#24 いのちを授かるということ
ツリーハウスの中へ入ったシルフィーは、キラキラしたものがあふれる部屋に興奮して飛び回っている。妖精の姿をしていても、シルフィーの中にも竜の性質があるんだわ。
「それで、わざわざこんな地の果まで訪ねてきた理由はなんなのだ?」
「父上と母上は、人間が竜人の子を産む方法をご存知ありませんか?人間は、竜人の子を宿すことはできても、腹の子の竜気にたえられないようなのです。」
「それってつまり、あなたの最初の番が亡くなった原因は、お腹の子の竜気にたえられなかったからなの?」
お義母様の話から、自分のせいでパトリシアが亡くなったことを知ったシルフィーが私の胸に飛び込んできて、『ごめんなさい。』と何度も繰り返し口にしているの。
「違うからね!?シルフィーのせいじゃない!」
否定したけれど、シルフィーの泣き声にかき消され、私の声は彼女の耳に届かなかった。その悲痛な声に、私の胸は張り裂けそうだった。私は、シルフィーが全部知っているものだと勝手に思い込んでいたの。彼女は何百年もの間、番たちを見てきたから。シルフィーが、パトリシアの死因を知らないとわかっていたら徹底的に隠したのに…。
シルフィーは感情の乱れから魔力暴走を起こし、その泣き声に呼応するように、あたりに風が巻き起こっている。
「妖精お嬢様、落ち着くっすよ。家が壊れてしまうっすからね。」
見かねたジャスティンが、シルフィーへ声をかける様子を、お義父様とお義母様が凝視している。お二人は、シルフィーの姿を目に捉えられなくても、"ここ"になにかが存在していることは認識しているようだった。
「今話していた、最初の番が腹に宿していた、産まれてくることができなかった子が、ここにいるのです。」
亡くなっている子が"ここにいる"だなんて、おかしなことを言っていると思われても仕方がないことなのに、お義父様もお義母様も、ノクス様の話を信じてくれたようだった。
「そうなのね…。血の繋がりのないジャスティンには見えているのに、祖母である私には見えないなんて残念だわ。私が、心霊や怪奇を信じないタチだから見られないのかしら?」
「シルフは霊ではなく、一応、妖精ですよ。自称ですが。」
「もう…。ノクス様が、『一応』とか『自称』なんて余計なことを言うから、シルフィーが怒っちゃったじゃないですか。」
ノクス様の一言で、巻き起こっている風には怒りも混ざり出した。でも、罪悪感に押しつぶされるように泣かれるよりは、ノクス様へ怒りを向けている方がずっといいわ。もしかしてノクス様は、わざとシルフィーを怒らせたのかしら…?
「シルフは今、泣き怒りしながら、ジャスティンなんかより母上の目に映りたいと言ってますよ。どうやら母上は、印をつけられるほどにシルフに好かれているようですから。」
「あら、私に印がついているの?いつの間につけたのかしら??あ!その印を座標にして、私たちがいるこの場所へ転移してきたのね。」
シルフィーは好意を抱く人へ印をつけることで、相手の感情や居場所を把握したり、その人のもとへ転移したりすることができるそうよ。印はね、シルフィーとの繋がりなの。その印は私とノクス様、お義母様、ミゲル、それからなぜか、ブラックドラゴンのセルシオにもつけたらしいわ。
「ほらほら、お嬢様。気分転換に、空への散歩でもいかがっすか?」
ジャスティンはシルフィーを手で包み込むと、外へ出て竜化し、なだめるために空中散歩へと誘い出してくれた。
シルフィーがツリーハウスから離れると、吹き荒れていた風がおさまった。
私たちは話し合いを再開させ、その傍らではジャスティンのお父様が顔色を変えずに、黙々と室内を片づけている。
(文句一つ言わないなんて、誰かさんとは大違いだわ。)
ノクス様は、お義父様とお義母様へ、番たちが急変した際の状況から、番たち全員の死因が竜気によるものだと推測したと説明した。パトリシアはお腹の子の竜気に。シエラは騎士たちの竜気に。シャルロッテは即位式で放出された竜気に。ヴィオラは使用人の竜気に。それから、亡くなった場所が帝城であることも4人の共通点だと。
「ちなみにカピバラ獣人の国で、竜気に触れた人間の子どもがいたのですが、その子どもは魔力量も少ないというのに、体に何の異変もなかったのです。そのことから、人間の体はドラクロスの帝城で竜気に触れると異変が起こるのだろうと推測しました。」
