#11 話してあげられない・分かれてあげられない
パトリシアとシエラ、二人分の記憶を持って生まれたシャルロッテは、物心がつく頃には自分の運命を悟っていた。今世でもまた、妙齢になれば、第二皇子様と出逢ってしまうのだろうと。
年頃になった私は、彼との出逢いを避けるため社交の場へ出るのを拒んだ。私にとって彼との出逢いは、死へのカウントダウンのはじまりだから。それでも、もしも出逢ってしまい帝城へ連れて行かれたときに備え、一人でも上手く立ち回れるよう、生活力を身につけた。以前のような最期を迎えるのを回避するためと、エマみたいに使用人仲間から嫌がらせを受ける者を出さないために。
出逢いの場となりそうな社交界を避け続け、両親の頭痛の種となっていた私は、結局、23のとき彼と出逢ってしまった。皮肉なことに、生活力を上げるために働いていたカフェレストランで…。平民も利用するこのお店に、皇子と側近がたまたま客として来店したときは、さすがに私も、この人との出逢いは因縁なんだと受け入れたわ。
私の姿を目にした皇子は、今回も胸を押さえて膝をついた。このとき私も胸がくるしかったのだけど、これは、また出逢ってしまったことに対しての動揺によるもので、番を見つけた際に感じるものではない…。
私は今回も、彼が番であると感じることはできなかった。
それから数日後。家を訪ねて来たのは、またしても糸目の側近、一人だけだった。予想はしていたけど、今回も本人が迎えに来ない現状に不満が爆発した私は、意趣返しとして、声を出せないふりをすることにしたの。
『え?声が出せない??あの店で、給仕していたっすよね??』
この糸目の側近とも因縁の仲だけど、いつも飄々としてるジャスティンがこんなに困惑しているのははじめて見るわ。私は、筆談で答えた。
『私はホールスタッフではなく、裏方の調理や皿洗い専門です。』
糸目は首を傾げながら、今回もまた私を馬車へ乗せ、ドラゴンの姿になるとドラクロスへと飛び立った。
私はベールをかぶり、顔を隠して馬車を降りた。素顔を隠す必要があったから。
帝城に着いてわかったのは、第二皇子は自分の番を迎えに行かないわけではなく、準備を整える前に糸目が勝手に連れてきてしまうという事実。
私が調べた本には、竜人や獣人は番と出逢った瞬間から互いに惹かれ合い、離れられなくなると書いてあったけど、私の番様は、準備を整えるためとはいえ、私と離れていても平気みたい。
それで、その準備というのは、彼の心の準備と、皇子の領地で暮らすための準備だった。皇子は、私を帝城に滞在させたくないみたい。今日はもう日が暮れたため、今夜は一晩帝城に泊まることになったけれど、たった一晩でさえ嫌そうだった。
…心の準備の方は、よくわからないわ。
案内された部屋は、カーテンとカーペットは変わっているけど見覚えのある、以前暮らしていたあの部屋だった。ここが、ノクティウス様の番のために用意された部屋だと察することはできるけれど、パトリシアが命を落としたこの部屋をシエラと私へあてがうなんて、ここの城の人たちって気遣いができないのかしら。
私は夜更け過ぎに、ベールをかぶらず部屋を抜け出し、裏庭にある噴水へ向かった。
今夜は満月だから━━。
パトリシアのときも、シエラのときも、満月の日には、彼が私の部屋を訪れていたから、今夜もそうなるかもしれないと思い逃げて来たの。これはね、満月のときだけ求めてくる自分勝手な番様への先制攻撃なのよ。
だけど…。本当はね、部屋にいると不安で、落ち着かないの。彼は、私のもとへは訪ねて来ないかもしれないもの。私の容姿は地味で、パトリシアとシエラと比べて美しくないから…。ゴールドブロンドにグリーンアイのパトリシアと、プラチナブロンドにブルーアイのシエラ。私の髪色はブルネットで、瞳は黒色…。1番目と2番目のことは容姿が違っても求めていたけど、3番目のことも求めるかはわからないじゃない。
自分から彼を避けているのに、彼に求められないとしたら…。それは、それで怖いの。
噴水へやって来た私は、ふちに横になった。シエラが亡くなったときのように━━━。
「シャルロッテ!!」
ノクティウス様は、私を抱き起こすと、力強く抱き締めてきた。彼の腕は冬でもないのにとても震えていて、心臓の動きは、まるで跳ね上がるみたいに激しかった。
(これは、シエラの死に際を再現してしまった私が悪い…。)
謝罪の意を込め、抱き締め返すと、泣きそうな顔でこちらを覗き込んできた。何度も私の人生を振り回しているのはそっちなのに、そんな顔をするのはずるいんじゃない??そう思っても、自分が犯したたちの悪いいたずらと、言葉を発せない設定のせいで、何も言えなかった。
うん。ここは、私が折れよう。3度目の人生、これまでの年齢を合わせたら私もいい年だからね。
不安いっぱいの彼の顔を両手で包み込み、満月のとき、いつも彼がしているように唇を重ねた。だけど、彼からの反応がない…。不思議に思って目を開けてみると、彼の目から涙が流れていた。
(どうして!?)
