#5 魔の森
魔物による被害の有無を確認しながら、魔物が棲息する魔の森と国との境を進んでいた私たちは、現在、魔の森の中にいた。なぜ、わざわざ魔物の棲む森へ入ったかというと…。
そう。あれは、数十分前のこと━━。
突然、ワイバーンが大群で襲ってきたため、人里に被害が及ばないよう、魔の森へ誘導したの。
このワイバーンたちはね、団長とディグニファイドがドラクロスまで運ばせるために屈服させたワイバーンの仲間たちなのよ。あのワイバーンは、どうやらボスの子どもで、怒り心頭のワイバーンたちは、報復しにやって来たみたい。
「おかしいっすね。うちの殿下は、最強の魔物除けのはずなんすけど。どうやら、怒れるワイバーンにはドラゴンの威光も効かないようっす。」
「私は拍手を送りたいわ。子どものために、自分たちより上位な存在であるドラゴンに挑もうとするワイバーンたちの勇気へ。」
「いや、ワイバーンの狙いは俺ではなく、ワイバーンを移動手段に使ったあの二人だろう?」
確かに、ワイバーンたちの視線の先にいるのはノクティウス様ではなく、団長とディグ二ファイドだった。
こんな状況になってしまったことに、私は少し責任を感じているの。だってあの二人のとった行動は、私を助けるためのものだったから。『来ないで』と手紙を送ったのに、来てしまったことはともかくとしてね。
「ノクティウス様、お願いします。私を、上空にいるワイバーンの群れのところまで連れて行ってください。」
ノクティウス様は明らかに難色を示していたけれど、私がお願いし続けると、加護を授けることを条件に了承してくれた。
「やっぱ、番様のお願いには弱いんすね。」
ジャスティンはそう言って笑っていたけど、ノクティウス様がなかなか私の唇から自分の唇を離そうとしないから、そのうち笑い声が聞こえなくなったわ…。
「殿下の加護があれば、安心なのはわかるっすけど、人前だろうと平気で加護を授けるんすね。これ、状況を知らない者が見たら、ところ構わずイチャついてると思われるっすからね。」
ルミウス様の前で加護を付与してもらっていたときと同じように、あきれているジャスティンの声が聞えてきたわ。
加護の付与が終わると、竜化したノクティウス様の背中に乗せてもらい、振り落とされないよう彼の首にしっかりとしがみついた。ノクティウス様が翼をバサバサとはためかせて飛び立つと、下から手を振っているジャスティンがだんだん小さくなっていった。上空へやって来た私は、群れの中にいるワイバーンのボスを探した。はじめから力ずくで追い払うのではなく、動物と心を通わせる力を使って解決できないか、まずはワイバーンと対話を試みようと思うの。
まぁ、その結果はね…。話にならなくて、失敗に終わったわ。怒れるワイバーンは、理性を失くした状態だったから。
「ルナティアよ、説得できなかったのだな?」
団長は説得できなかったと知ると、あからさまに喜んでいる。ワイバーンと戦えるからね。
「副団長だって、団長と同じで戦いたいはずなのに、いつも、どんな相手にもまずは対話を試みますよね。無謀にも、魔物相手でさえ。」
「ちょっと、ディグニファイド。人を戦闘狂みたいに言わないでくれる?私は、理由もないのに戦うのはどうかと思うの。」
「まぁまぁ。番様の交渉は失敗に終わりましたけど、殿下の咆哮のおかげで、ほとんどのワイバーンは戦意を失くしたから結果オーライじゃないっすか。」
("無謀"とか、"失敗"とか、この二人ひと言余計じゃない!?)
