#3 竜に翼を得たる如し
見上げた空には、たくさんのドラゴンが飛んでいる。私が手を振ると、その中の一頭が私のもとへと降り立った。昨日、宝石をあげた黒竜よ。
私が、自分の力を認めさせたかった相手は、この国の人たちではなく、ドラゴンたちの方。
昨日から情報収集のために耳を澄ましていて、聞こえてきたのは…。
『今度の番はどのくらい生きていられるか。』
『人間は弱くてすぐ死ぬ、下等な種族だ。』
などと私を見下す発言だった。
それから、他種族との混血の者や、竜化できない者は、『出来損ない』や『半端者』と呼ばれ、『純血の竜人こそが最強だ。』という声も多く聞こえていた。
この国は、純血の竜人至上主義なのよ。
だけど私は、それに対して大きな疑問を抱いたの。
「この国の人たちは、純血であることに誇りとこだわりを持っているようですが、みなさんは竜と人とが交わって、混ざり合った、"竜人"ですよね?つまり、竜と人の混血なのではありませんか。」
観戦していた者たちは、私の発言を、自分たち竜人を愚弄するものだと捉え、場内の空気は怒気で満ちている。ノクティウス様は、それらの悪意から私を守るように、寄り添ってくれた。
「私の思う純血は、この黒竜のようなドラゴンのことです。」
黒竜を見上げた私は、ふと自分の言葉に疑問を持ち、つぶやいた。
『竜と人が交わる…?どうやって??』
首を傾げて一考してみたけれど、これは今考えることじゃないと切り替え、黒竜へ手を伸ばした。黒竜は頭を下げると、私の手に顔をすり寄せてきた。手合わせを見ていた黒竜は、私の力を認めてくれたようね。この黒竜はドラゴンたちのボスだから、これで他のドラゴンも従えたも同然だわ。ドラゴンも竜人も我が強いけれど、自分より強い者へ服従する性質を持っているからね。
私はこの手合わせで、ドラゴンたちを仲間にすることができたわ。
「陛下は、ノクティウス様の弱点である番が敵対する相手へ捕まれば、相手の言いなりになるしかないことを危惧し、私をこの国に留めたいようですが…。」
私は、ノクティウス様の腕を取り、甘えるようにお願いを口にした。
「私は自由に生きたいのに、陛下がこの国に閉じ込めようとしてくるのです。そうだわ!ノクティウス様が竜帝になれば、私たちに口出しできる者がいなくなり、自由を手に入れられます。ねぇ、ノクティウス様?番である私のお願い、叶えてくださいますよね??」
陛下は、私が足枷になることしか考えてないようだけれど、私がノクティウス様を唆して謀反を企てるとは思ってもないようだった。陛下は考えを改めるべきだわ。警戒すべきは敵対勢力ではなく、ノクティウス様を意のままにできる、この私だと。
いえ。警戒しているからこそ、これまでも番をこの国に留め、監視下に置いていたのかもしれないわね。
とにかく。私は、従順だった彼女たちとは違う。命を落とす確率が高いとわかっているのに、このドラクロスで暮らそうと思えるわけがないじゃない。私は、大人しく死を待つなんてマネはしないわ。
「そのような選択をすれば、そなたの生まれ育った国も無事ではすまないぞ!」
「陛下は、ヘイスティングズのことなどご存知ないでしょう??うちの国は、たった一人の国民のためにも立ち上がり、その相手がこのドラクロスであろうと、戦争も辞さない覚悟があるのです。今の国王に限っては、ですが…。」
うちの王様は理不尽に屈しはしない。戦争上等なんて、国民にとっては迷惑な話だけれど…。
「現時点でのこちらの戦力は、この国最強のノクティウス様と、騎士団長に勝った私。それから、上空にいるドラゴンたちですわ。では、陛下。景気良く、開戦するとしましょうか?」
己の強さに自信がある竜人たちでも、これだけのドラゴンを相手にするのは、さすがに骨が折れるでしょうね。さらにこちらには、この国最強のノクティウス様がいるから、竜に翼を得たる如しだわ。
「ノクティウス!!まさか、バカな真似はしないよな!?」
「番の願いは、俺自身の願いとなるんだ。番に出逢ったことのないルミウスには、この気持ちはわからないだろうが。」
「ノクスッ!!」
ノクティウス様は、ルミウス様を一瞥すると、私の顔に手を添えた。
「ノクティウス様。味方をしてくださり、ありがとうございます。陛下、いかがなさいますか?開戦か、私たちに自由をくださるか。」
ここまでしても陛下が煮え切らないため、しびれを切らした私は腕を上げて、ドラゴンたちへ合図を送った。これが、トドメとなるように。
黒竜を筆頭に、上空を飛んでいるドラゴンたちがいっせいにブレスを吐こうとすると、ようやくルミウス様は折れてくださった。
「あぁっ!わかった、わかった。もう、どこへでも好きなところへ行くがいい!」
ブレスをやめるよう指示を出すと、ドラゴンたちはいっせいに飛び去って行った。そして、ドラゴンと入れ違うように一頭のワイバーンが向かって来た。
「無事か、ルナティアッ!!」
ワイバーンの背に乗っているのは、うちの脳筋団長と、団長補佐だった。
(もう!来るなって手紙を送ったのに!!)
