#7 放してやれない・別れてやれない
水を汲んで戻って来たノクス様がテントへ入ってくる際、一瞬開いたテントの隙間から、口を大きく開けて唖然としているジャスティンが見えた。
体の中が、ノクス様の魔力で満たされているのを感じていたけど、ジャスティンのひとりごとを聞いて、他の人の目にもわかるほど、私は今、ノクス様の魔力に包まれているのだと気づいたの。それから、ノクス様に吸われた跡も、目に見えるだけでもたくさんついているわ…。
ノクス様は改めて、無体を働いてしまったと頭を下げた。竜人最強と言われるノクス様がしおらしく謝る姿に、思わず笑ってしまう。ノクス様のこんな姿をドラクロスの人たちが見たら、衝撃を受けるでしょうね。ノクス様が笑う姿には、彼の兄である、ルミウス陛下でさえも驚いていたもの。あの様子から、ノクス様は普段、感情を表に出さない人なのだと察することができた。こんなふうに感情を見せてくれるのは、私が番だから。そう思うと、競争心から、これまでの番たちにも、他の人には見せない表情や感情を見せていたのかと気になってモヤモヤしてしまう。
だけど…。さっき、ノクス様とジャスティンがテントの前でしていた会話からは、これまでの番たちとは上手くいっていなかったことが伺えた。
ノクス様と、番たちがどのような関係だったのか気になってしょうがない私は、あえて自分から過去の番たちの話題に触れたわ。
「ノクス様、ごめんなさい。先程、テントの外で話していた、ジャスティンとの会話が聞こえてしまいました。これまでの番たちとは、良好な関係ではなかったのですか?」
ノクス様は、一瞬驚いたように目を見開いたあと、思い詰めたお顔になってしまった。
「やっぱり、いいです。亡くなった方々のお話をするのは、つらいですよね…。無神経でした。ごめんなさい…。」
「違うんだ、ティア!!」
ノクス様は、私を力いっぱい抱き締めた。彼の腕は震えていて、鼓動は心配になるほど早かった。
「亡くなった番の話をするより、ティアに嫌われる方がつらいんだ。昔の話なんてしたら、ティアが離れていくに決まってるから…。」
「私に嫌われるのが怖くて、こんなに震えているのですか??」
震えるノクス様を落ち着かせようと、背中をポンポンと叩く。
「じつは私、顔も名前も知らない、ノクス様のこれまでの番たちに嫉妬していたんです。だって、私の知らないノクス様を知っているから。」
ノクス様は信じられないというような顔で、私をじーっと見つめている。
(そんなにおかしなことは言ってないと思うのだけど…。)
私に嫌われるのが怖いと言って、こんなにも怯えて、泣きそうになっている彼の額と私の額を合わせる。
「ねぇ、ノクス様。私は話を聞く前から、『嫌いにならない。』なんて適当な約束はできません。ですが、もしも私に嫌われてしまっても、そのときは、頑張って振り向かせればいいじゃないですか。」
「嫌だ…。一瞬でも、ティアに嫌われるなんて堪えられない…。だが、そうだな…。そのときは、『手合わせしないか?』と誘ってみるか…。」
「はいっ!手合わせします!!嫌いになっても、手合わせしてくれたら好きになります!!」
「話を聞く前から約束はできないと、言ったばかりではないか!?」
「これは適当な約束ではないのでいいんです。"全力で"手合わせしてくれるのなら、絶対に好きになりますからね。」
「いや、全力でとは言ってない…。」
ノクス様との全力での手合わせに心を弾ませる私とは対照的に、ノクス様は重い口を開いた━━━。
ノクティウスの最初の番は、竜人帝国の保護国に暮らす侯爵令嬢のパトリシアだった。
当時、第二皇子としてこの国の視察へ訪れていたノクティウスは、パトリシアと出逢い、すぐに自身の番だとわかった。このとき側近として同行していたジャスティンも、ノクティウスの反応からパトリシアが番であることを察し、ノクティウスの父である当時の竜帝へ報告した。
パトリシアには婚約者がいたが、竜人との約束は絶対であったため、竜帝より命を受けたジャスティンにより話し合いの上、その婚約は白紙に戻された。このときは、有無を言わさず連れ去るなんてマネはせず、ジャスティンは普通にパトリシアをドラクロスへ連れていった。
