#8 月の涙
野営地をあとにし、王都へ向かう道中である異変に気づいた。誰の目から見ても明らかなほど、ディグニファイドの言動がおかしいの。その悪態振りに、ほとんどの団員が困惑している。
ルナピエーナに相乗りしている私とノクス様は、ディグニファイドの言動について憶測を立てていた。
「なにがあったのかしら??いつも温厚で、人当たりがいいのに。」
「反抗期じゃないか?」
「えぇっー!あの年で!?…でも待って、ディグニファイドって何歳だったかしら?」
「精神年齢が低いんだろうな。」
「うちの騎士団唯一の良識が、反抗期!?」
「思い通りにならないからといって当たり散らすなんて、幼稚な奴だな。」
「ディグニファイドはいいとこの坊っちゃんだから、きっと厳しく育てられて、いろいろ我慢してきたのね。品性方正な生き方をしていたから、反抗期が遅れてやってきたのかしら?」
「おい、そこの二人っ!全部、聞こえてるからな!!」
ディグニファイドの大きな声に団員たちは、驚く者と、笑う者に分かれた。笑っている者たちからは、『やっと本性を現したな。そっちの方が、ディグニファイドらしいぞ。』と、これが本来の姿であるかのような声が聞こえた。
「今、私。ディグニファイドに怒鳴られた!?」
「威厳も品位もないとは、"ディグニファイド"の名が泣くぞ。」
ノクス様の言葉に、まわりから笑いがおこると、ディグニファイドの態度はさらに悪くなった。
「お前らなんか、全員舌を噛めばいい!!」
「お前らって…、私も含まれてる!?」
「ティア、そんなにしゃべってたら本当に舌を噛むぞ。あいつのことなど気にするな。」
馬車の手綱をとり、並走していたジャスティンは騎士団の分析をしていた。
「笑っている者たちが創設時の団員で、困惑しているのが追加で入隊した団員っすね。創設メンバーは、品性下劣だったディグニファイドを知ってるっすから。」
「品性下劣だった??ディグニファイドは、はじめて会ったときから品性方正だったけど?」
「それはきっと、番様の記憶違いっすよ。王様団長が、創設時のディグニファイドは荒くれ者だったと言ってたんすから。」
「…え、嘘。ディグニファイドって、創設時からいたの??」
「番様、他人に興味なさ過ぎ…。まぁ、うちの殿下も、他人に興味ないっすけどね。やっぱり、似た者番っすね。自分、ディグ二ファイドに同情するっす。」
ジャスティンからは、あきれたような目を向けられて、ノクス様からは、『ティアは、それでいい。』と頭をポンポンされたわ。
突然、人が変わっちゃったから、頭でも打ったのかと心配になって、ディグニファイドの様子を注視、注聴していたの。
どうやら、ジャスティンは事情を知っているみたいで、ディグニファイドをからかっては怒らせている。それから、怯えた様子のノーマンからは責められていたわ。それで、ノーマンの肩にポンッと手を置きながら謝っていた。みんなには悪態をついているのに、ノーマンには頭を下げている?
(どうして??)
ノーマンのことも観察していたら、彼の怯えている理由はすぐにわかったわ。ノーマンは、私を避けていて、ノクス様に対しては萎縮していた。
それで、気づいたのよ。態度がおかしくなった二人の共通点に…。
(うん…。これは、バレたということよね??)
