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はなしてあげられない・わかれてあげられない  作者: IROKA


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#6 強い独占欲故の牽制とマーキング

空がほのかに明るくなり、夜が明けようとしていた。


テントの中では、倦怠感で動けない私の横で、ノクティウス様が頭を下げてひたすら謝っている。

(この光景…、既視感があるのよね。)

同じような光景に覚えがあるのだけれど、独占欲の強いノクス様に知られたら大事おおごとになると思い、刺激しないよう口には出さなかったわ。昨晩、団員の性処理を手伝った話をしたことにより、ノクス様の嫉妬心に火をつけてしまった結果が、今のこの動けない状態を招いているのだから。

「ティア…。このような場所で、しかも我を忘れ、歯止めをかけられずすまなかった…。」

そう…。これが、私とノクス様の初めての夜になったのよね。私たちは大事な初夜を、このテントで過ごしたのよ。

ノクス様が防音壁を張ったと言っていたから、声や音は誰にも聞かれていないはず。もし聞かれていたら…。絶対に団員たちから、冷やかされるに決まっているわ。ノクス様から愛称で呼んで欲しいとねだられ、彼の名前を何度も呼んだ、私の甘えるような声とかね…。

「ノクス様、機嫌直りましたか??」

私に愛称で呼ばれると、ノクス様は照れくさそうに微笑んだ。私の過去の言動を知り、嫉妬心から我を忘れ、暴走してしまったノクス様は、今は落ち着きを取り戻している。体が重くて、思うように動かせないこのだるさすら、彼の機嫌が直ったのなら、まぁいいかと思えた。そう思えるほどに昨晩は、ノクス様が心も体も満たしてくれたの。ノクス様は何度も私の名を呼んで、何度も私を求めた。それに応えるように、私も何度も彼の名を呼んだわ。不安に思っていた、名前を間違って呼ばれることもなかった。

ノクス様の魔力が何度も注がれ、全身に彼の魔力を纏い、幸せがあふれるひとときだった。

ただ…。魔物と戦ったあとでさえ、これほどの倦怠感に見舞われたことはなかったから、思うように体が動かせないのが不思議でたまらないのよね。動けない私の代わりに、ノクス様は体を洗うための水を川へ汲みに行った。

テントに一人になった私は、枕元に置いてある、昨晩手入れを最後までしてあげられなかった愛剣のミュゲルへ目を向けた。それから、自分のマメだらけの手のひらを見つめた。このマメは、強くなるためにミュゲルとともに努力した証であり、私の誇り。だけど、こんなマメだらけのゴツゴツでザラザラした手でノクス様に触れるのは、気が引けてしまうの。これまでの番たちは、きっとすべすべした手をしていただろうから…。ノクス様は気にならないと言ってくれたけど、こんな手に触れられたって気持ちいいわけないもの。いいえ…、この手だけじゃない。鍛えた体だって硬くて、抱き心地がいいはずないわ。

こんなふうに、亡くなってる相手に張り合うなんてバカみたいよね。直接戦えない、もう存在しない相手なのだから。そんなこと自分でもわかってるのに、どうしても比べてしまうの。どうしたって、彼の1番にはなれないのにね。だって私は、5番目の番だから。

私が結婚相手に望んでいたのは、自分より強い相手だった。それは、守ってもらいたいからじゃなく、お互いに背中を預けられる関係でありたいから。今までは、一緒に切磋琢磨できる存在であれば、相手の1番でなくとも構わないと思っていたのよ。

(そんな私でも、さすがに5番目には納得できなかったんだけど…。)

ノクス様に会って、私の価値観は変わったのよ。今では、2番ですら嫌だと思うようになったもの。私は、ノクス様の1番になりたい。


ノクス様の番たちに勝手に競争心を抱いている私は、彼がご自分の国を出てまで一緒にいてくださる番は私だけだという事実に、一人で優越感に浸っているの。

彼にとって、私は特別。唯一無二の存在なんだって。



━━━ノクティウスが川へ水を汲みに行くと、そこには水浴びしている者がいた。

「これは大公殿下。お見苦しいものをお見せしてしまい、失礼しました。」

「いや、構わない。水に浸かり、昂ぶる魔力を鎮めていたのだろう?」

そう口にしたノクティウスは、既視感を覚えた。昨夜、ルナティアに聞いた話と状況が酷似していると気づいたのだ。

そして、確信を得た。

「夜が明けるまで鎮まらないとは、魔力の影響を受けやすい体質なのだろうな。だがこの先、どれほどお前の魔力が昂ぶろうが、ティアに手や脚を貸してもらおうなどと二度と思うなよ。常にこの俺が、目を光らせていることを覚えておけ。わかったか?ディグニファイド。」