婚約を解消され、ドラクロスへ連れてこられたパトリシアに対して、ノクティウスは罪悪感を抱いていた。それでも、番を他の男へ渡すことなど考えられず、結局は放してやることができなかったのだ。しかし、パトリシアを欲する気持ちとは裏腹に、ノクティウスは、自分だけが彼女へ想い焦がれる状況に、素直に想いを伝えることができずにいた。
望まれて連れて来られたと思っていたパトリシアもまた、感情を見せないノクティウスの態度に戸惑い、接し方がわからなかった。そのため、二人はすれ違い、まわりの目には、二人の間には愛はないように映っていた。
政略結婚のような夫婦関係であったが、二人は子どもを授かった。お腹の子どもの存在は、二人の距離を少しずつ縮めていってくれた。
だが、お腹が大きくなった頃。
高熱に襲われたパトリシアは、お腹の子とともに帰らぬ人となった。
パトリシアの死から、69年後。
2人目の番のシエラと出逢う。
彼女は、体が弱い上、足が不自由なため車椅子を使用していた。1人目に続き2人目の番も人間だったことで、すでに落胆していた使用人たちは、ひ弱なシエラを受け入れなかった。竜人は、自分たちの上に立つ者へ強さを求める種族だから。
彼女は、ドラクロスへ来て3ヶ月後に亡くなった。階段下に倒れた車椅子だけを残し、歩くことのできないシエラは雪の降りしきる中、帝城の裏庭にある噴水に独り横たわっていた。
そして、発見したノクティウスの腕の中でそのまま息を引き取った。
それから73年が過ぎ、3人目の番、シャルロッテと出逢う。
ジャスティンによってドラクロスへ連れて来られた彼女は、耳は聞こえていたが声を発することができず、顔をベールで隠していた。そんな彼女のことを、使用人たちは、また欠陥のある番だと蔑んだ。
先の番が二人とも帝城で亡くなったこともあり、ノクティウスは、シャルロッテとともに自身の領地にある屋敷へ移り住んだ。彼女は部屋からまったく出ず、自分付きのメイドだけが出入りを許された。得体の知れない3番目の番のことを使用人たちは気味悪がっていたが、番を人目につかせたくないノクティウスは、自分だけが彼女の素顔を見られる状況を内心喜んでいたのだ。
シャルロッテは、ノクティウスの屋敷で3年過ごした。
しかし。帝位がルミウスへと継承され、帝城にて行われた戴冠式に参列している最中に、突然命を落とした。
そこからさらに、82年が過ぎた。
4人目の番、ヴィオラとは、竜人帝国との交流がない国で出逢った。これまでの番と違うのは、保護国ではない国の生まれというだけでなく、魔力を持たない平民で、年が30を越えていて、夫と子どもがいることだった。
ノクティウスは、ヴィオラと会った際、彼女が番であることをジャスティンに気づかれぬよう平静を装い、その場を立ち去った。だが、ジャスティンの目をごまかすことはできず、ヴィオラもこれまでの番たちと同じように、ジャスティンによってドラクロスへ連れて来られた。夫と子どもの名前を何度も叫んで抵抗する中、無理やり…。
そしてヴィオラは、ドラクロスへ着いてから数時間で亡くなった━━━。
「彼女たちは全員、帝城の敷地内で亡くなっている。いまだに死因はわかっていないが…。」
ノクス様は、私のためにつらい過去を話してくれた。
「パトリシアは21、シエラは19、シャルロッテは26で亡くなったが、帝国の外で暮らしていたヴィオラは32で、ドラクロスへ来るまでは持病もなく健康だったそうだ…。だから、城から遠ざければティアの身を守れるのではないかと思ったんだ。」
「ノクス様は、彼女たちの死に、城の者が関係しているとお思いなのですか?だから、私が城で出された食事を口にしなかったことを、それでいいと言っていたのですね…。」
「俺の番となった者は、若くして命を落としてしまう。それも、原因不明でな。ティアのためを想うなら、俺はティアを解放してやるべきなんだ。だけど無理だ…。ティアと離ればなれになるなんて。ごめんな、ティア…。放してやれなくて。」
「ノクス様はお城で、私を守るために国を出るとルミウス陛下へ言ってくれましたよね。あの言葉を聞いて私、この人と一緒に生きたいと思ったのです。だから、離れるとか、解放するだなんて言わないでください。」
「今言ったこと、忘れないでくれよ。いつか、ティアが後悔する日が来たとしても、絶対に離さない。たとえティアに拒まれようと、放してやらないし、別れてやれないからな。」