騎士たちの性処理に手を貸したという話をした際、彼らの名前は伏せたのに、どうやってかはわからないけど、ノクス様は二人を特定したんだわ。それできっと、ノクス様と二人の間でなにかあったのだと思う。ノクス様はご自分で、独占欲が強く、嫉妬深いから、なにをするかわからないと言っていたもの。実際、ノクス様はディグニファイドへ対してぞんざいな物言いをしているし、ノクス様に対するノーマンのあの怯え具合からしても、それが伺える。
『ノクス様、あの二人になにかしました??』
聞きたいけれど、わざわざ蒸し返し、ノクス様の機嫌を損ねるマネはしたくない。かと言って、あの二人に話を聞いたとしても、事情を知っているであろうジャスティンに聞いたとしても、どうせノクス様の耳に入ってしまうから、内緒話にならないのよね。そうやって、聞けずにいるうちに王都へ到着した。
まず任務完了の報告をするため、国王陛下の代理を務めている、王弟殿下のフレデリック様のもとを伺った。
団長は、ご自分の代理である王弟殿下への任務報告を早々に切り上げると、私が竜帝陛下の弟であるノクス様の番に選ばれたことに触れた。
言い伝えのことがあるため、フレデリック様は一瞬、私へ哀れみの目を向けたわ。そこで私は、ノクス様が、私のために国を出てくれたことを説明したの。それを聞いて、フレデリック様は安堵のため息を吐かれたわ。そのため息は、フレデリック様の後ろにいる近衛騎士団の団長がドラクロスへ乗り込むのを回避できて、ホッとして出たものだった。
「ノクティウス殿、ウィリアーズ副団長のために我が国へ来ていただき感謝申し上げます。ウィリアーズ団長も、よかったな。」
フレデリック様は振り返り、護衛をしている団長に声をかけた。
「ウィリアーズ団長??ウィリアーズ"副"団長というのは、グレゴリオ騎士団の副団長であるティアのことだろう?」
「ノクス様、紹介しますね。フレデリック様の後ろにいるが、近衛騎士団団長のウィリアーズ団長です。」
近衛騎士団団長の名前を聞いて、ノクス様は困惑している。
「まさか、ウィリアーズ団長とは…。」
「私の父、バルトです。」
「ティア!!なぜもっと早く、父君だと教えてくれなかったんだ!?」
「仕事中は、公私混同しないと家族で約束してるので。それに、この場に父がいると知ったら、ノクス様が緊張しちゃうと思って。うちの両親へ挨拶するのを、緊張すると言ってましたから。」
「…そうか、この方はティアの父君だったのか。だから先程から、まっすぐ俺を見ていたんだな。この国の騎士は好戦的だから、てっきり手合わせを申し込むつもりで見られてるのかと…。」
「わっはっは。確かに、手合わせしてもらえんだろうかと考えていましたな。いやぁ、それにしてもルナよ。嫁の貰い手を心配していたが、これはまた大物を釣り上げたな。」
「あら、お父様。吊り上げられたのは、私の方です。このジャスティンにですけどね。」
「番様、自分が馬車ごと吊り上げた話はいいっすよ。話がややこしくなるだけっすから。」
ジャスティンに止められたけど、もう遅かったわ。
「我も、吊り上げられたぞ。」
団長が生き生きとした表情で、キャビンに乗った自分たちを竜化したジャスティンに運んでもらった話をすると、フレデリック様は頭を押さえた。興味深そうに頷いていた父は、意味ありげにジャスティンへ視線を送っていた。
グレゴリオ様は、竜車に乗ったことだけでなく、ワイバーンに乗りドラクロスへ乗り込んだ話をみんなに聞かせたくて仕方ない様子だった。ドラクロスではドラゴンが多数飛んでいたとか。私がダグラーへ放った一撃による衝撃が、離れた場所でも感じるほど凄まじかったとか。ルミウス陛下へ喧嘩を売ろうとして、止められたことを興奮しながら話していたわ。
それを聞いたフレデリック様は顔色を変えた。
「兄さん、竜帝へ喧嘩を売ろうとしただって?それ、喧嘩じゃすまないだろう!?相手は皇帝で、兄さんは国王なんだから!戦争をする気なのか?」
「今は、フレデリックが国王ではないか。」
「そういう問題じゃないだろう。僕は、ただの代理なんだから。本当は、今すぐ辞めたって構わないんだ。」
「待て。それは、困る。我が騎士団は、ヘイスティングズだけでなく他国からも頼りにされているのだから。」
「それは、魔物に命を奪われるより、ゴリラ騎士団に街を壊滅させられる方がまだましだからでしょう。でも、別に兄さんが団長である必要はないのでは??」
話し合うことがあるのになかなか本題に入らないため、グレゴリオ様とフレデリック様の雑談に、ジャスティンが割って入った。
「うちの殿下、番様との結婚式を楽しみにしてるんすよね。」