手紙を預けた鳥がペコペコと申し訳なさそうに私のまわりを飛んでいるのを見て、こちらの方こそ、申し訳ない気持ちでいっぱいだわ。
「ノクティウス様。こちらは、私の上司のグレゴリオ団長と、団長補佐のディグニファイドです。ふたりとも、こちらはドラクロスの竜帝陛下の弟君、ノクティウス大公殿下よ。それで、あの上の方の観客席でふんぞり返っていらっしゃるのが、竜帝陛下のルミウス様よ。」
ディグニファイドは陛下へ目を向けると、冷めた目で私を見てきた。
「あの様子は、ふんぞり返ってるというより、呆れ果ててるのでは…。さっきのドラゴンたちによるブレスでの威嚇って、副団長の指示ですか?数日前には、ドラゴンとは意思疎通できないと言っていましたよね。」
「あの暴走竜とはできなかったけど、理性のあるドラゴンとは意思疎通が図れたのよ。」
「あれが竜帝か。よし、うちの団員を連れ去った落とし前をつけてもらおうではないか。」
息巻くグレゴリオ団長を、私とディグニファイドで引き止める。
「待ってください団長!!最優先すべきは、この国から出ることなんです。この国に来た人間が、生きて帰れないって言い伝えは、本当だったんですよ。だから、早まって助けに来ないでと手紙を送ったのに。手遅れになる前に、国を出ますよ!!」
「しかし、見える位置にいるというのに、引き下がるわけにはいかないだろう。」
「陛下にはこの位置からでも声が届きますから、ここから話してください。それと、これからはノクティウス様にも、暴走する団長を止めるのを手伝ってもらいますからね。」
「…わかった。押さえれば、よいのか?」
ノクティウス様に肩を押さえつけられた団長は身動きが取れず、竜人の力を目の当たりにして感動している。
「大公殿下、感謝申し上げます。団長を止めてくださり助かりました。ところで、先程の副団長の口ぶりからして、大公殿下もともに国を出るということですか?」
「そうよ。私ね、ノクティウス様の番なんですって。本来なら、この国で暮らさなければいけないけれど、私の命が危険に晒されるくらいなら国を出ると言ってくださったの。」
ただこれは、直接言われたのではなく、ルミウス様との会話から盗み聞きした話なのよね。
「ついでに自分もお供するっす。殿下の側近なんで。」
「どうせ俺の行動を、陛下へ逐一報告するんだろう??」
ノクティウス様に指摘されたジャスティンは、笑ってごまかしている。
「まぁまぁ。出国を急いでるんすよね?自分が竜化して、みなさんをお運びするっすよ。」
「あぁ…。副団長を連れ去ったときの"あれ"ですね。僕と団員たちが副団長を心配する中、自分もあれに乗りたいと団長が言い出したから、みんなであきれてしまいましたよ。」
「"あれに"乗れるのか!?では早く、参ろう。」
竜化したジャスティンに運んでもらえると聞いた団長が、さっさと移動しはじめたため、訓練場をあとにする前に、うちの団長の正体をノクティウス様へお伝えした。ルミウス様の耳にも入れていただきたかったから。
「じつは、騎士団長のお姿は仮のお姿なのです。今は、王弟殿下が国王代理として職務をこなしているのですが、グレゴリオ様こそが、我がヘイスティングズ王国の現国王なのですわ。」
ヘイスティングズは、魔物が棲息する魔の森と隣接しているせいで度々被害が出ているため、武勇に優れたグレゴリオ陛下は、書類にサインしたり国璽を押したりする仕事は、自分の力を活かせていないと嘆いていた。そこで陛下は、ご自分のお力を発揮できる騎士団を新たにつくったの。国王の仕事を弟へ丸投げしてね…。
今の話は、ルミウス様のお耳にも入っただろう。そして、気づいてくださったはず。このヘイスティングズの王に、脅しは通用しないと。
ルミウス陛下にお許しを頂いた私たちは、馬車置き場へと着いた。
「ティアは、このキャビンに乗せられ、連れて来られたんだな。」
(ティア??)
少し前までは、私の名前を呼ぶのをためらっていたノクティウス様からの、突然の愛称呼びに、思わず目を見開いてしまう。
(愛称の方が呼びやすいのかしら?)
首を傾げながら彼の顔をじーっと見ていると、ジャスティンが耳打ちしてきた。
『この王様団長が、番様のことを名前で呼んでいたから、殿下は愛称で呼ぶことで、自分が特別だと牽制してるんすよ。』
他の人とは違う呼び方で、私の名前を呼びたいってこと??そういえばジャスティンが、ノクティウス様のことを嫉妬深いと言っていたわ。もしかして、愛剣のミュゲルに、私が頬ずりしてるのを複雑な顔で見ていたのも、嫉妬していたから??
