。

寵愛を期待していたわけではないけれど、竜人にとって番はかけがえのない存在だと聞いていた私は、第二皇子の素っ気ない態度には正直言ってがっかりしたわ。他の人はともかく、皇子は大事にしてくれると思っていたから。

そんな不満を抱いたまま結婚式を迎えた。式自体は、会場も、衣装も、指輪も豪華だったけれど、そこには、花嫁姿を見てもらいたかった家族の姿はなかった。神聖な竜人帝国に人間を招き入れるのはタブーとされているため、列席者に花嫁の関係者は一人もいなかったの。

前の婚約者とも政略結婚だったけど、この結婚も政略結婚のようなものなのよ。いえ。私の家族を結婚式に呼べなかったのだから、前よりももっとひどいわ。

不満だらけの私の日課は、愚痴や不満を日記に書き記すことで憂さ晴らしをすることだった。初夜の支度を終え皇子を待っている間でさえ、式での不満を書いていた。式の最中のあの無表情を見る限り、待ってたところで、どうせ皇子は来ないとわかっていたから。そんなふうに、一人で初夜を過ごすものだと思い込んでいた私は、部屋へ入って来た皇子を見ても、式を終えた労いや、おやすみの挨拶をしたらすぐに出て行くのだろうと思っていた。でも、その予想は大きく外れたのよ…。

こうして私は、まったく心の準備をしてないまま初夜を迎えたのだった。

目覚めたとき、日は高い位置にあった。それからベッドの隣に、皇子の姿はなかった。

昨晩の、"あれ"は夢だったのかもしれない。そうよ。あの無表情皇子が、私の名前を愛おしそうに何度も呼んだり、自分の名前を呼ぶよう強要したり。誓いのキスでさえパッとすませた、私に無関心なあの皇子が、むさぼるように唇を奪ったりするはずないもの。

だけど…。体の状態が、夢ではないことを証明していた。

私は日記に、皇子は責任感の強いおかた、彼が初夜に私の寝室を訪れたのは義務を果たすためだと書いた。だって皇子は、初夜以降、私を訪ねて来ることはなかったから。

(番って、なんなのかしら??)

まさか、それがわからないことが原因で皇子に距離を置かれているとは思いもしなかったわ。

皇子と顔を合わせることのないまま、初夜から1ヶ月が経った。その日も寝る前に、日記に不満を書き、最後に満月がきれいだとつけ足した。それから、バルコニーへ出て満月を眺めた。

そしたら突然、月の明かりが遮られ、目の前にドラゴンが飛んで来た。日中、ドラゴンが飛んでいるのを窓から見てはいるけれど、これほどの近さで見たのははじめてだったから、悲鳴を上げそうになったわ。その私の口を、人の姿に戻った皇子が塞いだ。唇を強く押し当ててね。

「…皇子??」

「名前で呼ぶよう言ったはずだが。兄も"皇子"なのだから、まぎらわしいだろ…。」

1ヶ月振りに会ったのに、放置していた謝罪もなく、傲慢な皇子の態度に不満を覚えたものの、不満を口にする余裕はなかった。竜から人の姿に戻った皇子が服を着ていないから、目のやり場に困って、挙動不審になってしまうのよ。本人は、裸でも堂々としていて、私を横抱きするとベッドへ移動したわ。

こうしてまた、心の準備のないまま、2度目の夜を過ごしたの。

バルコニーから部屋へ戻ろうとする、裸の皇子を見送る際、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。