涙の理由を尋ねたいけど、声を出せないふりをやめるつもりはないから、彼の頭や背中を何度もなでてなだめた。それから機嫌をとろうと頬にキスをしたら、突然、唇を強く押しつけてきて、これまでの満月のときのように激しくて深い口づけを求めてきた。この状態になると止まれなくなることを知っているから、私は彼の求めに応じた。こんなふうに、満月になると自制がきかなくなる姿を何度も見てきたけど、これが彼の意思なのか、そうではないのかは今もわからない…。
彼は翼だけ竜化させると、自室のバルコニーまで私を抱えて飛んだ。バルコニーから部屋へ入り、私をベッドへ押し倒した彼は、竜化した際に服が破れ、肌があらわになっている。
(肌を見せることに抵抗がないところも、変わってないのね。)
なんて思っていたら、私の夜着は襟元から彼に引き裂かれた。シエラとは一線を越えなかったけど、彼の子を授かったパトリシアの記憶を持つ私は、彼に肌を見られることに対して、今更恥ずかしがったりはしない。だけどね、『服を破ることないんじゃない!?』と文句は言ってやりたかったわ。それを口に出さなかったのは、竜人や獣人には発情期があると本で読んで知っていたから。彼は今まさにその状態で、夜着を普通に脱がす余裕もないのだと察したの。何度も私の名前を呼び、求めてくる彼の瞳には、私しか映ってないようだった。番へ抱く感覚がどのようなものかわからないけど、彼は、パトリシアとシエラを求めたように、今私を求めている。容姿が地味なのにもかかわらずね。
彼にとって、私たちはどんなふうに映り、どのような存在なのだろう?私が、彼に振り回されていると思うように、彼もまた、私に振り回されていると思っているのかしら…。
朝日が昇ると、目を覚ました彼がベッドから出ていったから、私は引き裂かれた夜着を羽織ると、シーツを抱え洗濯場へ向かった。
洗濯場へ行く前に、手に入れたメイド服に着替えると、他の使用人と鉢合わせする前にシーツを洗濯し、あてがわれた部屋へと戻った。メイド服のまま、家から持参した宝石箱の中にある、鱗を加工しネックレスにしたものを手に取り、首へつけた。私が生まれときに握り締めていたこの鱗は、きっと、シエラが息絶える際に握っていたノクティウス様の鱗なのよ。彼の鱗を持っていると竜人の気を纏うことができるため、私はこれを身につけ、第二皇子の番様を世話するメイドとしてまぎれ込むつもり。
ここの使用人たちは人間を弱い種族だと見下していて、前世ではシエラ付きの侍女に対して嫌がらせをしていた。私は、もう、エマのような目に遭う使用人を出したくないのよ。
それに…。この城で二度も命を落とした私は、ここの人たちを信用していない。用意された食事に問題がないか、部屋に不審な点はないか、私自身がメイドとなり警戒し、今世は自分の命を自分で守るの。
厨房へ行き、第二皇子殿下の番様付きのメイドだと名乗ると、私の素性を確認することもなく、あっさり食事を渡された。帝城のメイドは、第二皇子の番と関わりたくないようで、自分たちが食事を運ばずにすんだことに安堵していた。
彼女たちがここまで安堵する理由は、後々知ることとなる。
受け取った食事を部屋へ運び、魔道具を使って毒がないかチェックをしてから口にする。食べ終えた食器を自ら片づけ、部屋へ戻ると、鱗のネックレスを外し、メイド服から私服へ着替え、ベールで顔を隠した。部屋で待っていると、ノクティウス様が自ら迎えに来てくださり、私たちは帝城をあとにし、彼の領地へ移り住んだ。
ノクティウス様の領地は、自然豊かなところだった。
大きなお屋敷には広大な庭があり、敷地はそびえ立つ高い城壁に囲まれ、城壁の向こう側には大森林が広がっている。この大森林が天然の要塞の役割を担い、お屋敷は来る者を拒むように森の真ん中に建っていた。逆を言えば、私がこの屋敷から逃げ出すのは不可能だということ。森の外にある街へ辿り着く前に、動物や魔物に殺られたり、迷路のような森で迷い、力尽きるのが目に見えるもの。
来る者を拒み、去る者を許さない。こんな不便なところに屋敷を構えても、竜化して飛べる彼らにとっては苦にならないのだろう。
部屋に案内された私は、ベールを外すとメイド服に着替え、鱗のネックレスをつけた。