「確かに、帝城は竜気の吹き溜まりとなっておるため竜気が濃いのだが…。お前の番たちは、体の内も外も竜気に覆われ、逃げ場をなくした竜気が体内で暴走したのやもしれぬな。」
「それってなんだか、陸だというのに溺水してしまったみたいじゃない…。人間にとって竜気は、危険なものなのね。」
「ただな。帝城に長く滞在した人間は、ノクティウスの番たちしかおらぬからな。すべての人間にとって、帝城で竜気に触れることが危険であると言い切ってよいものかどうか。」
お二人の話を想像しながら聞いていたら、竜気に触れた際に襲われた、焼かれるような激痛の記憶が鮮明に蘇ってきたの。お義母様のおっしゃっる通り、確かにあれは、溺れるような感覚に近かった。けれど、溺れたのは水にではなく、火の海によ。焼かれるようなあの感覚を思い出し、心と身体が反応してしまう。ノクス様は、私の呼吸が乱れ、恐怖で体を震わせていることに気づくと、優しく背中をさすってくれた。
「でも他国では、人間の子どもが竜気に触れても平気だったのでしょう?それなら、ドラクロス以外で妊娠、出産すればいいのではない??」
「それは些か楽観的過ぎる気もするが、まぁ問題ないだろう。そなたが言うことに、間違いはないからな。」
お義父様は、問題ないとか、お義母様の言うことに間違いはないとおっしゃったけれど、それを聞いた私とノクス様は不安を覚えてしまったわ。お義母様の言うことを肯定する様子を見て、噂通り、"やっぱりお義父様も番バカなのね"と改めて思ったわ。
ノクス様のご両親からは明確な答えを得られなかったけれど、ジャスティンのお父様から、『その腕輪の魔道具に手を加え、胎児の竜気を抑えることはできないのですかな?』という有益な助言をいただいたの。
竜気を抑える魔道具を改良すれば、お腹の子の竜気に触れるのを避けることができる。私は、これでノクス様の子を産めると浮かれていた。
お義母様から、泊まっていくよう言われた私たちはツリーハウスへ一泊することになった。
大樹にできた空洞部分がベッドスペースになっていて、その晩、ノクス様とシルフィーと私は3人並んで眠ったわ。私を真ん中にしてね…。
翌日、宿泊と相談に乗っていただいたお礼の気持ちとして、衣服を着脱する魔道具を差し上げた。この3人には必要ない気もしたのだけれど、この先、人前で竜化を解いて人の姿に戻ることもあるかもしれないしね…。
シルフィーは部屋を散らかしたお詫びとして、この地に祝福の祈りを捧げた。妖精の祝福を受けたこの地には後日、色とりどりの花が咲き乱れたそうよ。
私たちは、子どもが生まれたら会いにくると約束をして、当初の目的地であるエルフの里を目指した。
途中まで移動手段として乗っていたキャビンは、妖精の森へ誘われる直前に休憩していた場所に置き去りになっているから、エルフの里の近くまでは、ノクス様とジャスティンにドラゴンの姿になって飛んでもらったわ。
妖精の森もそうだけど、エルフの里も地図上に明確な場所は記されていないの。近くまでは行くことはできるけれど、部外者は結界に弾かれるため、入れるのは招かれた者だけだから。
「前回は、ラナと一緒だったから入れたのよね。今回は、結界をどうしようかしら?」
どうやって結界を通り抜けるか考えていると、シルフィーが手を上げた。
「はい、はーい!その結界、私解除できるよ。」
「ああ、妖精の森にも結界が張られてたっすもんね。要領が同じなんすね。」
結界が張られている境界線を見つけると、シルフィーのおかげでなんなく結界を抜けられた。得意気になっているシルフィーを褒めていると、あたりがざわつきはじめ、エルフたちがものすごい速さで近づいてきたの。そして私たちの姿を確認したら、うろたえて、大騒ぎしているのよ。どうやって、この里へ侵入したんだって。
「結界を通り抜けたくらいで、大騒ぎし過ぎじゃない??結界を破壊したわけじゃないんだから。」
「結界を通り抜けてきたのが、あんただから騒いでるんだよ!!」
「通り抜けてきたのが私"たち"だからって、どうして慌てているのよ?」
「番様、それは違うっすよ。彼らが警戒してるのは、『私たち』ではなく、番様だけっすから。」
ジャスティンに、警戒されているのが私だけだと指摘されたけど、納得いかないんですけど!?
