#22 いたずらな妖精
私を呼ぶ声のする方へ進んでいくと、真っ白だった視界が一変して、見渡す限りの花畑が現れた。見たことのない多彩な花が咲き乱れ、花々のまわりを妖精たちが飛び交っているの。その幻想的な光景に、夢でも見ている気分だった。
そして私は、数え切れないほどの妖精たちがいる中から、迷うことなく私を呼んでいた声の主を見つけた。
(うん…。本当に、夢なのかもしれない。)
だって…。あの子に会えるなんて…。
この妖精に心を奪われた私は、手招きする妖精の方へついていき、どんどん森の奥深くへと入っていった。
「ティア!!」
私の意識はすっかりあの妖精へ惹きつけられていて、ノクス様に肩を掴まれても、彼の方へ視線を向けることはなかった。妖精の声だけが聞こえ、ノクス様の声は耳に入らない状態の私は、彼の手を振り切ると再び歩きはじめたの。
(あの子が呼んでる…。)
妖精の声に導かれるままに歩き続けていた私は、後ろから飛んできた魔力の塊を察知し、我に返った。
「やめろ。ティアを惑わせて、どこへ連れていく気だ!?」
まわりを見回すと、ノクス様が妖精に剣を向けているのが目に映り、私は考えるより先に剣を抜いて、ノクス様の前に立ち塞がっていた。
先程の魔力の塊は、ノクス様が放った斬新だったの。私がドワーフに頼んで、ノクス様のためにつくってもらった剣で、妖精に攻撃したのよ。
「ティア…??」
私がなぜ妖精を庇うのかわからず、ノクス様は困惑している。私はこの妖精を守るため、ノクス様へ剣を振りかざした。
そして。刃を交えた瞬間、ノクス様の剣に違和感を覚えたの。
(一撃が重い…。)
これまで何度お願いしても、彼は手加減していたのに、今のノクス様は力を出し惜しみしていなかった。
私が放つ斬新をノクス様は剣で受け止め、私も彼の放つ斬新を受け止めた。刃が交わると、剣に纏わせた互いの魔力が火花のように弾け飛んだ。火花が散る度に、妖精たちから歓声が上がり、ジャスティンのひとり言も聞こえてきた。
「これ、大丈夫っすか??妖精の国が、ドワーフの国の二の舞にならなきゃいいっすけど…。」
私の意識は今、念願だったノクス様との全力での手合わせに集中している。彼からのビリビリする一撃一撃に、私は心を弾ませ、刃を交えているノクス様も笑っているの。私たちが夢中になって手合わせしていると━━。
「やっぱり、パパなんか大きらい!いつもいつも、ママをひとり占めするんだもん。」
怒った妖精が突風を発生させ、花や葉が巻き上げられ、他の妖精たちは楽しそうな悲鳴を上げながら逃げていった。
「『パパ』って、殿下のことっすか!?殿下、こんなに"小さな"お子様がいたんすか。こんなに小さな、手のひらサイズの坊っちゃんがいたなんて、自分、知らなかったっすよ。」
茶化すようにジャスティンが言うと、妖精はもっと怒ってしまい、ジャスティンの頭に乗って髪の毛を引っ張りはじめた。
「このキツネは、もっときらい!!いつもいつも、ママを連れていくから!」
「いや。自分、キツネじゃないんすけど!?ちょっとそれ、地味に痛いっす!」
ブチブチと髪の毛を抜かれるジャスティンは、両手で妖精を包み込み、頭から下ろした。
金色のゆるふわベリーショートに、満月のような金眼、蝶のようなキラキラした羽を持った、手のひらほどの大きさの妖精は、ジャスティンの手の中でぷんすか怒りながらジタバタしている。
「ジャスティン、乱暴はしないでちょうだいね。それと、その子は女の子よ。」
「女の子っすか。それは失礼しました、お嬢様。ところで、妖精に性別の概念ってあるんすか??」
ジャスティンは、この妖精の存在をすんなり受け入れているようだった。対照的に、ノクス様は当惑の色を見せている。
「この子に手を上げるのは、ノクス様であろうと許しませんからね。」
「ティア。この妖精が言う、『パパ』に『ママ』というのはどういうことなんだ…?」
