#25 生まれてきてくれて、ありがとう 《終》
避妊魔法の解き方を教えてもらっている私へ、ラナが不思議そうに尋ねてきた。
「ルナはどうして、避妊魔法をかけていたの?子どもが欲しくなかったの??」
「子どもは欲しかったわよ。だけどね、人間の私が、竜人の子どもを産むのは難しいことなの。種族が違うからね…。」
「そっかぁ…。でも、避妊魔法の解き方を聞きにきたっていうことは、子どもをつくる予定があるのよね??」
「そうよ。ずっと方法を探してたんだけどね、やっと解決策を見つけたのよ。私の体に影響が及ばないように、お腹の子の竜気を魔道具で抑えるの。」
「ああっ!ルナの結婚式で、竜人たちが腕につけてた魔道具ね。セルリアンがすごく気になってたやつ!」
私とラナの会話を聞いていた長老様がこちらに近づいてきて、観察するみたいに私のことをじっくり見てきたの。
「なんともはや。おぬしは、自分のことを人間だと思い込んどるんじゃな?」
「ほら、番様。番様を人間だと思ってない人は、自分以外にもいるじゃないすか。」
長老様の言葉に戸惑っている私を、ジャスティンがお腹を抱えて笑っている。
「長老様?それって、私が人間ではないという意味ですか??」
「以前おぬしがこの里に来てから、どれ程の時間が経っているかは覚えておらぬが、エルフの子であるラナが大きくなったということは、それなりの時間が過ぎたのじゃろう。しかし、人間だというおぬしの姿は以前のままじゃ。ラナもまた、この先は何百年と姿が変わることはないじゃろうがのぅ。」
「我が番が人間ではないと言うからには、長老は、ティアの種族に心当たりがあるのか?」
私が人間ではない説を、肯定するようなノクス様の発言に、ジャスティンみたいにからかっているのかと思い、ムッとしてしまったわ。だけど隣にいる彼へ視線を向けると、私の種族について長老様へ質問しているノクス様は真剣な眼差しをしていたの。その表情から期待と不安を感じ取った私は、ノクス様の手を取り一緒に長老様の話を聞いた。
「逆に問うがのぅ。おぬしは、自身の番が纏う竜気に気づいとらんのか?」
ノクス様は集中して私を見つめていたけれど、私が纏っているという竜気を探れないようで、首を傾げている。黙り込んでしまったノクス様の代わりに、ジャスティンが口を挟む。
「それって殿下の竜気じゃないっすか??殿下は常に、番様へ加護を授けてるっすから。」
「確かに大公の強い竜気を纏っておるのぅ。まぁそのせいで、娘自身の微かな竜気が感じられぬのじゃろうな。竜人というのは強さにばかり目がいき、弱い竜気など気にも止めぬのであろう。」
「ではその微かな竜気というのは、ティア自身の竜気なのか?つまり、ティアは竜人!?」
「えぇっ!?私が竜人??」
私が竜人であることに、半信半疑の私たちは長老様へ答えを求めた。
「儂は竜人じゃと思うておる。たとえ流れている竜人の血がワンエイスもしくは、ワンシックスティーンほどであろうと、竜人であることに変わりはないからな。」
「ならば、ティアは問題なくオレの子を産めるだろうか!?」
「血が薄くとも竜人は竜人じゃからな。人間と子を成すよりは可能性が高いであろう。じゃが先程も言ったように、子を授かるのは簡単ではないからのぅ。それと種族に関係なく、出産に危険はつきものであることも忘れるでないぞ。」
私が竜人だと聞いて安堵するノクス様の様子を見て、彼の本心に気がついた…。
「ノクス様は、魔道具でお腹の子の竜気を抑える方法に不安を持っていたのですね?だから私が竜人だと聞いて、そんなにもホッとしているのでしょう?竜人同士なら出産のリスクが減るから。」
