#13 番たちが遺したもの
私とノクス様は、二人で話をするため、うちの騎士団が貸し切っている宿屋へ戻った。私たちは、復興支援の意味を込めて、オークにより建物に被害を受けた宿屋を借りてるの。野営に慣れているうちの団員たちは、宿屋に修繕箇所があっても特に気していないわ。
部屋に二人きりなった私とノクス様は、とりあえず向き合いはしたものの、お互いに口を閉ざしていた。私には気安く接してくれていたのに、私がこれまでの記憶を取り戻したことを察したノクス様は、昔みたいに心に壁をつくってしまった。目の前にいるのに、彼との間に距離を感じる。
彼の臆病な面を知っている私は、先に口を開いた。
「ノクス様。私…。人間に生まれて、ごめんなさい。」
「そんなの謝る必要ない。人間だからといって、ティアが悪いことなんて一つもないのだから。」
「でも、私…。ノクス様と出逢ったとき、番だと分かってあげられなかった…。人間と竜人は違う種族だから。人間の私には、竜人のノクス様の感覚を共有できないし、ともに長いときを生きられもしない。いつか私も、あなたを置いて、逝ってしまうのです…。」
「ティアっ!!やめてくれ…。そんな話は、それ以上聞きたくない…。」
ノクス様がしがみついてきて、私に先立たれる未来を想像したくないと震えている。
「生まれ変わってもまた人間として生まれてくる番たちに、ノクス様は囚われているのですね。」
「囚われているのはティアの方だろう??生まれ変わる度に、俺に囚われてしまうのだからな。」
『不憫だわ…。』
『不憫だな…。』
言葉が重なった私たちは、ハッとして顔を見合わせた。
「私たちかわいそうですね。同じ種族にしてもらえないんだもの。きっと、神様に嫌われてるんだわ。」
「ティアを嫌う神なんて、俺が葬ってやる。」
「もう…。相変わらず番バカなんですね。」
ため息を吐きながら、私にしがみついているノクス様の背中へ腕を回し、抱き締めた。番のためなら神にでさえ食ってかかろうとする彼に、あきれもするけれど、嬉しいとも思っていしまうの。
「ノクス様って、どんなに姿が違っても番を見つけちゃいますよね。ヴィオラのときなんて、顔中にペイントをしていて素顔じゃなかったのに。よく、わかりましたね。」
「あぁ…。顔にガイコツが描いてあったな。」
「そうです。シュガースカルをイメージしたメイク。あのとき、がっかりしませんでしたか?『こんなのが今度の番なのか?』って。」
「がっかりなんてするわけないだろ。」
ノクス様は、迷うことなく否定した。彼のこれまでの言動から、この言葉に嘘はないって信じられる。
「ノクス様は、何度も私たちを見つけるけど、どうやって番だとわかるのですか?顔や容姿で判別しているわけではないのでしょう??」
「どうやってと聞かれても困るな…。分かるものは、分かるんだ。出逢った瞬間に、この者が番だと。」
「直感みたいなものなのですね。ノクス様にとって私たち番は、等しく番なのね。順位をつけたりせずに、みんな平等に想ってくれていましたからね。名前を呼び間違えられたことも、一度もありませんでした。でも。シャルロッテは、どんな姿でもいいのなら、美容や着飾る努力に意味なんてないと不満を抱いていたけど。」
「シャルロッテは、そんなことを考えていたのか…。だから、顔を隠したり、話せないふりをしていたのか?」
「シャルロッテが顔を隠し、話せないふりをしていたのは、使用人となり、ロロとして自由に動きたかったからです。それから声を出さなかったのは、迎えに来てくれないノクス様への当てつけでもあったの。だって、3回目のあのときもノクス様は迎えに来てくれなくて、ジャスティンが一人で来たから。」
「それは!俺は、迎え入れる用意を整えてから、迎えに行くつもりでいたのに、あいつが勝手に迎えに行ってしまうんだ。」
焦ったように答えるから、なんだか言い訳してるみたいに聞こえるわね。でも、それが本当の話だということは知っているわ。
「ええ。ジャスミンから聞きました。シエラのときもシャルロッテのときも、迎える手筈を整えている間に、ジャスティンが勝手に迎えに行ったんだって。ジャスティンは、ノクス様の側近である前に、竜帝の侍従なのでしょう?」
ジャスティンの本当の主は竜帝なんだわ。だからノクス様の気持ちより、竜帝の命令を優先させてきたのよ。ノクス様は、ジャスティンの話には触れず、恐る恐る私に尋ねた。
「ティアは…、これまでの番たちと同一人物なのか??」
「私にも、わかりません…。私は、彼女たちの生まれ変わりなのか。それとも、ただ記憶を共有しているだけなのか…。でも、はっきり言えることもあります。」
そう言って、ノクス様のネックレスについている魔道具に触れ、正直な気持ちを打ち明けた。