「パパ、邪魔しないでよ!!もう少しで、ママが、私のところに来てくれそうだったのに!パパは、いつもいつもママをひとり占めしてずるい!!今回は、私がママをひとり占めするんだから!」
「ごめんね!?ママとパパばっかり仲良く遊んで、寂しかったのよね。」
妖精のもとへ駆け寄り、ジャスティンの手から私の手へ移動させ、頬ずりをした。妖精が怒っているのは、私がこの子の呼びかけを無視して、ノクス様との手合わせに夢中になってしまったから。
「ママは、私と妖精の森で暮らすの!!」
「ここは妖精の森なの??私を呼んでいたのは、一緒に暮らすためだったのね。」
「うん。だけど、ママだけ呼んだのに、パパとキツネまでついてきちゃった。二人は、幻惑の森でずっと迷ってたらよかったのに!」
「うわぁ。あの霧の森、幻惑の森だったんすか。あんななにもない、真っ白な森の中をさまようのはごめんっすよ。しかも、殿下と二人で。」
「なによ。いっつも、いっつも、二人で一緒にいるくせに!!」
「なんで知ってるんすか??見てたんすか??」
ジャスティンと妖精のやり取りを見ていると、ノクス様が恐る恐る尋ねてきた。
「ティア、その子は…。」
「わかりませんか??この子は、パトリシアのお腹の中にいた子なんですよ。」
私を呼ぶ声は、『ママ』と呼ぶ、この子の声だったの。
「この妖精が、産まれることなく亡くなった、あのときの子だというのか…?」
「パパに信じてもらわなくたっていいもん。ママと私が死んじゃったときも、ママのことしか頭の中になかったの知ってるんだからね!?私だって、パパのことなんかどうでもいいもんね!」
「ごめんね。番バカなパパで。私はね、何度も考えていたの。あのときお腹にいた子が生きていたら、どんな子になったんだろうって…。」
「あははっ。間違いなく、父と娘で、番様を取り合ってたと思うっす。今みたいに。」
「ジャスティン!」
「キツネは黙っててよ!!」
笑われたことが気に入らない二人が、息をぴったり合わせてジャスティンを呼んだため、ジャスティンは余計に笑っているわ。
「いやぁ。お二人は、似た者父娘っすね。」
『似てない!!』
「ほら!そっくりじゃないっすか。あとは、番様を好き過ぎるところも似てるっす。」
ジャスティンに似てると指摘された二人は、不服そうにお互いの顔を見合わせているわ。
「それに、『いつもいつも』と言うからには、妖精お嬢様は、いつもこちらの様子を見ていたんすよね?隠れて様子をうかがうところも、殿下そっくりじゃないっすか。殿下も、番様のご家族に対してつきまとい…、陰ながら見守ってきましたもんね。」
うん。私も、『似てない!』と声をそろえる二人の姿はよく似てると思ったわ。
「俺は、つきまといなんてしていない。」
「私だって、つきまとってないもん!パパと違って!!」
「ならば、どうやって俺たちをここへ連れてきたんだ?俺たちの行動を監視していたから、この森へ誘導できたのではないのか??」
「パパとキツネは招待してない!」
「そうか。だが、ティアは俺とともに生きるから、妖精の森では暮らさないからな。」
「ママは、私と一緒にいるの!パパは、いつもいつもママを守れないでしょ!?」
「一体いつから俺たちを監視していたんだ?」
「ずっとずっと前から見てたんだよ!!」
「ずっと前からと言うが、これまではただ見ているだけだったんだろう?それが、今になって姿を見せたのはなぜなんた?」
妖精はノクス様へ背中を向けると、私に尋ねてきた。
「ママは、本当にパパと一緒にいたいの??ママが妖精の森に入れたのは、ママが私に会いたいと心から願ったからなんだよ!?」
(私が、この子に会いたいと願っていた…?)
確かに私は、命をかけてでもノクス様の子どもがほしいと思っていた。子どもへ対する執着は、自分でも止められなくなって、今まさに、避妊魔法の解除法を教えてもらうためにエルフの里へ向かっているところだもの。
"ノクス様の子どもに会いたい"
その想いが、私を妖精の森へと導いたというの?