まずはメイド長のもとを訪ね、番様の侍女兼メイドの『ロロ』だと自己紹介をした。侍女を自分で選びたいとノクティウス様から了承を得ていた私は、自分の侍女に就任し、屋敷の中を堂々と動けるようになった。
こんなにすんなり侍女になれたのは、帝城と同じく、ここの使用人たちも皇子の番様に関わるのを極端に避けたがっているからだった。
その理由をメイド仲間のジャスミンから教えてもらった。これまでの番に関わった使用人たちは番が亡くなったあと、帝城を追い出されたり、ドラクロスから追放されたり、舌を切られたりと、処罰を受け、中には処刑された者もいたそうなの。パトリシアが亡くなったときは、私とお腹の子を助けられなかった責任を問われた侍医が城を追われ、シエラのときは、私を別棟に閉じ込めるよう指示したメイドたちが処刑されていた。
避けられている理由は、番が人間だからだと思っていたけど、竜の逆鱗である番に触れ、怒りを買いたくないから、誰も番の世話をしたがらなのね。
ちなみにジャスミンはジャスティンの妹で、『そっくりね。』と言ったら怒ってしまった。
数日後。
自分のお世話は問題ないのだけれど、想定外なことが3つほどあった。
1つ目は、ノクティウス様の私室の掃除をみんなから押しつけられたこと。粗相をして処罰されるのが怖いからって。
2つ目は、ノクティウス様からの要望で、番様の侍女である私が、番様の一日の様子を毎日彼へ報告すること。これは口頭ではなく書面にし、メイド長からノクティウス様へ提出してもらうようにしたわ。彼もまさか、侍女が番本人だとは思ってもみないわよね。
そして3つ目は、王子が毎晩私のベッドで一緒に寝ていることよ!これまでは、夜に部屋へやって来るのは満月の日だけだったのに…。
もしかして、今は発情期が長いのかしら?なんて思っていたら、ジャスミンから強い竜気を感じると指摘され、彼が毎晩私に加護を与えていることを知ったの。
彼女には、他にもいろいろな情報をもらったわ。この屋敷の建設がはじまったのが、シエラが帝城へ連れて来られた頃だったこと。パトリシアが亡くなった原因が帝城にあるのではと疑いを持っていたノクティウス様は、シエラと出逢ったとき、真っ先にこの屋敷の建設にとりかかったそうよ。完成する前に、シエラは亡くなってしまったけれど…。そのあとも建設が続けられたのは、再び番と巡り合うことを彼が願っていたからなのかもしれない。
そして、自分の屋敷を建設する場所を大森林の真ん中と決め、立派な城壁をつくらせた理由は、帝城に蔓延る人間に対する悪意から番を守るため。この屋敷の使用人は、帝城の使用人とは思想が違う者たちが集められているそうなの。帝城にいる者は、竜人の血を誇りに思う純血至上主義者が多いけど、ここの使用人たちは、自身に他の種族の血が流れていたり、番が他の種族だったりするため、混血に抵抗を持っていない。人間に対してもね。
屋敷に、城壁、使用人、それから加護まで。
(知らなかった。私は、こんなにも彼に守られているのね…。)
彼の想いに触れ、戸惑う私は、彼の私室の掃除をしている際、ある物を目にしてさらに当惑してしまう。彼の私室の棚にはパトリシアの日記が飾られ、彼の椅子の隣にはシエラの車イスが並べてあったのよ。正直、車イスはどうでもいいわ。だけど、憂さ晴らしに本心を書いていたあの日記はダメよ。どうにか処分したいのに、厳重に防御魔法がかけられていて触れられもしない…。しかもその棚に、ロロが侍女として、シャルロッテの一日の様子を記載した報告書も加わり、積み重なっていったの。自分の一日の出来事を自分で書いて提出してる状況がすでに謎なのに…。私にしてみれば、自分の日記のようなものである報告書が、大切に保管されているのを目の当たりにし、羞恥心と、切ない気持ちでいっぱいになった。彼にとって、シャルロッテについて書かれている報告書はただの仕事の書類ではく、パトリシアの日記と同じように、保管するほど大事なものだと知ったから。
それでも実際に対面する彼は、相変わらず無愛想で、優しい言葉の一つもかけてくれない。もしロロとなり、ジャスミンから屋敷が建てられた経緯を聞いたり、彼の私室でパトリシアとシエラの遺品が保管されているのを見たりしていなければ、ノクティウス様の想いを知らずにいただろう。もしかしたら彼は、パトリシアのときも、シエラのときも、番を大切に想っていたのかしら??