「ティアのつくった魔道具の性能を疑っているわけではないが、俺は、不確定なことにティアの命を賭けるなんてマネはできない。ティアと過ごした20年は、これまでと比べたら確かに長い期間だが、俺はティアともっと長いときをともに生きたいんだ。」
私は子どもが欲しいと思うあまり、ノクス様の気持ちを蔑ろにしていたんだわ。彼にとって、子どもよりも私の方が大切だと知っていたのに。
「ごめんなさい。子どもが欲しいって自分の気持ちを、ノクス様へ押しつけていたのですね。」
「いいんだ。ティアが幸せでいることが、俺の幸せにもなるからな。」
「またまたぁ。かっこつけちゃって。殿下は、お子様が産まれたら、番様を取られたような気持ちになるんじゃないっすか?」
「ジャスティン!!」
ジャスティンに冷やかされ、怒るノクス様。二人のいつものやり取りを見ていたら、なんだか安心するの。
「ところで。番様は竜人だったんすね。ということは、番様のご先祖に竜人の血を引く者がいたってことなんすよね。」
「ママが竜人って、それパパの血のせいなんじゃない??」
「ノクス様の血??」
私たちと一緒に、長老様もシルフィーの発言に耳を傾けている。
「ママ、パパの唇を噛んだでしょ??あのときパパの血を飲んじゃったせいで、ママは竜人になったんだよ!」
「それって、ヴィオラの最期のことね。」
「そういえばママが魂になったとき、魂からパパの竜気を感じたもん!!」
「フォッフォフォ。この娘から感じるのは、大公の竜気だけではないぞ。そこの妖精の気も纏っておるからのぅ。」
「私は、ノクス様とシルフィーの気を纏っているのですか!?」
「おぬしも他に類を見ない気を持っておるが、その妖精もまた、変った気をしておるから目立つのじゃ。」
「あぁっ!?あのとき、早く新しい命にママの魂を宿してあげなきゃって慌ててたから、もしかしてうっかり私の気を入魂しちゃったのかも??」
シルフィーは人差し指を頬に当て、いたずらっぽく笑ってみせた。
「儂は長く生きておるが、竜の気を持ち合わせた上に、ここまで人間と心を通わせる妖精に遭遇したのなんぞ、後にも先にもその妖精だけじゃ。それに、喜怒哀楽がある妖精というのも珍しいからのぅ。」
「長老は、20年以上前からティアが竜人だと知っていたのか?ではなぜ、以前ティアがこの里を訪ねたときに竜人だと教えてやらなかったのだ?」
「あぁぁ…。それはのぅ…。」
長老様は深いため息をついたあと、目を閉じ、当時を振り返っているようだった。
「あのとき儂は、この娘が、里に壊滅的な被害をもたらしてくれたおかげで、被害の確認と対応に追われ里を駆けずり回っておったからのぅ。故に、話す機会がなかったのじゃ。この妖精が起こした風による被害も甚大じゃったがのぅ…。」
「ふんっだ!あれは、ママをバカにしたエルフの奴らが悪いんだからね!!」
「あっ。やっぱり、妖精お嬢様も関与してたんすね。ということはドワーフの国の被害も、番様とお嬢様によるものなんっすね??」
ジャスティンに問われたシルフィーは、またいたずらっぽく笑っているわ。
以前、この里に被害を出してしまった謝罪の印として、今回お詫びの品々を持参していたの。いくら弱いとバカにされたからって、さすがにやり過ぎたと反省していたから。
でもまさか、シルフィーまで参戦していたなんてね。
エルフの里をあとにした私たちは、まずは、シルフィーが印をつけているブラックドラゴンのセルシオのもとへ転移した。セルシオはドラクロスにいたから、そこから置きっぱなしにしたキャビンまでは、竜化した二人に飛んでもらったわ。キャビンを回収したあとは、いつものようにジャスティンに運んでもらい、ヘイスティングズへと帰ってきた。