「ノクス様が、この魔道具をくれた人を思い浮かべて微笑んだときは、胸がモヤモヤしたんです。でも記憶がある今は、直接渡せなかったけど、見つけてくれてよかったって思ってます。」
「この魔道具はシャルロッテの、遺品を整理していて見つけたんだ。」
『遺品』という言葉を口にするのがつらそうなのは、ノクス様が、私とシャルロッテを別々の人物だと捉えているからなのかしら…。
「シャルロッテは多才で、魔道具作りも得意でした。でも、この魔道具を作ろうと思ったのは、パトリシアの記憶があったからです。」
「あぁ、パトリシアの日記に書いてあったよ。竜の姿から人間化する際、服を着ていないのに平然としているのが理解できないとか、ドラゴンの姿も裸だから平気なのか、とかな。」
「ねぇ、ノクス様?いくら故人の物でも、他人の日記を読むなんて紳士がすることではありませんわよ??」
「…すまない。」
ノクス様はバツが悪そうに、視線をそらした。
「だが、あの日記のおかげで、パトリシアが俺をどう思っていたか知ることができた。普段は素っ気ないくせに、満月のときだけ求めてくる調子のいい奴だとな。」
日記には、どんなふうに求められたかをありのまま書き記していたのだけれど、ノクス様はそこは省いて口にしなかった。
「それから。兄のことは、一見、太陽のように温かそうに見えるが、腹の中は真っ黒で信用できない。俺のことは、名前の通り、夜の暗闇のように闇を纏っているが、感情を出すのがヘタで、素直になれない不器用な人だと書かれていたな。」
「あら。腹黒いだなんて、ルミウス様に対しても失礼なことを書いていたのですね。でも私も、パトリシアは的を得ていると思います。竜帝になられた今は、底知れなさが増していましたもの。」
私たちは目を合わせ、フッと笑った。
「それから…。俺の笑った顔が好きだとも書いてあったな。」
ノクス様は、照れくさそうに微笑んだ。
「パトリシアが亡くなった喪失感に苛まれ、破壊衝動に駆られた俺を救ってくれたのは、パトリシアの日記帳だった。あの日記があったから、俺は壊れずにすんだんだ。」
それから、番が亡くなったあと、ノクス様がどのように生きてきたのかを聞かせてもらったわ。
最初の番だったパトリシアが亡くなったとき、喪失感や絶望感、助けられなかった罪悪感に襲われたノクス様は、理性を失い暴走した。荒野で遭遇した、闇堕ちした暴走竜のように。
そんな彼の暴走を止めたのは、パトリシアの日記帳だった。
パトリシアは日記に、不満や愚痴だけでなく、ノクス様への想いも書いていた。
竜人の番に選ばれたと聞いたときの驚き。そのことで当時の婚約者と別れることになったけれど、未練がまったくなかったこと。ノクティウス様本人が迎えに来なかったことへの不満。帝城での、人々からの冷たい視線。人間の番は望まれないという現実に失望したこと。それまで素っ気ない態度だったノクティウス様が、初夜に豹変したこと。そのあと、彼から放置される日々が続き、しばらくは怒りの言葉たちがページを埋め尽くした。それから。ある夜、満月を眺めていたら竜化したノクティウス様が飛んで来た出来事については。人間の姿に戻った彼が服を着ていなかったため、服は脱いできたのかと尋ねたら、彼が笑い、その笑顔に心が奪われてしまったと書いた。他にも。ともに過ごすうちにノクティウス様は感情を表に出すのが苦手で、不器用な人だと気づいたことや、そんな彼が、満月の日には素直になることを発見したこと。子どもを授かってからは少しずつ心を開いてくれて、彼に似た子に会えることを心待ちにしていること。なんとなくだけど、お腹の子は彼に似ている気がしていて、彼に似た子どもに会いたいと綴られていた。
日記を読んで、パトリシアの想いを知ったノクス様は、正気を取り戻した。日記が、彼の拠り所となったの。
2番目の番、シエラが亡くなったとき、彼の理性を保たせたものは"怒り"だった。シエラの亡くなり方が不可解だったから。エマの証言では、階段から落ちたふりをしたシエラは、最下階の床に横たわっているはずだった。しかし、歩くことのできなかったシエラが発見されたのは、裏庭にある噴水。ノクス様は疑わしい者を徹底的に処罰し、理性を保ったそうよ。
ノクス様はこのとき、月日が巡り、また番と巡り会ったときには、今度こそ守ると誓ったの。3番目の番、シャルロッテに対しての度を越した加護の付与は、その誓いの表れだったのよ。
シャルロッテが亡くなったとき、ノクス様は悲しみと同じくらいに、驚きと混乱で気が動転したそうよ。彼女は死の間際、パトリシアとシエラの記憶を持っていることをほのめかす衝撃発言を残していたから。他にも。シャルロッテの遺品から、70年以上前のノクス様の鱗でできたネックレスを見つけたり、侍女のロロの正体がシャルロッテだったり、驚愕することだらけだった。それらの事実確認に頭を使うため、暴走してる場合ではなかったのですって。それから、シャルロッテがノクス様のためにつくった、竜化・人間化する際、衣服の着脱ができる魔道具が彼の心の穴を塞いだの。