「はぁ、副団長…。あんなに他言してはいけないと約束したのに。男に囲まれてるせいか、性に関して恥じらいがないんだよな。」

強く口止めしていたあの夜の出来事を、ルナティアが話してしまったのだと察したディグニファイドは、大きなため息をついた。

「ティアは相手の名は伏せていたが、この騎士団の中でティアに意見できる者はお前くらいだからな。」

「名前を伏せても、相手が特定できるような話し方をしたら意味がないじゃないか。…でもまぁ、そんな詰めが甘いところが副団長らしいけど。」

「お前、ティアに好意を持っていたのか?だとしたら、随分と上手く自分の感情を隠していたんだな。」

「いえいえ。僕ごときが、副団長へ好意を抱くだなんて、おこがましいです。」

「いつもは上手く隠せていた感情が、ティアが他の団員へ手を貸したと聞いて、抑えられなくなったのではないのか?だから、娼婦のようなマネをするなと注意しておきながら、結局お前も、己の欲望に負けたのだろう。」

「あっはっはっ。あぁ、まいったな…。殿下の洞察力には驚かされますよ。まるで、あの場で見ていたように的確なのですから。」

静寂に包まれた川辺には、ノクティウスの殺気が満ちている。

「殿下、そんな牽制必要ないですよ。僕の力は、副団長の求める強さには遠く及ばないので、副団長は、僕なんて眼中にないのだから。初対面でのやり取りすら記憶に残ってないようだし…。」

「牽制は必要ないと言うが。ならお前は、ティアの手を借りたという、利き手をケガした団員を咎めなかったのか?ティアの行為が、好意によるものではないと牽制したのではないか?」

「はっ?マジかよ。なんだよそれ…。あんた、どっかで見てたのかよ!?ああ、そうだよ!確かに、ノーマンに勘違いするなと釘を刺したよ!副団長にとってあの行為は、負傷者に手を貸すのと同じ感覚なんだってな!」

「そうか。ティアの手を穢した奴は、ノーマンというのか。思いがけず、もう一人も特定できたな。」

ノクティウスの声から静かな怒りを感じたディグニファイドは、口に手を当て、心の中でノーマンに詫びた。まさに今、自分がされているように、ノーマンに対しても牽制する、ノクティウスの姿が容易に想像できたから。

「俺も、ノーマンも、副団長とどうこうなれるだなんて無謀な望みは持ってない。ただ…。俺の本音を言えば、こんなに早く、副団長が自分より強い相手と出逢うとは思ってなかったよ。しかも、相思相愛のようだしな。」

「相思相愛は、言い過ぎな気もするが。」

そう答えながらも、ノクティウスは口元をほころばせていた。

「はっ!?よく言うよ。ポッと出てきたと思ったら、たった数日で副団長にあんな表情かおさせといて!!クソッ!ホント、やってられねーな。」

ディグニファイドは悪態をついて去って行った。


ディグ二ファイドは、ルナティアの望む結婚相手への条件が、"自分より強い者"であると知ったときから、強さを求めた。しかし、いくら努力を重ねてもルナティアの強さには遠く及ばないため、自分の手で幸せにしてやることを諦め、近くで見守ることを選んだのだ。暴走する団長を止める実力を持つからこそ、副団長に抜擢されたというのに、ともに暴走してしまう。そんなルナティアを補佐しようと、戦術や教養を学び、処世術を身につけた。

ルナティアへの想いに蓋をしたディグニファイドにとってあの夜は、決して訪れることがないと思っていた夢のような展開だった。ノクティウスの言った通り、あの夜、ディグニファイドは己の欲望に負けたのだ。

我に返ってから、地面に頭が埋まるほど、ルナティアへ何度も頭を下げたが、ディグニファイドの中では忘れ難い甘美な夜となった。

そして、ノクティウスの出現により悟った。あの奇跡のような甘美なひとときは、もう二度と訪れることはないだろうと。


ディグニファイドの姿が見えなくなると、ノクティウスは茂みに向かって叫んだ。

「ジャスティン!!そこにいるのはわかってるからな!」

「あっ。やっぱ、バレてたっすか。」

「ああ、懐かしいな。ディグ二ファイドの奴、以前の素行の悪さが戻っていたな。」

ノクティウスとディグニファイドの様子を覗き見していた、ジャスティンとグレゴリオが茂みから出てきた。

「グレゴリオ殿までこいつと一緒になって、何をやってるんだ。」

「いやぁ。我が、日課の早朝鍛錬をしていたところ、この者からおもしろいものが見られると誘われてな。それにしても、なかなかどうして、おもしろいものが見られたな。」

「ディグ二ファイドは、もとは素行が悪かったんすか?なら彼は、更生して、国王団長の補佐まで昇進したんすね。」

「ああ。更生のきっかけは、当時15だったルナティアに、完膚なきまでに叩き潰されたからだ。」

「番様が、ディグ二ファイドを叩き潰したんすか??なんでまたそんなことに?」

「我の騎士団をつくる際、団長が我、副団長がルナティアとすでに決まっていたのだが、15の小娘の下になどつけるかと不満を漏らす奴らが大勢いてな、そいつら対ルナティアで手合わせをしたんだ。」