でもジャスティンの言うように、ワイバーンはノクティウス様の咆哮に戦意を喪失したの。三体を除いて。
三体は例のワイバーンの両親と兄で、ノクティウス様の咆哮にも怯むことなく、団長とディグニファイドへ対して怒りをあらわにしている。
雷属性の父親の相手は団長が。火属性の母親の相手を私が。毒属性の兄の相手は、ノクティウス様が買って出てくれた。ポイズンブレスを放たれたら危機的状況に陥るため、ノクティウス様は騎士団からポイズンワイバーンを引き離しにかかった。
騎士たちは、団長に付く者と、私に付く者に分かれ、ライトニングワイバーンとファイアワイバーンの対処に当たった。
そして━━━。
それぞれ強烈な一撃を食らった三体のワイバーンは理性を取り戻し、私と意思疎通ができる状態になったため、一連の流れを説明し和解した。あれを和解と言ってもいいのかは、正直疑問なのだけれど…。三体は我に返ったところで、やっとノクティウス様の存在を認識したの。そしたら、そこからは萎縮しっぱなしだったわ。
とにかく、ワイバーンの群れを引き返させることには成功したのよ。そこまでは、よかったのだけれど…。ワイバーンとの戦いで魔力を放出したことが、魔の森の魔物たちを刺激し、暴走させる原因となってしまったの。
現在、魔の森はちょっとしたスタンビート状態で、私たちは暴走する魔物たちの対処に追われているのだった。
魔物との戦いを終えた私たちは、国境近くの川まで移動し、野営をするためテントを張った。
自分のテントで愛剣のミュゲルの手入れをしているところへ、就寝前の挨拶をしに、ノクティウス様が訪ねて来た。
「ノクティウス様、余計な戦いに付き合わせてしまい、申し訳ございませんでした。」
私は、深々と頭を下げた。今日のワイバーンとの戦いも、それによりいたずらに魔物を刺激し、ムダに戦うはめになったのも、団長とディグニファイドが招いたことだから。魔物を刺激するほどの魔力を放ったのは、私と団長だけれど…。
「ティア、頭を上げてくれ。此度の件、大元を辿ればジャスティンがティアを連れ去ったことが原因ではないか。つまり、諸悪の根源はジャスティンだ。」
「…確かに。ジャスティンがちゃんと説明してくれていたら、あの二人がワイバーンを脅す必要はなかったですよね。」
「ほらな。悪いのは、あいつだろう?」
「そうですね。悪いのは、ジャスティンです。」
ジャスティンのせいだと二人で笑っていると、ノクティウス様が、『おやすみのキスをさせてくれないか。』と腕を広げた。その広げられた彼の腕の中へ、ドキドキしながら収まった。
加護を授かる際、すでに唇を重ねているというのに、唇が近づいて来ると、緊張と恥ずかしさで心が乱れて自分が自分じゃないみたいに思えた。だって私、こんな感情知らないもの。それにおやすみのキスも、私が知ってる、頬にそっと唇を寄せるキスじゃない。彼からのおやすみのキスは、深くて、激しくて、加護を授けるときのように、口の中からノクティウス様の魔力が流れ込んでくるの。
(ノクティウス様、もしかして…。)
魔物討伐後の団員たちのいつもの様子を思い出して、ノクティウス様へ尋ねた。
「ノクティウス様、魔力が昂ぶっているのではありませんか??以前、団員たちから聞いたんです。魔物討伐後は魔力が昂ぶるため、性欲が強くなるって。」
「…ティアは、団員たちとそのような話をするのか?」
「団員たちに、女だと思われてないようですからね。でも、利き手をケガして上手く処理できない者に、手を貸したこともあるんですよ。なので必要であれば、ノクティウス様にもお貸ししましょうか?」
「処理できないとは…。なんのことを言っているんだ?」
そう尋ねたノクティウス様の顔は、怪訝そうだった。
「性処理のことです。」
私があっけらかんと答えると、ノクティウス様の纏う空気が、急にピリピリしはじめた。その殺伐とした空気に、恐る恐る彼の顔を伺うと、威圧的な雰囲気とは対象的にやるせない顔をしていた。