そういえば、ミリアーナ様の手紙を読んでから、パトリシアが産むことができなかったお腹の子に対して罪悪感が大きくなって、思いを馳せる時間が増えていったわ。
「うん、そうね。ずっと、あなたに会いたいと思っていたわ。」
私たちが微笑み合っていると、ジャスティンが会話に割って入ってきた。
「妖精が人前に姿を見せるためには、なにかしら条件があるってことっすね。ところで、妖精お嬢様。自分を、『キツネ』と呼ぶのは、何代目の番様の影響なんっすか?」
「ちょっと、空気を読んでよね!?それ、今じゃなくてもよくない??」
「確かに、心底どうでもいい問いだな。お前がキツネと呼ばれようが、犬と呼ばれようが、どうだっていいからな。」
「私もそう思うわ。」
「お二人とも、ひどいっす。」
私とノクス様は、興味がないと一蹴したけれど、この子はジャスティンから尋ねられた質問の意味がわからないようで、首を傾げているの。
その様子を見て、私は、ずっと抱いていた疑問を尋ねてみた。
「ねぇ…。私をママと呼んでくれているけれど、あなたをお腹の中で育てていたのは私じゃないのよ?」
「ママはママでしょう?」
「パトリシアの髪は金色で、私は銀色。シエラもシャルロッテもヴィオラも、髪や瞳の色、顔が違かったでしょう?」
「ママは、ママだもん…。」
「うん…。私も自然に自分のことを、『ママ』って呼んでいたんだけど…。あなたをお腹に宿したのは、私じゃなくて、パトリシアなのよね…。」
私の話は、この子を混乱させてしまって、その悲しそうな顔に、胸が締めつけられるの…。でもね、私自身も混乱しているのよ。私と番たちは同じ人物なのか、ずっと考えてきたけれど、その答えがわからないから…。だからこの子に、『ママ』と呼ばれるとね、パトリシアに対して申し訳ない気持ちになってしまうの。
「困らせちゃって、ごめんね…。」
「番様は以前、『私は私』だと、迷うことなく言い切ってたっすよね?今になって、迷ってるんすか?」
前世の記憶を思い出した私は、ジャスティンから何代目の番なのかと問われ、私は私だと言い切ってやったの。記憶を取り戻したからって、私は別の人物になったわけじゃないもの。
でも今は、私は私だと言い切れなくなってしまったわ…。
ここ最近、私の心を乱しているのが、何番目の番の自我が一番強いのかという意味で聞かれた、ジャスティンからのあの問いだった。
「そうね。迷いがあるわ。今、私の中にはあるのは、私の意思だけじゃないもの。記憶が戻ってから、時間が経つほどに、番たちの感情と記憶が混ざり合っていったから。」
「ママは…、私のママだよね??」
「そうだな。名前に、髪や瞳の色、声や、姿形の違いなんて些細なことなんだ。俺にとって、番は番であるように、この子にとって、母は母なんだろう。」
この子は、私のせいで顔を曇らせていたけれど、ノクス様の説明を聞いたら、顔をパァッと明るくさせ、うんうんと頷いている。
「きっとお二人には、番様を特定する感知能力があるんすよ。思考回路も同じようですし、やっぱり、似た者父娘っすね。」
「感知能力…?二人には、私たちがどんなふうに見えているのかしら…。」
まさか、私たちの見た目の違いがわからないってことはないわよね?
「それで?竜人と人間の子どもとして命を授かったはずのお前が、どういった経緯で妖精になったんだ?」
「ねぇ、ノクス様?私たちの子どもに向かって、『お前』はないでしょう??」
「うふふっ。パパ、怒られてる。」
「風を操る妖精だから、『シルフィー』と呼びましょう。ねぇ、シルフィー?」
私に叱られるノクス様を見て、私の手のひらの上でクスクスと笑っていたシルフィーは、名前を呼ばれると太陽みたいな笑顔を見せた。
「私、シルフィー!?」
嬉しそうに自分の名前を呼ぶシルフィーを見て、温かい気持ちになる反面、ずっと名前をつけてあげられなかったことに気が咎めた。
シルフィーは、自分が妖精になったときから、これまでのことを話してくれた。
「ママは死んじゃうときに、お腹の子を助けてってお願いしたでしょう?私ね、気づいたらこの姿で、妖精の森にいたの。」
お腹の子を助けたいという、パトリシアの最期の強い願いが、シルフィーを妖精の姿に変えたのかしら。
「ママのいない世界には興味がなくて、しばらくこの森で暮らしてたんだけどね、ママが生まれてくるのを感じて会いに行ったの。ママに、私の声は届いてなかったけど、私ずっとずっとね、話しかけてたんだよ。」
「そうだったのね。話しかけてくれていたのに、気づいてあげられなくて、ごめんね…。」
「ママが子どもの頃に、階段から落ちたときも、『大丈夫!?』って大きな声で言ってたんだよ。あの事故を防げてたら、ママは足をケガしなくてすんだのに。防げなくて、ごめんなさい…。あの頃は、まだうまく風を操れなかったの。」
「あれはシルフィーのせいじゃないわ。でも。あのとき感じた風は、シルフィーが起こしたものだったのね。転げ落ちる私の体を浮かせてくれたのでしょう?」
コクンと頷いたシルフィーに、お礼を伝える。
「ありがとう。シルフィーがいなかったら、もっと大きなケガをしていたと思うわ。」
「でも車椅子じゃなかったら、あんな最期にはならなかったでしょ??」
「罰が当たったのかしらね。階段から落ちたせいで足が不自由になった私が、階段から落ちたふりなんてしたから…。」
「だけどママは、頑張って噴水のところまで歩いて、パパのこと忘れたくないってお願いしたでしょう?だから私ね、パパの鱗を預かってあげたの。それで、赤ちゃんになったママの手に握らせて、記憶もそのままにしたんだよ。」
「えっ!シエラが最期に握っていたノクス様の鱗を、シャルロッテが生まれたときに握っていたのは、シルフィーがやったことだったの!?」
シエラが最期の瞬間に握っていたノクス様の鱗を、シャルロッテが生まれたときに握っていたことを不思議だと思っていたけれど…。あれは、シルフィーのしたことだったみたい。