「竜のお姿になる際、服はお脱ぎになってきたのですか??」

彼は、質問の意味がわからないと首を傾げた。

「いえ、ただ。竜化する度に、服を破っているのだとしたら、もったいないなと思いまして。」

「あっははは!」

ノクス様が声を出して笑うのを見たのは、これがはじめてだった。

だけど…。近づいたと思ったら、また放置される日々に逆戻り。このやり場のない想いを日記に書き記す日が続いた、ある日のこと。

私は、子どもを授かった。

はじめは困惑していたノクス様も、私に会いに来てくださる回数が増えた。そうやって、少しずつ夫婦らしくなっていた。

そして。お腹の子の胎動を感じるようになり、母親になるのだと改めて実感するようになった頃、パトリシアはお腹の子とともに命を落とした。


それから、69年後。

竜人帝国の保護国の一つ、ボアにて。

19歳になった伯爵令嬢のシエラは、各国との交流を深める目的で開催された舞踏会に出席するため、王宮を訪れていた。けれど私は、舞踏会の会場へは行かず、客室のベランダから庭園を眺めていた。会場に、車イスの私の居場所はないもの。

でもこの選択が、ノクス様との2度目の出逢いに繋がることになった。

庭園を眺めていると、二人の男の人がやって来たの。舞踏会ははじまったばかりなのに、早くも会場から抜け出して来た二人の様子を見ていたら、私の視線に気づいた黒髪の男の人が、私のいるベランダを見上げた。するとその人は、体調が悪くなったのか、胸を押さえて膝をついてしまったの。手を貸したい気持ちはあったけれど、一人で庭園までいけない私は、ただ見ていることしかできなかった。

舞踏会から数日後。我が伯爵家に、竜人帝国からの使いの者が訪ねて来た。それは、胸を押さえていた男の人と一緒にいた人だった。この使者は、ドラクロスの第二皇子の番である私を迎えに来たのだと説明した。私の足が悪いことを危惧した両親は、ドラクロスの皇室にふさわしくないのではと尋ねたけれど、使者からは、『そんなの、全然、気にしなくていいっす。』と軽く言い返された。

この胡散臭い使者と、こんな使者に丸投げし挨拶に来ない第二皇子に、私は不信感を持ち、この結婚話に期待をしないと決めたわ。だから、帝城で過ごしていて、私が歓迎されていないと気づいたときも傷つくことはなかった。歓迎はされていなくても、侍女もメイドも仕事はきちんとこなしてくれていたしね。しかも、使用人たちは竜人で力が強いから、車イスからの移動や、着替えに入浴など、私をいとも簡単に持ち上げた。思わず、『力持ちなのね。』と声をかけたら、いつも難しい顔をしている侍女が照れていた。竜人は自身の力に誇りを持っているから、褒めたら素直に喜んでくれたわ。この侍女のエマとは、少しずつ打ち解けていった。

ドラクロスへ来て、3ヶ月が過ぎた。

このかん、旦那様と顔を合わせたのは片手で数えられるほど。結婚式も、ご自分が2度目の式だからって簡易的なものだった。初夜でさえ、部屋には来なかったわ。こんな状況だから、自分が結婚したことも、旦那様がいることも忘れちゃいそうだわ。

ただね。結婚式でのドレスや装飾品は、これでもかってくらいにきらびやかだったわ。こんな私には、もったいないほどにね。きっと竜人は、ドラゴンと一緒でキラキラしたものが好きなんだわ。それから旦那様は、指輪の交換と誓いのキスでは、床に膝をついて車イスに座る私の視線に合わせてくれた。…もしかしたら、結婚式を簡易的なものにしたのも、車イスを利用する私が好奇な目に晒さないためだったのかもしれない。

そう思う理由は、旦那様が、満月の日には決まって私の部屋を訪ねて来るから。なぜか、私が寝たあとにやって来るのだけれど…。

最初の満月の日。息苦しくて目を覚ました私は、旦那様に口づけをされている状況に夢でも見てるのかと思ったわ。普段は私に無関心だったから。旦那様は、次の満月にも深夜に、私を起こさないように静かに部屋へ入って来て、深い口づけをした。息もできないほど激しく唇を重ねてきたり、舌を絡めてきたりされても、私は寝たフリを続けたわ。

本当はね、『これで起きないと思ってるなら、どうかしてるわよ。』って言ってやりたいわよ。だけど寝たフリを続け、そんな夜を3度過ごしたわ。彼はどうやら、私が起きていると素直になれないようだから。