「ティアが他の男に触れているのを想像しただけで、嫉妬でおかしくなりそうだ。竜人は、番に対して恐ろしいほどの執着心を持っているから。」
なだめるために彼の顔を両手で包み込むと、ノクティウス様は私の手に、愛おしそうに頬ずりしてきた。
「ティア、頼むから、これからは他の男に触れないでくれ。嫉妬のあまり怒り狂ったら、自分でも何をしでかすかわからないから…。」
「わかりました。二度としないと約束します。だからもう、そんな泣きそうな顔をしないでください。ノクティウス様が悲しそうだと、見ている私も苦しいです。」
ノクティウス様に強く抱き締められながら、竜人が番に対して抱く執着心の強さと、嫉妬深さを感じていた。その感情は、番に触れた者、触れられた者へ殺意を抱くほどのもの。でも私、そのことを怖いと思ったり、嫌悪感を抱いたりはしていないの。ただ、この人を悲しませたり、不安にさせたりしたくないと、そう強く思った。
だから不安そうに、『ティア…、そいつにはどんなことをしてやったんだ?俺にも、同じことをしてくれないか?』と口にした、彼の頼みを迷うことなく聞き入れたわ。
私は、ノクティウス様を寝床に招くと、当時のことを説明しながら再現してみせた。嫉妬深いノクティウス様に、手を貸した団員が特定されないよう注意して…。
あのときも、今日みたいに魔物討伐を終えた夜だった。ただ、魔物との戦いは今日よりも激しかったわ。
夜中に目が覚めた私は、そこから眠れなくなり、気晴らしに歩くことにしたの。テントから出るとうめき声が聞こえたため、声のする方へと向かった。隠れるように茂みで悶えていたのは、入団して間もない団員だった。この団員は、魔物を討伐する際、利き手をケガしてしまったの。それでなぜか、自慰を目撃された側の団員の方が謝罪を口にしていたけど、討伐後はそういうものだと思っていた私は、謝罪され首を傾げたわ。その頃にはすでに団員たちは私を女扱いしてなくて、戦いの後は魔力が昂ぶり性欲も強くなるから発散させるため娼館へ誘い合ったり、近くに娼館がない山や森では自分で処理するという話を私の目の前で平気でしていた。私の方も、団員からその手の話を散々聞かされていたら慣れてしまっていたの。
だから、自慰行為をする団員を目撃しても顔色を変えることなく声をかけた。
『苦しそうな声が聞えたけど、大丈夫?あぁ、利き手をケガしたから上手く動かせないのね。私の手でよかったら、貸す??』
顔を上げた団員は、驚いた表情で首を横に振っていたけど、明らかにつらそうだった。私が手を貸すと、我慢の限界だった団員は必死にしがみついてきて、素直に欲望を吐き出した。
そのあと、私は手を洗おうと水辺へ向かった。そこには、水に浸かり魔力の昂ぶりを抑えている団員の姿があった。
全裸で水浴びする団員と目が合うと、先程の団員とは違い、この団員は堂々と私の方を向いて、声をかけてきた。
『副団長も眠れないのですか?』
『ええ、目が冴えちゃったのよね。あなたは、水に浸かって魔力を鎮めているの?あなたも、魔力が昂ぶってしまったのね。』
すると、団員が顔色を変えたの。
『あなた"も"とは、他にも魔力が昂ぶっている者がいたということですか!?』
鋭いことに、この団員は、私の何気ないひと言を聞き逃さず、私が、自分と同じ状態の団員に遭遇したことを言い当てた。特に隠すことでもないから、利き手をケガした団員へ手を貸した話をしたわ。話を聞いた団員は、肩で風を切るように近づいて来ると、私の前へそびえ立った。そして、私と私の手を借りた団員の行動を叱責した。
『副団長を娼婦扱いした奴はどいつですか?副団長も副団長です。あなたは、ご自分が女性であることをちゃんと自覚してください。団員全員から手を貸すよう言われたら、全員の性処理をしてやるおつもりですか!?』
(なんで私、全裸の部下に叱られているのかしら…?)
