#12 分かれてあげられなくて、ごめんなさい…
ノクティウス様のお屋敷に移り住んでから3年が過ぎた、ある日。
現竜帝であるノクティウス様のお父様が、皇帝の位を皇太子のルミウス殿下へ譲位すると宣言したため、国中が即位式に向けた準備で慌ただしくなった。
この3年、ノクティウス様の計らいにより、私は一度も帝城を訪れていない。彼は、今回の即位式でさえ私を城へ連れて行くのを渋っている。私を人々からの好奇な目に晒したくないと言っているけど、理由はそれだけじゃないのだろう。パトリシアとシエラが帝城で命を落としているから、私もそうなるのではないかと不安なのだと思う。
だれど、双子の兄が新たな竜帝に即位する式に、皇弟となるノクティウス様が番を参加させなければ、彼への心象が悪くなってしまうわ。ただでさえ、番が人間だという理由で彼への信望が減っているのに…。
私は自分の要望を手紙にまとめ、即位式の準備に追われ、深夜に帰宅した彼へ手渡した。手紙を読んだ彼は、複雑そうな顔をしていたけど、私に参加の意思を確認し、頷いたのを見て、納得してくれた。
手紙の内容はね。即位式でノクティウス様にエスコートされるのが楽しみだということや、式に参加するためのドレスを新調したいという相談。ドレスのデザインの希望は、黒色の生地に金色の刺繍がされたものがいいと書いたわ。彼は、帝城へ私を連れて行きたくない思いと、自分の瞳の色のドレスを身に纏った私の姿を見たい気持ちを天秤にかけ、最終的には私の意思を尊重するかたちで即位式への参加を認めてくれたの。
私はこの3年で、ノクティウス様の扱いがちょっとわかるようになったのよ。
そして、即位式当日。
帝城へ着くと、ノクティウス様は人々の目から私を守るように部屋まで送ってくれた。彼の番にあてがわれたあの部屋へ。支度に時間がかかるため彼と行動を別にした私は、ベールを取り、メイド服に着替え、鱗のネックレスをつけると、式の準備に追われる使用人たちのもとを訪ねて歩いた。口が堅く、人間へ偏見を持っていない者を探すため。なぜ探しているのかというと、ドレスを着るのを手伝ってもらうのよ。侍女のロロでは、シャルロッテにドレスを着せられないから。
(あのドレス、どう頑張っても、自分では背中に手が届かないのよ。)
ジャスミンたち、ノクティウス様のお屋敷に勤める使用人たちも帝城へ来てはいるけど、三年も一緒にいるんだもの、いくらベールで顔を隠していても、シャルロッテ=ロロだと気づかれるだろうから、私と接点のない人がいいのよね。
そう思っていたら、見知った懐かしい顔を見つけたの。シエラ付きのメイドだった、エマを。
エマに、ノクティウス殿下の番様の身支度をお願いできないかと声をかけたら、顔を青くして首を横に振られてしまった。無理強いはしたくないから諦めようとしたところ、通りかかったメイドから、エマは舌を切られたため話せないと教えられたの。
ジャスミンから、舌を切られた者がいると聞いていたけど、まさかそれがエマだったなんて…。
(私の侍女になったせいだわ…。)
ノクティウス様の残忍さを目の当たりにし、エマは、もう彼の番と関わりたくないのだと察した。だけど、彼女こそが適任だと思った私は、もう一度、エマに頼んだ。番様も声を出せないため、悪意ある者には任せられないから、心ない言葉を吐くことのないあなたの力を貸して欲しいと。
結局、エマの優しさに漬け込む形で合意を得て、彼女を番の部屋へ案内した。76年前に、彼女が3ヶ月間通っていたこの部屋に。
エマをドレスルームへ連れて行った私は、自分は他の仕事があるからと、エマにドレスや装飾品を押しつけた。別室でメイド服を脱ぎ、鱗のネックレスを外し宝石箱にしまうと、ベールをかぶり、鏡台の前に座りエマを待った。ドレスルームから出て来たエマへ、『よろしくね。』と書いた紙を見せると、エマは深々とお辞儀をした。
エマに身支度を整えてもらうのを懐かしく思うと同時に、彼女に対して罪悪感でいっぱいになる。あのとき、私が別の対処法を選んでいたら、エマが処罰されることはなかったはずだから…。
『ありがとう。』
支度を手伝ってくれたエマへお礼の言葉を書いて見せると、急いで彼女を部屋から出してあげた。ノクティウス様と鉢合わせしないように。エマにとって、彼は畏怖する存在だろうから。…いいえ。エマに限らず、この国の人々にとってノクティウス様という存在は、畏敬の念を抱くとともに、"恐怖の象徴"なんだわ。
部屋へ迎えに来たノクティウス様は、着飾った姿の私を見た瞬間、動きが止まっていた。
うん。ここで、『きれいだ。』とか、『似合ってる。』と言えないのが彼なのよね。無表情で無反応のように見えるけど、言葉にしたり、表情に出したりするのがヘタくそなだけなの。
いまだに口がきけないフリを続けていることや、侍女のロロの正体を隠している私も、彼の不慣れな愛情表現について、偉そうなことは言えないのだけれど…。
即位式の会場は、帝国内外からの来賓で埋め尽くされていた。様々な種族が集まる中、人間は、私一人だった。こういう場に人間が招待されない現状が、ドラクロスの保護国などと呼ばれていても、実際は属国扱いなのだと実感させられる。ノクティウス様は、そういった人々の見下す視線から私を守ってくれている。
「殿下ぁ。番様のお姿を他人に見せたくないのはわかるんすけど、そんなにくっついて歩いてたら、番様が歩きにくそうっす。ホント、嫉妬深いんすから。」
ノクティウス様は睨みをきかせ、ジャスティンを黙らせた。私は、嫉妬深いの意味がわからず首を傾げた。だって、誰も人間に対して興味なんてなさそうだもの。でももしかして、このドレスは種族関係なく、目を引くのかしら??