「自分、この光景に既視感があるんすけど。エルフたちのこの反応、ドワーフの国へ行ったときのドワーフたちの反応と同じっすよ。この里へは、どれだけの被害を出したんすか??」
どのくらいの被害を出したか覚えてなくて首を傾げていたら、エルフたちから大ひんしゅくをかってしまったわ。
「あんた、里をあんなにめちゃくちゃにしておいて、覚えていないのか!?」
「そんなこと言われても…。ほら!あのとき私、理性を失っていたじゃない?」
「正気じゃなかったと言えば、なんでも許されると思ってるんじゃないだろうな!?」
「エルフたち、その辺にしといた方が身のためっすよ。うちの殿下、そろそろ我慢の限界なようなんで。夫婦そろって、里をめちゃくちゃにしかねないっすからね。」
ジャスティンの話を聞いたエルフたちは、いっせいにノクス様へ視線を向けた。彼が殺気を放っているのを感じ取ると、エルフたちはゆっくり目をそらしたわ。ノクス様は無表情で黙ったまま、エルフたちを威圧しているの。
「そういえば、セルリアンのやつは、この夫婦の結婚式に行ったっきり、帰ってこないな…。まさか、この夫婦に…。」
「そうなの!セルリアンは、『ちょっと』って言って旅に出て、全然戻って来ないのよ。ねぇ、あなたたちにとって、"ちょっと"ってどれくらいなの?」
ここからしばらく、それぞれが感じる"ちょっと"の時間について意見が交わされた。結果から言うとね、時間のムダだったわ。私とエルフの感覚が違うのはもちろん、エルフ同士でも感じ方が違うんだもの。
「私はね、『ちょっと待ってて。』と言われて待てるのは3分よ。」
私の持論を聞いたエルフたちと、ジャスティンから笑いが起こったわ。
「ブッ!3分って!!それ、気が短過ぎるだろう!?1年くらい待てるだろう?」
「オレなら、五年は待ってられるな。」
「人間はエルフと違って、せっかちな種族なんだな。寿命が短いからか?」
「へぇ~。意外っす。みなさん、番様を人間だと認識してるんすね。」
ジャスティンの一言に、エルフたちが顔を見合わせ、疑問が氷解したようにすっきりした表情になった。
「"ちょっと"、ジャスティン。私が人間じゃないって話、エルフにまで広めるつもり??」
「番様。今の、"ちょっと"も、3分待てって意味っすか??」
大笑いするジャスティンとエルフたちへ、ノクス様とシルフィーが腕組みをしながら刺すような視線を向けている。二人は、私がバカにされていると感じて怒っちゃったみたいね。
ノクス様から醸し出される不穏な空気を感じ、エルフたちが顔色を変えた。でもジャスティンだけは、シルフィーの方を警戒しているわ。
「"見えない"って、ある意味幸せなのかもしれないっす。なぜなら真に恐ろしいのは、感情を制御する気もなく、感情任せに魔力を暴走させる妖精っすからね。」
ジャスティンの予想通り、シルフィーは怒りに任せてつむじ風を発生させた。それも、特大のね。
「この風は、あのとき里の木々たちをなぎ倒した旋風じゃないか!?」
強風に煽られ、エルフたちが絶望の声を上げる中、ジャスティンは顔色を変えずに風を眺めていた。
「あぁ…、やっぱり。エルフの里に被害をもたらした件に、妖精お嬢様も関わってたんすね。きっと、ドワーフの国でも番様とともに暴れたんでしょう。」
「そうか。ティアが厄災などと呼ばれている原因の半分は、シルフによる被害だったのか。」
「妖精お嬢様は、人には見えないっすからね。人知れず、番様に加勢してたんでしょう。」