私たちの傍らでは、キャビンを見ながら、ディグ二ファイドが遠い目をして、私が連れて来られたときのことを思い返していた。
「こちらの側近の方が笑顔で腕だけを竜化させ、副団長の体を掴んだときは目を疑いましたよ。それで、そのまま副団長をキャビンに押し込むと、完全に竜化し、キャビンを掴んで飛び立ったかと思ったら、あっという間に空高く消えて行ってしまったんですよね。」
私が押し込まれたキャビンには、馬はつながれていなかった。このキャビンを運んだのは、竜化したジャスティンだったの。これが普通の馬車だったら、ドアを蹴破って飛び降りたわよ。だけど、窓から外を見たら、すでに飛び降りられる高さじゃなかったから、この竜車??に仕方なく乗っていたの。
「ちょっと、番様を掴んだなんて、殿下に余計なこと教えたらダメっすよ。」
ジャスティンは、ディグ二ファイドへ苦情を訴えると、ノクティウス様の顔色をそっと伺った。
「ほらぁ、殿下が怒ってるじゃないっすか。こんなに殺気を放っちゃって。さっきまで番様と茶番を演じてた人とは思えないっすよ。」
「そうそう。あれには、私も驚いちゃいました。謀反を起こすなんてバカげた話に、ノクティウス様があれほどまでに乗ってくださるとは思ってませんでしたから。でもそのおかげで、陛下も諦めてくださいましたね。」
「番様が本気で望まれるなら、殿下は謀反を起こしそうな気がするっす。そのときは、自分が止めなければならないっすよ。命がけで。」
「まぁ。そんな、もしもの話などどうでもよいから、早く出発しようではないか。」
「うわぁ。王様団長、ひどいっす。他人事だと思って。」
ブーブー言いながら、ジャスティンはキャビンのドアを開けた。
「それでは、みなさん。どうぞお乗りください。だけど、こんなふうに慌ただしく国を出るなんて、なんだか夜逃げみたいっすね。今は昼っすけど。」
「ちょっと、逃げてないわよ。賭けに勝って、ちゃんと出国の許可を得たのだからね。」
私たちが乗り込むと、竜化したジャスティンがキャビンを掴み、上昇した。
この空飛ぶ竜車に、うちの団長はご満悦だった。
この竜車が向かっているは、残りの騎士たちとの合流地。
ディグ二ファイドから聞いた話では━━。
昨日、私が連れ去られたあと、団長たちは馬に乗って竜車の去った方角を目指した。そして、何時間も馬を走らせたみんなの前に立ちはだかったのは、馬では決して登れない断崖絶壁。その崖を素手で登ろうとする団長を止めているところに、私が送った鳥が飛んできた。手紙を読んで、私の居場所を知った団長は、たまたま飛んでいたワイバーンを生け捕りにし、鳥に道案内させてドラクロスへやって来たそうよ。ディグニファイドは団長の暴走を心配して、強引にワイバーンへ同乗したと言っていたわ。ワイバーンに乗れるのは二人が限界だったため、そこで他の騎士たちとは別行動をとることになったのですって。その騎士たちのもとには私の愛馬もいるはずだけど、ノクティウス様、馬には嫉妬しないわよね…??
「大公殿下へ、あらかじめ言っておきたいことがあるのです。副団長は、一緒に団長を止めてほしいと言っていましたけど、暴走するのは副団長も同じなんです。団長と副団長どちらも抑制対象だということをお心に留め置きください。」
「ちょっと、ディグニファイド。それ、聞き捨てならないわね。」
「先日の暴走竜の件、忘れたとは言わせませんよ!?はじめて見るドラゴンに興奮して、人が討伐方法を考える前に、我慢できずに突っ込んで行ったのは、どこのお二人ですか!?」
『あぁー!』
私と団長は、自分たちの行動を思い出した。
先日、魔物討伐の任務の最中に暴走竜に遭遇した私と団長は、ディグニファイドの制止する声を無視して、我を忘れて竜のもとへ向かったのよね。
「しかも副団長、普段は団長を立てるために力をセーブしているのに、あのときは本気を出してましたよね?竜に興奮し過ぎるあまり、団長を置き去りにしてましたからね。」
「ルナティアは、我との手合わせも手加減してるようだからな。ところで大公殿。よければ我と、手合わせしてくれないか?」
「あぁっ!団長ばっかりずるい!!ノクティウス様は、番を傷つけたくないからって、私とは手合わせしてくれそうにないのに。」
団長が手合わせの約束を取りつけようとするのを聞いて、私もノクティウス様にお願いする。
「私とも手合わせしてください!番の願いは叶えてやりたくなるって、ノクティウス様言ってましたよね??」
ノクティウス様が困ったように微笑むのを見て、やっぱり私とは手合わせしたくないのだと察したわ。がっかりしていると、竜車がグラグラと揺れだした。
「ジャスティン!!お前が笑うから、キャビンが揺れるだろう!!」
番に振り回されているノクティウス様の反応が、ジャスティンにとってはおもしろいみたい。彼が笑う度、私たちの乗るキャビンは空中でグラグラと揺れ、ディグ二ファイドの顔が青ざめていた。
キャビン=馬車の乗客が座る箱状の部分