「皆さん、その金の刺繍に使われている本金糸の価値がわかるようっすね。大金使って、わざわざ遠い異国から取り寄せたかいがあったっすね。」
「別に、まわりがどう思おうが関係ない。」
「はいはい。番様に喜んでもらえれば、それでいいんすもんね。けど、ご自分の目の色を忠実に表す本金糸を選んだのは、殿下の欲望すよね。番様に、ご自分の色を身に纏わせた━━。」
『ビダっ!!』
ノクティウス様に張り手をされ、口を塞がれたジャスティンのことには見向きもせず、恐る恐る、ドレスに施された金色の刺繍へ視線を向けた。
(このドレスにいくらかかったのだろう??)
私の頭の中は、お金のことでいっぱいだった。視線を戻した私の背中は、自然とピンとまっすぐ伸びたわ。
即位式は厳粛に執り行われ、最後にルミウス様が玉座へ着き、ドラクロス帝国の皇帝に即位した。参列者は自身の魔力を放出し、新たに誕生した竜帝へ祝福を贈った。私も魔力を放つと、天井を飛び交う色とりどりの魔力を眺めた。
そのとき━━━。
突然、体の中が焼けるような感覚に襲われた。この感覚には、覚えがあったわ…。
(…気をつけていたのに。どうして…?)
立っていられなくなり、ノクティウス様の腕を掴むと、倒れるようにもたれかかった。
『部屋へ、連れて行って…。』
力を振り絞って声を出すと、彼の歪んだ顔が目に映った。声が出ないと、私が嘘をついていたのがバレたから?それとも…。私のこの症状に、覚えがあるから?
彼は、私を抱えると足早に会場をあとにした。
「ごめんなさい…。大事な、即位式の最中に。」
「そんなことは、いいから。一体、何があったんだ!?」
「…わかりません。気をつけて、なにも口にしてないのに…。」
「すぐ、医者のところへ連れてってやるから。もう少し我慢してくれ。」
「…もう、手遅れだって、あなたも、わかっているのでしょう??」
「バカなこと言うんじゃない!?」
ノクティウス様は、近くにいた使用人へ、医者を呼ぶよう大きな声で言った。
「今回は…、絶対に、長生きするって、思ってたのに…。あぁ…。あなたに、また、こんな顔をさせてしまった…。」
「…今回"は"??」
ノクティウス様が立ち止まり、私の顔を覗き込んだ。
「素敵なドレス、ありがとうございます…。」
「ああ…。」
「…声が出せない、なんて、嘘をついていて、ごめんなさい…。」
「…ああ。」
私の嘘とは違って、本当に声が出せないエマのことが頭をよぎり、彼女の許しを願った。
「…エマのこと、許してあげて。エマは、なにも悪くないから…。」
「…エマ?」
あ、そうだこの人、番意外興味のない人だった…。
「…シエラの、侍女よ。」
「シャルロッテ、もしかして君には…。」
「…あっ!!パトリシアの日記!!お願いだから、あれは、捨てて…。」
ノクティウス様の話を遮り、私は話を続けた。残された時間がないと、わかっているから。
「侍女の、報告書も…。車イスは…、好きにして…。」
「シャルロッテ。全部…、覚えているのか??」
「…私、また、人間に生まれて、ごめんなさい。私の番が、あなただって、分かれてあげられなくて、ごめんなさい…。また、そんな顔を、させて、ごめんなさい…。神様は、なんて意地悪なの…。こんなの、皇子が…。あ…、もう、皇子じゃないわね…。ノクティウス様が、不憫過ぎるじゃない…。」
「逝くな、シャルロッテ。」
「また、置いて、逝って…、ごめんね…。」
真っ暗になってしまった世界で、唇からノクティウス様の魔力を感じる。加護を与えてくださっているんだわ。でも。今世の私は、常に彼の加護に守られているのよ。
『ロロの番って、過保護で嫉妬深くて、独占欲が強いのね。』
私はこの三年、ジャスミンからそう言われ続け、あきれ返った目を向けられてきたんだから。私は毎日、強力な加護がかけられた竜気を漂わせてるって。しかも、今日の加護は、いつもより強めに付与されていたのよ…。帝城を訪れるからって。
それでも、結局はこうなってしまった…。
「ノクティウス様…。加護が、及ばない、なにかが、あるのよ…。」