普段の冷たい態度から、番が人間であることが不本意で仕方ないのだと決めつけていた…。
彼は愛情表現が不器用なのだと気づいてからも、私は声を出せることを隠し続けた。彼との穏やかな日常が、壊れてしまう気がするから。
それから、彼の想いを知ったことで、私は、彼に嫌われるのが怖くなったの。私は、彼へいくつも嘘をついている。話せないふり。ロロとして侍女をしていること。パトリシアとシエラの記憶を持っているのに、それを隠していること…。彼は、これまでの番に優劣をつけてない。容姿も性格も違うのに、パトリシアもシエラも、シャルロッテのこともそれぞれを別の人間だと認め、平等に想ってくれている。
"これまでの番も、私だった。"
番を失う度に憔悴し、新たな番と出逢い、立ち直り、新たな気持ちで今を生きている彼へ、この事実を伝えたくなかった。
今世は長生きするつもりでいるけど、人間として生まれた私は、どうあってもまた彼を残して先立つわ。そして、彼をまた絶望の底へ突き落とすのよ。
私が、彼にとって何度も絶望を与える存在だと知ったら、どう思われるかしら…?
時が巡り、再会したとして、私との出逢いと別離の繰り返しに、幸せを見い出すことなんてできるのかしら?
『あなたが出逢った番たちは、三人とも私なの。私は死んでも、またあなたの番として生まれ変わるの。』
恨まれる覚悟のない私は、その事実を話してあげられなかった…。
不器用で、甘えたで、意外に寂しがり屋な彼に、私は自分の秘密を打ち明けないと決めたの。
私だって、望んで番になったんじゃない。生まれ変わりだって、自分の意思じゃない。
私は、ノクティウス様のことを、自分の番だと分かれてあげられない…。
複雑な胸の内とは対照的に、屋敷での生活は充実していた。
ノクティウス様からは、メイド長を通通して、番が満ち足りた生活を送れるよう尽力せよとの命を受けたの。私にとってこの命令は、とても簡単なことだった。だって、私の好きなようにすればいいだけなんだもの。
料理長へは私の好きな食べ物やお菓子、お茶の好みを。庭師には好きな花。執事には読みたい本。衣装担当へは好きな色とデザインを、それぞれ伝えた。そして、それに対する番様の反応や、殿下や使用人たちへ感謝をしていたと報告書へ書いて提出したわ。ノクティウス様は、侍女を信用していないようで、シャルロッテのもとを訪れた際、たまに報告書へ書かれた内容が合ってるか尋ねられることもあった。私は堂々と筆談で答えたわ。自分で書いた報告書に、矛盾も偽りもないもの。ただ…。
『侍女の仕事振りに満足しているか?』
この質問に答えるのは、ちょっと恥ずかしかったわ。
『侍女だけでなく、殿下にも、屋敷のみなさんにもよくしていただいてますから、満足してます。殿下が、使用人のみなさんに声をかけてくださったおかげだと聞きました。お気遣いいただき、ありがとうございます。』
そう書いた紙は、ノクティウス様が持っていってしまった。うん。どうするのかは、想像できちゃったわ…。
それから。ノクティウス様の私室の掃除を押しつけられた代わりに、私は自由時間が与えられた。この時間を使って、薬草を探しに森へ出かけているの。私がこれまでしてきた、生活力を上げるための行いの一つが、薬の知識を身につけることだった。毒にも詳しくなりたかったから。
この大森林は薬草の宝庫だから、来る度に夢中で採取してしまうのよね。今、私が切実に必要としている薬は、避妊薬だった。帝国へ来る際、用意していたものがなくなってしまったため、自分で調合することにしたの。避妊薬を飲んでいると彼に知られないようにするためは、侍医に頼むわけにはいかないもの。避妊薬を飲んでいると知ったら、彼は傷つくだろうから。私だって、彼との子を望んでいないわけじゃない。でも…。パトリシアの死因がお腹の子とは関係ないと断定できないため、不安の芽は摘んでおこうと思うの。
こうして、3年が過ぎた。
この間、侍女のロロとしてノクティウス様と対面することはなかった。彼はびっくりするくらい、番にしか興味がないからね。
まぁ、その番って、私なのだけれど…。
250年の軌跡のまだ中間