4番目の番、ヴィオラのときは。ノクス様が、ヴィオラが帝城へ来ているとジャスティンから聞いたとき、彼女はもう死の淵にいたの。ノクス様は、ヴィオラへ、シャルロッテの最期の言葉の真意を確かめたかったけれど、答えを得ることはできなかった。
このときノクス様の心を支えたのは、ミゲルの存在だった。自分から番の愛を奪う、憎い存在であると同時に、かけがえのない番の血が流れている尊い命でもあるから。
「"この世に、番の血を分けた存在がいる。"それがこの20年、俺にとって光となった。」
「ノクス様、ごめんなさい。ヴィオラには、前世の記憶がなかったの。だから、彼女はジムの手を取ってしまった…。」
「ティアが謝る必要なんてない。ティアとヴィオラは別々の人間なんだろ?」
「だけど…。ミゲルに対して抱く愛おしさと、ノクス様との出逢いを待てずにジムと結婚した罪悪感は、私の中にもあるの。」
私には、シャルロッテが調べた知識もあるから、竜人や獣人が番に対してどれほど独占欲が強く、嫉妬深いか理解している。だから、番に夫と子どもがいると知ったときの、ノクス様の憎悪や失望を想像すると胸が締めつけられるの。
私の中には、ノクス様への罪悪感と、ミゲルに対しての慈愛が混在している。
それでも。私が愛剣に、『ミュゲル』と名づけたことや、ミゲルを愛おしく思うのは、私自身がヴィオラだからなのか、記憶を共有しているため感化され、感情にも影響しているからなのかは、やっぱりわからない…。
「番たちは、亡くなってから50年間隔で生まれ変わり、それはヴィオラも同じだった。だが。彼女が生まれた国とは交流がない上に、彼女が魔力を持っていないからなのか、探してもなかなか出逢えなかった。シャルロッテが亡くなってから80年が過ぎ、俺は焦っていた。番たちの寿命は短いからな…。」
「探されているとも知らずに、ヴィオラは自分だけ幸せに暮らしていたのね。ごめんなさい…、ノクス様。あなたに見つけてもらうのを待ってあげられなくて…。」
待てなかったのはヴィオラなのに、私の心は、ノクス様へ対して罪悪感でいっぱいだった。
「しかしヴィオラは、無意識に俺を待ってくれていたのではないか?ミゲルから聞いたのだが。何度もプロポーズを断っていたのだろう?そして、最後は泣きつかれたため、受け入れた。優しい君らしいよ。」
「優しくなんてない…。ヴィオラとなかなか出逢えなかったのは、シャルロッテが今際の際に、いっそ出逢わなければいいって願ったせいだと思います。シャルロッテは、番を亡くす度に絶望するノクス様の姿をもう見たくなかったんです…。」
「出逢わなければいいだなんて、二度と言わないでくれ…。」
「ごめんなさい…。でも私、いつもノクス様につらい思いをさせてばかりいるのよ?それなのに、それでも私とともに生きていたいの??」
「ともに生きていたい。ティアがこれまでの番と同一人物でなくても、いつか、名や姿を変えたとしても、俺はまた君を探すから。命ある限り、俺とともに生きて欲しい…。」
ノクス様は震えながら、私をきつく抱き締めた。
ドラクロスでは、残忍な大公、冷酷な総長などと呼ばれているけれど、番にだけは、困ったり、悩んだり、不器用なところや、子どものような顔、臆病で弱い一面を見せてくれるの。
ノクス様は、番が生まれ変わり、姿形が変わっても、必ず番を見つける。いったい、私たちのなにに惹かれるのかしら?魔力?でも、ヴィオラは魔力を持ってなかったから、違うわね…。それなら、魂?
私たちの方は、『竜人の番』だと伝えられ、驚きはしても、なんだかんだ受け入れていたわ。夫のいたヴィオラは例外だけど。それでもヴィオラを含め、ノクス様へ拒否感を抱いた者はいなかった。
ヴィオラが拒否反応を示していたのはジャスティンに対してで、加護を与えるノクス様の唇を噛んだのは、彼に嫌悪感があったわけではなく、夫であるジムに悪いと思った故に、とった行動だったの。
うん。私たちはみんな、ノクス様へは思うところはあるけど、彼に対して悪い感情を持っていなかった。
(思うところは、あるけどね!?)
「食や服の好み、趣味、結婚相手へ求める条件も違う私たちが、同一人物なのかは確かめようがないけれど、一つ共通していることに気づきましたわ。私たちは全員、ノクス様のお顔が好みだということです。」
「そうなのか!?では、この顔に生んでくれた両親に感謝しないとな。」
そう言って、ノクス様は嬉しそうに笑っている。
めったに笑わないノクス様の笑顔に弱いところもまた、彼と接する時間がなかったヴィオラ以外の私たちの共通点だわ。