そうそう。ドラクロスを経由した際、シルフィーが空中に滞留している竜気へ向かって風を放ち、竜気を霧散させたの。ドラクロス全域を漂う竜気をよ?それを見ていたノクス様は、シルフィーを褒めていたわ。これでまた、私の命を脅かす原因の一つを取り除けたから。
ちょっとくらいのリスクは見ないふりをする私と違って、ノクス様は、私が竜人だと知っても、相変わらず念には念を入れているの。私の命を脅かすことは、たとえわずかな懸念であっても取り除かなければ気がすまないみたい。
不確定なものに私の命を賭けられないと言った彼から、強い決意を感じる。本当に今度こそは、番を守ってみせると━━。
避妊魔法を解いてから15年が過ぎ、私は55歳になった。子どもは、いまだに授かっていない。
エルフの長老様からは助言をいただいていたけれど、はじめの数年は子を授からず焦燥感に駆られていたわ。だけど今は、心に余裕ができたの。気長に待とうって。そう思えるようになったきっかけは、シルフィーがそばにいてくれることと、自分が竜人である事実を受け止められたからよ。
年を取らず、変わらない見た目。人間離れした体力に魔力量。背中の鱗。それらは、竜人であるノクス様の血を取り込んだ影響によるものなのよ。動物と意思疎通がとれるのは、シルフィーの妖精の力を分けてもらったから。これはもう、認めるしかないじゃない??竜人と妖精の力を持っている私は、人間じゃないって。
ノクス様とともに生きる時間はまだある。そう思ったら、ゆったりした気持ちが持てるようになったのよ。
でも。この15年で、悲しい別れがいくつもあったわ。両親、フレデリック様、我が家の使用人や騎士団の仲間たちも何人も見送った。寿命が長いということは、つらい別れにこの先幾度となく立ち会わなければならないのよ。そんな私に、シルフィーはある提案をしたの。それは、ミゲルの様子を見に行かないこと。
『いくらママが強さに自信があるからといって、老いて弱っていくミゲルを見守れるほど心は強くないでしょう??』
そう言ってシルフィーは、定期的に印をつけているミゲルのもとへ転移し、彼の様子を聞かせてくれている。ミゲルは、孫に囲まれて幸せに暮らしているそうよ。そしてリビングの壁には、私があげた短剣が家宝のように飾られているのですって。
それからシルフィーは、ルミウス様のいる帝城やノクス様の大公邸へ手紙や書類を届けたり、お使いをしてくれているの。ただ。シルフィーの姿は人には見えないから、セルシオのもとへ転移したら、そのまま一緒に手紙を届けに行くらしいわ。ブラックドラゴンのセルシオなら、誰もがすぐに気づくものね。そのせいでドラクロスでは、私が黒竜を従属させたなんて噂が広まっていると、ミリアーナ様からの手紙に書いてあったわ。
こうして、シルフィーはミゲルの様子を見に行ったり、ドラクロスへお使いに行ったりと、ちょこちょこ私のそばから離れる時間があった。
そんな、ある日。
「ノクス様、どうしよう!シルフィーがどこにもいないの!?」
「ティア、落ち着くんだ。シルフが何日か留守にすることは、今までだってあっただろう??」
「違うの。シルフィーの気が感じられないの。彼女との繋がりが消えちゃったのよ。この世から、存在がなくなっちゃったみたいに…。」
取り乱す私を、ノクス様は抱き締め、優しくなだめた。
「ティア。まず、医師に診てもらおう。」
「…医師に??」
思いもよらないノクス様の返答に、ポカンとしてしまった。だって私、シルフィーを探しているのよ?