国同士の約束があるため、私がノクス様の番に選ばれた時点で、私が嫁ぐことは決定している。でも。約束の内容と違うのは、本来ならば、私がドラクロスに身を置かなければならないところを、ノクス様の方がヘイスティングズで暮らすということ。ドラクロスを出る選択をしたけれど、ノクス様は皇族だから、国を出ていても帝国の皇弟としての責任を果たす義務があるの。例えば結婚式なんかも、好き勝手に挙げられないわ。だから、私たちの結婚式については、ヘイスティングズとドラクロスによる会談が必要になる。結婚式の会場や、招待客等、会談までに話し合っておかなければならないことはいろいろあるのに、話が脱線してしまうのよ。結婚式の話を振ったジャスティンも、ノクス様の番バカぶりを語り始めちゃって、結局、話し合いは進まない状態のままなの。
「はぁ…。ディグニファイドは、なぜ今日、同席していないのだ??収拾のつかぬ話をまとめるための補佐ではないのか?」
フレデリック様が、ディグ二ファイドが同席していないことを嘆いている。いつもなら、団長と私が話を脱線させても、ディグニファイドがまとめてくれているからね…。
「あいつは今、反抗期だからな。同席したところで、使い物にならないだろう。」
「うわぁ。殿下まで、取り留めのない会話に参戦しちゃうんすか。」
「…反抗期??」
フレデリック様は頭を押さえたまま、首を傾げた。
話が一向に進まないところへ、フレデリック様の侍従が部屋に入ってきた。
「グレゴリオ様、お帰りなさいませ。ところで、ディグニファイドの奴はいったいどうしたのですか??素行の悪かった、以前の姿に戻ってるじゃないですか。今回の討伐では、建物への被害がなかったと報告を受けたので褒めてやったのに、手負いの獣みたいに荒れていて、悪態をついてきましたよ。」
「手負いと言えば、手負いのようなものか。悪いなウィリアーズ卿、しばらく放って置いてやってくれ。」
グレゴリオ様が、フレデリック様の侍従の名前を呼ぶと、ノクス様が再び困惑している。
「…ウィリアーズ卿??もしかしてこちらは…。」
「兄のルーファスです。フレデリック様の雑用係をしているんですよ。」
ノクス様は、我が家を訪ね、家族へ挨拶するつもりでいたのに、その前に王城にて、父と兄に会ってしまったわね。
「兄上は、騎士ではないのだな。父君もティアも騎士だから、騎士の家系かと思ったのだが。」
「もとは騎士だったんですけどね。今は嫌々ながら、文官や護衛、毒見役等いろんなことをしてるようです。」
「ルナ。"もとは"じゃなく、一応、今も騎士だからな。それで、こちらのお方は?」
「こちらは、私の旦那様になる、ドラクロスの皇弟殿下、ノクティウス大公殿下です。つまり、お兄様の義理の弟になる方ですよ。」
「団員たちがこそこそ俺に隠していたのは、ルナが自分より強い者と出逢ったことだったのか。ドラクロスの大公殿下ならば、ルナより強いのも納得だな。ところで、大公殿下は俺より年上の義理の弟になるのですよね?失礼ですが、おいくつでいらっしゃいますか??」
年を聞かれ口をつぐむノクス様を見て、ジャスティンが吹き出した。
「もうなんなんすか?いつもの仏頂面の殿下はどこに行ったんすか。番様に、『旦那様』と呼ばれてニヤニヤしたり、年を聞かれたぐらいで黙り込んだり。あっ!番様に、年寄りだと思われるのが嫌なん…」
『バチンっ!』
ノクス様は電光石火の早業で、ジャスティンの口に張り手をし、黙らせた。
いつまでたっても本題には入れない状況に、フレデリック様は天を見上げすぎて、首が後ろに反れてしまっている。そして、『ディグニファイドの反抗期が早く終わってくれ。』と祈るようにつぶやいていらっしゃった。
グレゴリオ様は、私の母のオリビアへも早くノクス様を紹介してやるようにと、父と兄へお休みをくださった。
思いがけず、王城で父と兄に会ってしまったノクス様は、我が家へ着くと、改めて挨拶をし、結婚の了承を求めた。うちの家族は快諾し、むしろ、戦うしか能のない娘だがそれでもいいのかと詰め寄っていた。竜人の番に選ばれたことを嘆くどころか、娘を押しつけるような家族の様子に、ジャスティンは吹き出していたわ。
うちの家族がこんな態度をとれるのは、ノクス様が国より私を選んでくれたからよ。
それから夜遅くまで飲み明かし、私は酔いつぶれてしまった━━━。
オリビアは、寝てしまったルナティアをノクティウスへ部屋まで運んでもらった。ベッドに降ろされたルナティアを見てから、オリビアは、ノクティウスへ頭を下げた。