ルナティアに何癖をつけた者たちがいると聞き、殺気を放つノクティウスを、話が進まないからとジャスティンがなだめた。

「結果はまぁ、ルナティアの圧勝だったのだが。あやつも加減といものを知らぬから、挑んだ者たちは見るも無残な状態だったな。その中に、ディグニファイドもいたのだ。」

「完膚なきまでに叩きのめされたことで己の力量を知り、目を覚まさせてくれたティアへ好意を持つようになったんだな。」

ノクティウスは、心底おもしろくなさそうに言った。

「とある貴族の次男として生まれたディグニファイドはな、兄のスペア扱いされて育ったのだ。そして次第にすさんでいき、若くして酒と女に溺れていった。騎士団への入隊も親へ反抗するのが目的で、口も態度も悪く、どうしようもない奴だったんだ。」

「ディグ二ファイドの更生ぶりには、番様も叩いたかいがあったって思ってるでしょうね。現状、この騎士団は、彼がいないとまとまらないようっすから。上の者へも下の者へも指示を出したり、対応を求められたり、大変そうっす。」

「クククッ。それがな。自分が叩き潰したせいで骨だけでなく、心まで折られた団員たちが大勢辞めたというのに、ルナティアはそいつらのことを覚えてないんだ。その中に、ディグ二ファイドがいたこともな。それから新たに団員を募り、今の騎士団ができたのだが、副団長のくせに、団員たちの入隊時期を把握しとらんようだ。」

「ティアは、弱いと思われていることに堪えられず、自身の力を思い知らせるため徹底的に打ち負かしたのだろう。そして、そんな弱い者たちの記憶など必要ないと抹消したんだな。」

敵意の返報性へんぽうせいによるルナティアの行いに、ノクティウスとグレゴリオは笑っていた。対照的にジャスティンは、敵意には敵意を返すルナティアの行動が、ある人物とそっくりであることに気づき、『うわぁ、似た者番っすね。』とつぶやいた。


グレゴリオとわかれたあと、ジャスティンはニヤニヤしながらノクティウスへ尋ねた。

「昨夜は、番様のテントでお過ごしになられたようっすね。防音壁まで張っちゃって、なにしてたんすか??」

「防音壁を張らないと、ティアとの会話をお前に聞かれ、陛下へ報告されてしまうからな。」

「もう、信用ないっすね。でもまぁ、今度の番様とは上手くいきそうでよかったっすよ。これまでの番様たちとは違って、殿下も心を許せてるみたいすからね…。」

ルナティアのテントに入ろうとしたノクティウスは、ふと立ち止まると、振り返ってジャスティンへ指示を出した。

「そうだ、ジャスティン。お前、暇ならノーマンって奴を探しておいてくれ。」

「殿下…。見つけてどうするつもりすか??過去は変えられないんすから、どうしようもないことを責めるようなマネはやめてくださいよ。」

ノクティウスは返事もせず、テントを開けた。すると、ルナティアが起き上がろうとしたため、ジャスティンの目に入れたくないノクティウスは、慌ててテントを閉めた。テントが開いて閉まるほんの一瞬、動体視力のいいジャスティンの目に、けだるそうに上体を起こすルナティアの姿が映った。ノクティウスの魔力に包まれているルナティアの首周りには、ノクティウスにつけられたたくさんのキスマークが散っていた。その跡の多さに、ジャスティンは引いてしまった…。

「うわぁ…。殿下、余裕なさ過ぎっす。誰も、ドラクロス最強の貴方様から、番を奪おうだなんて思わないっすよ。あ~あ。あんなにマーキングされて。お気の毒様っす、番様。」

ジャスティンは、中にいるルナティアを憐れみながらテントを眺めた。


キスマークの数は、ノクティウスの独占欲の強さを表している。自身の魔力を纏わせ、マーキングすることで、ルナティアは自分のものだと、他者へ対して見せつけ、牽制するのだ。



返報性へんぽうせいの原理

他者から受けた行為と同じ行為をお返ししなければと感じる心理効果。

好意には好意を。

敵意には敵意を。

自己開示されたら、同等の自己開示を。

譲歩されたら、こちらも譲歩したくなる。

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