ノクス様に付き添われ、私は腑に落ちないまま伯爵家の医師の診察を受けた。
「お嬢様、おめでとうございます。待ちわびた、ご懐妊ですぞ。」
すっかり年老いた我が家の医師は、私が何十年も子どもを待ち続けていたことを知っているため、自分のことのように嬉しそうに、そう告げた。待望の知らせに放心状態になっている私へ、ノクス様が声をかけた。
「ティア。シルフィーは消えたんじゃない。こうして、俺とティアのもとに戻ってきたんだ。」
ノクス様は、私のお腹にそっと手を当てた。妖精のシルフィーはもういないけれど、シルフィーは私の中に戻ってきたのね…。
私とノクス様が抱き合い、喜びを分かち合っていると、ジャスティンが感動的な雰囲気に水を差したの。
「ブッ。殿下、今さら『シルフィー』と呼ぶんすね。番様に名づけてもらった妖精お嬢様のことが羨ましいからって、散々『シルフ』と呼んできたのに。」
「ノクス様が、『シルフィー』と呼ばなかったのは嫉妬していたからだったのですか??」
「いや、違う。ただ単に、呼びやすいからだ。」
ノクス様の顔を覗き込むと、彼はなんともバツの悪そうな表情をしていたわ。これは…。ジャスティンの指摘は当たっているようね。
そんな番バカなノクス様は、妊娠中の私を甲斐甲斐しく世話してくれたわ。それから。念のため、改良した魔道具でお腹の子の竜気を抑えるよう言ったり、念には念をと、ドラクロスへ行くのも、竜人や竜との接触も禁止されたの。
これはもう、念のためではなく、厳戒態勢よ。
そのおかげで数ヶ月後、私は無事に出産することができたの。元気な男の子をね。
「シルフィーの生まれ変わりなら、女の子が産まれると思っていたわ。」
「妖精お嬢様が最後に会いに行ったのは、ミゲル坊ちゃんでしたからね。坊ちゃんの魂を連れてきたんじゃないっすか?」
「それって、この子はミゲルの生まれ変わりってこと??」
「わからないっすけど。その可能性もあるっすよね。」
「ジャスティン!!何食わぬ顔で出産に立ち会おうとするな!ティアの出産は、まだ終わってないんだからな!?」
産声を聞いて部屋に入ってきたジャスティンを、ノクス様が追い出した。そう、私は男の子を産んだのだけれど、じつは私のお腹にはもう一人赤ちゃんがいたのよ。
「今から産まれてくるのが、シルフィーの生まれ変わりなのかしら?だとしたら、姉と弟の順番が入れ替わっちゃったのね。」
「ティア。確かにこの子たちは、生まれ変わりかもしれないが、新たな生を授かったのだから、前世と比較するのは止めよう。」
「そうですね。前世の記憶を持っていても、私がルナティアであるように、この子たちにも新しい人生が待っているのですね。」
『ブッハハハ。殿下は、番様がミゲル坊ちゃんや妖精お嬢様の面影を追い求め、思いを馳せるのが嫌なんすよ。まぁ。お子様たちが前世の記憶を持ち、番様と思い出を共有するのも、記憶がなく、番様との新たな思い出をつくっていくのも、どっちにしろおもしろくないんだと思うっすけど。』
「ジャスティン!!」
ノクス様が、ドアの向こうにいるジャスティンへ怒鳴っていると…。
「お二人目は、女の子ですぞ。お嬢様、双子の出産、大変でしたな。お疲れ様でございます。」
「先生、こちらこそありがとう。元気に、生まれてきてくれたわ。」
医師にお礼を言い、産まれたばかりの二人へも感謝の気持ちを伝えた。
「二人とも、無事に生まれてきてくれて、ありがとう。」
私が双子の頬へ唇を寄せていると、ジャスティンが部屋へ入ってきた。
「いやぁ、先生。番様は見た目こそ変わらないっすけど、もう、『お嬢様』っていう年じゃないっすからね。でもまぁ、奥様とか夫人呼びもしっくりこないんすよねぇ。」
「お前、懲りずにまた入ってきたのか。」
「どれどれ?下の子は女の子だったんすよね?」
ノクス様に嫌味を言われても全く気にせず、ジャスティンは産まれたばかりの女の子をのぞき込んだ。
そしたら━━。
ジャスティンが胸を押さえて、膝をついたの。突然の出来事に、私もノクス様も呆然としてしまったわ。
「おいっ、ジャスティン!!その悪ふざけ、たちが悪過ぎるぞ!?」
「…うわぁ。マジすか。まさか殿下を、『お義父様』と呼ぶ日が来るなんて…。」
「やめろ!?絶対に、呼ぶなよ!」
私はついに、何十年も前から待ち続けていた、ジャスティンが番と出逢う瞬間に立ち会うことができたの。だけどまさか…。
本人も、『まさか』と言っているように、ジャスティンの番はまさかまさかの、私とノクス様の娘だったのよ。
(え?いつの日か、ジャスティンから『お義母様』と呼ばれる日が来るってこと??)
『こんな義理の息子いらない!?』
私とノクス様の声が部屋に響くと、産まれたばかりの双子は目をパチクリさせている。
━━おわり━━
最終話になります。
お読みいただき、ありがとうございました(*ᴗ ᴗ)⁾⁾
いつか番外編を書くかも…。