「殿下、娘のために国を出てくださって、ありがとうございます。言い伝えのことがあるので、この子を帰してもらえなければ、主人はドラクロスへ突撃していたことでしょう。」
「ティアは、この国の者たちに大事にされているのですね。実際、グレゴリオ殿は、ティアのためにドラクロスへ乗り込んで来ましたからね。父君がその場にいたら、同じようにしたでしょう。」
「ええ、きっと。ですが…。陛下には、ご自分が国王である自覚をもっとお持ちいただきたいですわ。」
オリビアの嘆きに、ノクティウスは苦笑いを浮かべた。自分もルナティアのためなら、皇弟という立場など忘れると自覚していたから。
話をそらすように、ノクティウスは気になっていたことをオリビアへ尋ねた。
「母君は、ティアが竜人の番だと聞いて、どう思っているのですか?」
「そうですわね…。」
オリビアはベッドに腰を下ろし、ルナティアの顔を見つめた。
「ルーファスもルナティアも安産で、二人とも元気に生まれてきてくれましたわ。この子が生まれたとき、夜空には満月が輝いて、だから名前に月をつけたのです。」
「なら"ルナティア"の名前の意味は、月の涙。もしくは、水滴、滴ですか?」
「この子の産声は、ルーファスのものとは全くの別物でした。声を殺すように泣く姿には、思わず私も涙してしまいましたわ。この子の目から涙があふれていた故に、涙と…。」
「そうですか…。ティアの産声は、特徴的だったのですね…。」
「悲しそうな産声だったので心配しましたが、そんな心配は不要でした。特徴的な産声とは正反対に、とても元気で活発な子に育ちましたから。」
オリビアは、そっとルナティアの頭に触れた。
「それから、名前に"ティア"をつけた理由はもう一つ。この子が背中に、涙滴状の石を持って生まれてきたからなのです。」
「石…、ですか?」
「ですから、ルナティアが竜人の番だと聞いたとき、あの石は、"番の印"だったのだと妙に納得しましたわ。あの子は、生まれたときから殿下と結ばれる運命だったのでしょう。」
「母君…。」
「殿下に、『母君』と呼ばれるのは不思議な気分ですわ。殿下の方が年上ですわよね?竜人は長命ですもの。失礼を承知でお伺いしますけど、おいくつでいらっしゃいますか??」
ルーファスと同じ質問をされたノクティウスは、『血筋なのか?』と思いながら、微笑んでごまかした。
「この子は幼い頃からお転婆で、今もとてもではありませんが、淑女とは呼べませんわ。ですが昔から、人の懐に入るのが上手くて…。ふふっ、これは褒め言葉ですわよ?」
「副団長としての姿を見ていたら、わかります。それに、人だけでなく、動物とも心を通わせられますからね。」
オリビアが卒倒するだろうから、ドラゴンすら手懐けたことは黙っておこうと、ノクティウスは思った。
「ええ、世渡り上手な子なのです。その力で国王陛下に取り入って外遊に連れて行っていただき、様々な国で新たな人心掌握の術を身につけて帰ってきたのですわ。」
「恋愛には疎いと言いながら、煽ったり、ねだるのが上手いのは、外遊で学んだのか…。」
「うふふ。恋愛に疎いというのは本当ですわよ。殿方より、愛剣のミュゲルに夢中でしたからね。本人は、ドワーフの国に行った際、報酬としていただいたと言ってましたけれど、本当はねだったのではないかしら。」
「ドワーフ製の剣など、めったに手に入りませんから夢中になるのもわかります。それに確かに、あれはいい剣ですからね。ティアにとってミュゲルは、とても大事なものなのでしょう…。」
「安心しましたわ。殿下が、ありのままのこの子を受け入れてくださっていて。それに、この子にミュゲルよりも大事な人ができて本当に喜ばしいです。殿下、うちのルナティアのこと、よろしくお願いしますね。」
オリビアが部屋を出て行ったあと、ノクティウスはルナティアの背中にあるという石を確認した。左肩甲骨の内側にゴツっとした感触があり、服をずらして見ると、埋め込まれているように、涙滴状の銀色に光る塊があった。
オリビアは、"石"と呼んでいたが、ノクティウスは石ではないと確信を持った。そして、その塊に唇を寄せた━━。
「…ノクス様??」
「すまない、ティア。起こしてしまったな。」
くすぐったくて目を覚ますと、背中にノクス様の唇が触れているのに気づいた。
「背中にある石が気になるのですか??」
「ティア。これは石ではなく、鱗だよ。」
「鱗??ドラゴンみたいな?」
「母君はこれを、『番の印』だと呼んでいた。俺も、この涙滴状の鱗が、ルナは俺の番だと証明しているように思えるんだ。この鱗は、俺たちが結ばれる運命だという証なんだ。」
そう言うと、ノクス様はまた背中の鱗に口づけをした。