手探りで彼の顔を探し、どうか、この人が壊れませんようにと祈った。
それから。もう二度、彼の悲しむ顔を見たくないと、強く願った。
4番目の番となるヴィオラは、竜人帝国と交流のないエジャートンに平民の子として生まれた。ヴィオラは、これまでの記憶を持っていなかった。
エジャートンは、他種族との交流がないため、私は人間以外の種族を見たことはなかった。そんなこの国に暮らす人々でも、竜人の番に選ばれた者は竜人帝国で暮らすという約束や、竜人帝国へ行った人間は生きて帰ってこられないという言い伝えは、誰もが知っていた。
平凡な日々を送っていた私は、自分でも説明できない衝動や行動をとることがあった。閑散とした場所にいられず、隠れるように人にまぎれていたくて、混雑した場所にいると安心すること。それから、幼馴染のジムからのプロポーズを何度も断り続けたこと。彼のことは好きなのに、どうしても結婚には踏み切れずにいたの。私の心が動いたのは、彼から50回目のプロポーズをされたとき。ジムの想いを受け入れ、彼と結婚した私は、24のときに息子のミゲルを出産した。
結婚するまでは言い知れぬ不安に駆られていたけれど、ジムとの結婚生活は穏やかで幸せな日々だった。なにより、愛おしくてかけがえのない存在のミゲルが笑ってくれるだけで、私にとって至福だったわ。
貴族社界とは縁のない下町で平凡に暮らしていた私が、ノクス様と出逢ったのは、32のとき。シャルロッテの死から、82年が経っていた。
その日は、死者の魂が戻って来ると言われ、国中で故人を偲ぶ祭りが開催されていた。私も家族みんなで顔にペイントをし、故人を偲びつつ、祭りを楽しんでいた。
祭りで街を埋め尽くすほど大勢の人がいる中、私はノクス様と目が合ったの。彼は悲痛な表情で胸を押さえていた。私は、ノクス様と目が合ってもなにも感じなかったけど、彼の隣にいたジャスティンを見た瞬間、恐怖で体が震え出した。心も体も、全身で拒絶するように。
それから数日後、私は、ジャスティンによってドラクロスへ連れ去られた。
帝城へ着くなり、私は馬車から飛び降り、逃げ出した。番になにかあれば皇弟の逆鱗に触れるため、使用人たちは必死に追いかけてきて、私は取り押さえられた。取り乱し、息子の名前を何度も呼びながら死に物狂いで暴れる私を、使用人もまた全力で抑えた。
そして━━━。
私は、体の中から焼かれるような激しい痛みに襲われ、その場に倒れた。
あの部屋へ運ばれた私のもとへ、ノクス様が駆けつけたときには、すでに手遅れの状態だった。それでも、彼はわずかな希望にすがるように、私へ加護を与えはじめた。私はそれを拒み、ノクス様の唇に噛みついた。彼は、唇を噛まれようと構わず自身の魔力を与え続けていた。
私が息を引き取ったのは、帝城に着いて数時間後のことだった。
ノクス様が、これまでの番と過ごした時間も短いものだったけれど、その中でも、ヴィオラと過ごした時間はあまりにも短かった。それに、ヴィオラは最期まで前世の記憶をなくしたままだった。
5番目の番の私は、ドラクロスの保護国ではないヘイスティングスに生まれた。
前世の記憶を持っていない私が、ノクス様と出逢ったのは、ヴィオラの死から20年後のこと。
それまで私は、しがらみのない自由な19年を生きてきたわ。私以上に自由な、国王であり団長でもある、グレゴリオ陛下についてまわり、いろんな国を訪れ、様々な種族の人たちと出逢ったわ。その中には、種族の違う夫婦がたくさんいたの。だから。竜人の番に選ばれたと聞いたとき、種族が違くとも、結婚相手が強い竜人で嬉しいと素直にそう思えていた。
前世の記憶がない私は、ヴィオラが暮らしていた街を歩いても、住んでいた家を訪れても、なにも思い出さなかった。だけどね、ミゲルを目にしたとたん、自然と涙があふれてきたの。それは悲しみから出る涙ではなくて、大人になったミゲルの姿を見て、感慨深い思いで胸がいっぱいになったから…。
そして意識を失っている間に、これまでの記憶を思い出したの。
これまでの、すべての番の記憶を━━━。