そして。それは、朝から雪が降りしきっている日のことだった。

私はその日、エマの様子がおかしいことに気づいたの。尋ねても頑なに話そうとしないから、他の使用人に聞こうとすると、『話しますから。』と言い、エマは顔色を変えて私を止めた。

歓迎されていない番の侍女であるエマは、他の使用人たちから陰口を言われていたの。エマが、役立たずの番に尽くしているのが気に入らない使用人たちは、私を城の北側にある別棟へ閉じ込めるよう言ってきたそうよ。家族に危害が及ぶと脅されたエマは、追い詰められてしまったの。私は、そんなエマに、その北側の別棟に連れて行くようお願いした。別棟は普段使われていないため、暖炉に火がくべられておらず、外と変わらないほどの寒さだった。エマが、こんな場所に閉じ込めたら凍死してしまうと言い、私も耐えられる自信がなかったから、閉じ込める代わりになる別の計画を提案したの。それは、私が車イスごと階段から転落したように見せること。車イスだけ階段から落とし、階段の下に私が倒れているところを例の使用人たちに見せるの。

エマは、車イスを落とし、私を階段の下へと運ぶと、なるべく早く戻って来ると言って使用人たちを呼びに走った。私は、いつ戻って来られても問題ないよう、床にうつ伏せになって待っていた。

(これで気が晴れてくれるといいのだけれど。)

冷たい床で体温が低下し、体が震え出したとき、体の中が燃えるように熱くなった。

『ゴホゴホッ…。』

咳が出て、手で口を押さえたところ、手のひらには熱くて真っ赤な血が…。この尋常ではない熱さに、体が焼き尽くされてしまうのではないかと恐怖に襲われた。このまま目を閉じてしまいたかったけれど、この状況で私にもしものことがあればエマが疑われてしまう。自分の体の異変に混乱しつつも、この場からできるだけ遠くへ離れなければと、腕の力で壁まで這い、立ち上がり、壁をつたって歩いた。"遠くへ"との思いとは裏腹に、この足は思うように動かなかった。

私は、激しい後悔に襲われた。

(こんなことなら、もっと本気で歩く練習をしていればよかった…。)

たとえお母様に、『歩く姿が不格好でみっともないわ。いっそ歩けないことにして、車イスに乗りなさい。』と言われても…。私の足はまったく動かないわけではなかったけれど、お母様がいい顔をしなかったから、歩く練習をしなくなったの。でも、それはお母様のせいじゃない。歩く努力をしてこなかったのは、私自身だもの。

それに。お母様がああ言ったのは、心ない人たちの視線から私を守るためだってわかっているわ。

別棟を出て、雪に足を取られながら進み、城の裏庭にある噴水のふちに倒れるように横になった。

しばらくすると、熱いのか、寒いのかもわからなくなり目を閉じた。

「シエラ!!」

目を開けると、ドラゴンがいた。

「シエラ!!」

よく見ると、ドラゴンは竜化しかけている旦那様で、私を抱き抱えている。

見上げた空からは雪が降り、辺り一面真っ白な世界で、対照的な黒い色をしている旦那様は際立って見えたわ。

「満月じゃなくても…、私の名前を、呼べるのですね…。」

「…まさか、起きていたのか!?」

「ふふっ…。息もできない…、激しいキスをされて…、起きない方が、おかしいですわよ…。」

言ってやりたいことを言えた私は、最後の力を振り絞り、旦那様の顔へ手を伸ばした。感覚のなくなった私の手に、竜化している旦那様の手が重ねられた。

その手を握り締めたまま、私は硬直していった━━━。


シエラが亡くなってから、73年後。

これまでとはまた別の竜人帝国の保護国であるアースベルトで、私たちは出逢うの。

アースベルトに生まれたシャルロッテもまた、人間だったわ。違うのは、シャルロッテが鱗を手に握り締めて生まれてきたことと、パトリシアとシエラの記憶を持っていることだった━━━。











250年の軌跡の後半は次回へ…

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