有言実行するように、ノクス様は私を捕まえるみたいに抱き締めた。私も、彼の背中に手をまわし、力強く抱き締め返した。
私が、番たちの話を聞いてもノクス様を拒まなかったため、彼の頭の中は次の心配ごとに切り替わっていた。
「王都へ着いたら、ティアの両親へ挨拶しないといけないな。俺は、認めてもらえるだろうか??」
「ノクス様でも緊張するのですね。」
うちの両親に認められるかを気にして、ノクス様は早くもそわそわしている。
「緊張するだろ。相手は、ティアの両親なんだから。これまでは、ジャスティンが話をつけていたからな…。」
「ノクス様??まさかこれまで、ジャスティン任せだったのですか!?ノクス様の結婚なのですから、ご自分で挨拶しなければダメですよ!」
「あいつは、毎回勝手に手を回して、番をドラクロスへ連れて来るんだ。今回だって、そうだ。知らない間に、ティアを連れて来ていたからな。」
…ノクス様が、これまでの番たちと上手くいかなかった理由が少しわかった気がするわ。
「確かに、ジャスティンの強引さには、私でさえ抗えませんでしたけど。ジャスティンの行動と、ご両親への挨拶は、別の話ですからね。まぁ、皇族であられるノクス様は普段、挨拶される側ですものね。頭を下げる機会なんてなかったのでしょう?」
私はふと、先程見た、頭を下げるノクス様の姿を思い出した。私に対してできるのなら、うちの両親へもできそうな気がするわ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。むしろ父が抜け駆けして、ノクス様へ手合わせを強要しそうで、そっちの方が心配です。」
「父君も、そのタイプなんだな…。もしかして、ティアの家系は王室の傍系なのか?グレゴリオ殿と同じ気質を感じるのだが。」
「そんなわけないじゃないですか。この気質は、国民性です。」
「そういえば、ここの団員たちも、やたら手合わせをしたがっていたな…。」
「ドラクロスもそうですよね?だって、竜人は実力主義なのでしょう?」
「…そうだな。うちの国も、血の気が多い奴らばかりだ。」
ノクス様は少し目をつぶり、そう答えた。
「では。ティアが、陛下へ対して言い放った、ヘイスティングズはドラクロスとの戦争も厭わないというのは、はったりではないのか…。」
「ノクス様とドラゴンたちが私の味方になったので、今なら余裕で勝てますよね。ふふっ。ノクス様、竜帝になっちゃいます?」
「いや、竜帝になるなんてごめんだ。国に縛られたくはないからな。俺は、ティアと自由に生きていきたい。」
「なら私は、頑張って長生きしますね。ノクス様とたくさんの時間を過ごせるように。」
「ああ…。」
ノクス様が悲しそうに微笑むのを見て、先日遭遇した、暴走竜のことが頭をよぎった。あの竜人は番を亡くしたショックで理性を失い、竜の姿から戻れなくなり、闇堕ちしたのだと聞いた。人間だって、大切な人を亡くしたら悲しいし、つらい。だけど、竜人や獣人にとって、番を失うというのは想像を絶する苦しみなのだと思う。ノクス様は、その苦しみを4度も経験しているのよ。それも、人間はただでさえ竜人より寿命が短いというのに、彼女たちは4人全員が人間の平均寿命よりも短い命だった。
ノクス様の番となる者は、短命が定めなのか。それとも、ノクス様の番は何者かに命を狙われているのか…。
(そうだとして、いったい誰が?動機は?)
ドラクロスから生きて帰ってこられたと喜んでいたけど、竜人帝国の外だからと気を緩めてはいられないわ。これまでの番たちのように、原因もわからず命を落とすなんて断固拒否だもの。できるだけ長く、ノクス様とともに生きていたいから。
ただ…。定めや暗殺に負けず、頑張って長生きしたところで、人間の私の寿命は、長い時を生きる竜人のノクス様と比べてあまりにも短い。私とともに過ごす時間は、彼にとっては刹那の出来事になるだろう。
そして。いつか私も、これまでの番たちと同じ様に、ノクス様を置いて逝くんだわ…。それで、彼の記憶に名前と享年を刻むの。
(ノクス様を独りにするのが怖い…。)
そのときが来たら、暴走するであろうノクス様のために、私がしてあげられることはなにかしら?
私は人間で、ノクス様は竜人。
種族の違いは、寿命以外にも、この先、私たちへ残酷な現実を突きつけてくる。