「おいっ、あんたたち!今の話どういう意味だ?もしかしてそこに、何かいるのか!?それが、この風を起こしてるのか??」
エルフたちは、ノクス様とジャスティンの視線の先を追っているけれど、シルフィーの姿を捉えることはできず、風を巻き起こす見えないなにかに警戒心を強めているわ。
「シルフィーは、私に手を貸してくれていたのね。あっ!?もしかして、うちの騎士団がやり過ぎちゃっていたのもシルフィーが加勢していたからなのかしら?」
「それは、妖精お嬢様のせいにしちゃダメっす。あれらの被害は、団員たちの気質によるものっすからね。でもまぁ、妖精お嬢様は番様のお子ですから、お嬢様がやらかしたことが番様の責任になるのは仕方のないことっすよ。」
「前にここに来たとき、木みたいなおじいちゃんは、私のこと見えてたよ??」
「あら、シルフィー。気がすんだの??」
魔力を放出させたシルフィーは、すっきりした顔をして戻ってきた。
「うん。あの子が来たからね。ケガさせたら危ないもん。」
シルフィーの指差した先には、こちらへ向かってくるラナの姿があった。
「ラナ!久しぶりね。"ちょっと"見ない間に、ずいぶん大きくなったわね!?」
「久しぶり。ルナは変わらないわね。」
「その会話おかしくないすか??20年ぶりに会った相手に、『ちょっと見ない間に』って。それに、エルフのラナ嬢は大きくなって、人間の番様は変わりないっていうのも変っすよ。普通は逆っすもん。」
「なによ。どうせまた、私が人間じゃないって言いたいんでしょ!?」
でもね。ジャスティンにおかしいと指摘されて、自分の時間の感覚について考えてみたら、違和感を覚えたの。20年ぶりの再会で、『ちょっと見ない間に』は、確かにおかしいわね…。私の時間の感覚は、人間とも、竜人ともズレているんだわ。
それでも。この20年で、エルフの子どもだったラナが大きくなって、人間の私が変わっていないのは事実なのよね。
避妊魔法の解除法を教えてもらう前に、私たちはエルフの里の長へ挨拶へ伺った。
エルフの長老であり、長であるこの方が、さっきシルフィーが言っていた、『木みたいなおじいちゃん』だとすぐにわかったわ。長老様は、木の枝みたいな腕や首に、皮膚は樹皮のようにひび割れているから、木の精霊かと思っちゃったもの。精霊に近いから、シルフィーを見ることができるのかもしれないわね。
長老様からは、避妊魔法を解いたからといって、すぐに子どもを授かれると思わないようにと念を押された。一刻も早く子どもを授かりたいという私の内心の思いを、長老様は見抜いていたのね。だから逸る私に、焦らず天命を待つよう助言をくだったんだわ。
エルフや竜人のように長命な種族が命を授かるのは、簡単なことではないそうなの。長命な種族が簡単に繁殖できてしまうと、どんどん人口が増え続け、いずれ食糧や水、土地が不足し、それらを巡って争いが起きてしまう…。
自然の摂理に沿うように、それぞれの種族は進化を遂げた。それはまるで、誰かが生態系を維持するために、世の理を管理しているみたいだわ。
(私とノクス様の種族を同じにしてくれないのも、その誰かなのかしら?)
この世界では、どんな種族でも当然のように子孫を残し、いのちを紡いでいる。でも…。いのちを宿し、産むという行為は、当たり前なことではなくて、特別で尊い。
いのちを授かるということは、奇跡なのよ。