でも。この状況をおかしいと思いながらも、反論できずにいた。この団員が、私の考えを理解した上で、私のために叱っているのが伝わってきたから。
『はぁ…、わかってますよ。副団長にとっては、ケガを負った者に処置を施した感覚だったんだろうってことはね。』
的を得た表現に、私は"うんうん"と頷いた。
『あぁっ、クソ!そいつばっかり、おいしい思いしやがって。うらやまし過ぎるだろ!!』
私は、目を見開いて団員を見つめた。団員の発言が、叱責内容と真逆だったのと、いつもと違って乱暴な口調だったから。そんな団員に、私は尋ねた。
『あなたも手を貸して欲しいの??』
なにかが吹っ切れた彼は、懇願しながらしがみついてきた。でも。少しすると、私の耳元で、『手じゃ足りない…。』って、囁いたの。
「待ってくれ!!ティアが手を貸したのは、一人だけではないのか!?」
「…二人ですね。」
ノクティウス様から、私が手を貸した二人へ対する強い怒りを感じる。
「この話、もうやめましょうか?」
彼を刺激してしまうから、この話題は終わらせた方がいいと思ったのに、ノクティウス様は話を終わらせる気はなかった。
「それで。手、以外も貸したのか??」
「脚を貸してほしいと言われたので、脚を…。」
ノクティウス様は眉間に深いしわを寄せ、ご自分も同じ行為を求めた。
だけど…。その再現は、彼の嫉妬心を煽ることになり、独占欲に火をつけてしまったの。
「脚の間なんかじゃ我慢できない。ティアの中に入りたい…。」
私を求めるノクティウス様は、理性を保つのが難しい状態に見えた。それでも、私の同意を得るまでは、必死に情欲に抗っていたわ。彼の苦痛を解放してあげたくて、私は頷いたの。私が頷くのを確認した途端、それまで我慢していた反動で、彼の箍が外れてしまった。
理性を失くしたノクティウス様は、夢中で私を求め、何度も何度も私の名前を呼んだ。彼の熱に当てられ、私も何度も何度もノクティウス様の名前を呼んだわ。彼の魔力に満たされていくのが、たまらなく幸せで、こんなにもノクティウス様を求めている自分の心に気づいて、不安を覚えた━━━。
ノクティウス様は竜化や人型へ戻る際、魔道具を使って衣服の着脱をしている。その便利な魔道具に関心していると、ノクティウス様は嬉しそうにネックレスにつけてある魔道具を見せてきたの。
『もらったんだ。』
笑顔でそう言った彼を見て、これまでの番の誰かにもらった物なのだろうと直感が告げた。
今、私に覆いかぶさっている彼の首元では、その魔道具が揺れている。それを見ていたら、不安に駆られてしまったの。理性を失くしたノクティウス様が私の名前ではなく、魔道具の贈り主の名前を口にしたらどうしよう、と…。
団員たちが言っていたように、私には淑女の嗜みというものがまったくない。マナーも、所作も、教養も最低限。刺繍もできないし、身だしなみにも無頓着。それなのにノクティウス様は、このままの私でいいと言ってくれた。言われたときは、ありのままの私を受け止めてくださるのだと喜んでいたのだけれど…。それって、私が『番』だからなのよね?どんな私でもいいのなら、この容姿も、性格も、言動も、どうでもいいんじゃない?例えば私が、ノクティウス様によく見られたくて、キレイに着飾ったり、美しい所作を心がけたりしたとしても、それらの努力にはなんの意味もないのかもしれない…。
ノクティウス様が求めているのは、『私』ではなく『番』なのでは??
こんな面倒くさいことを考えてしまう自分や、出逢って数日しか経ってないのに、これほどノクティウス様のことをお慕いしている自分に戸惑ってしまう。それから、自分が嫉妬深いことにも。
私は、自分の中に、こんなにドロドロした感情があるなんて知らなかった。
ノクティウス様は、番に対するご自分の強い執着心や嫉妬深さを説明していたけど、私だって、名前も知らないこれまでの番たちに嫉妬しているのよ。相手はもう亡くなっていると、わかっているのにね。
きっと。ノクティウス様は、私に接するのと同じように、彼女たちのことも受け止めたのよね。それを想像すると、胸が締めつけられるの…。
(彼の心の中を、私だけでいっぱいにできたらいいのに…。)
その夜。
ノクティウス様は、情欲を抑えきれないことを謝りながらも、明け方まで私を抱いていた。
『100年振りだから…。』
彼が何気なく口走ったその言葉に、心がかき乱された。それが、過去の番を思い浮かべての発言だとわかったから。
『ティアは、体力があるな。』
微笑みながら言われたこの言葉には、嬉しくて口がニヤけてしまっている。これもまた、私と過去の番を比べた発言だけど、『体力がある』というのは、私にとって褒め言葉だから。
ノクティウス様の言葉に一喜一憂している私もまた、彼に負けず劣らず、執着心が強く、嫉妬深いのよ…。




