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はなしてあげられない・わかれてあげられない  作者: IROKA


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21/25

#21 私を呼ぶ声

慌ただしくドラクロスをあとにし、空を飛ぶ竜車の中で私は忘れ物をしたことに気づいたの。それは、ノクス様の私室にある日記と報告書を処分できなかったことよ。保管されている棚にかけられている防衛魔法が強化されていたせいで、解除できなかったの。


ヘイスティングズへ帰還した私は、副団長としての日常へ戻った。

魔の森の巡回、魔物の討伐、他国への救援。それから、戦闘の際にうっかり壊してしまったものの修復作業。うちの騎士団は、相変わらず戦闘に集中するとまわりが見えなくなってしまうため、過失を犯している。

だけど、財源に頭を悩ませることはなくなったのよ。服を着脱する、あの魔道具が売れに売れているから。セルリアンの協力を得て、それぞれの種族の特性に合わせて魔道具をつくっていて、現在進行中で注文が殺到しているわ。

これまで報酬より高くつく賠償金に涙していたけど、これでお金の心配はしなくてよくなった。そう胸を張っていたら、兄とフレデリック様からお叱りの言葉をいただいたの。

「ルナ。金があるからといって、建物や土地を破壊してもいいということにはならないだろ??わかるよな?」

「…はい。」

「残念ながら、ウィリアーズ副団長からは、過失をなくそうという努力が見られないんだよ。このままでは、兄の騎士団の存続は厳しいと心に留めておくように。」

「…はい。」

20歳になったのに叱られるって、精神的に結構キツイのね。しかもフレデリック様のお言葉は、ただのプレッシャーではなかったの。

フレデリック様が国王代理を辞めるとおっしゃったため、グレゴリオ様は団長の座を退き、国王陛下としての務めに専念することになった。それに伴ない、うちの騎士団に変化が生じたわ。副団長は変わらず私が務め、グレゴリオ様の代わりに新たにディグリファイドが団長に就いた。


それは、ドラクロスから、ミリアーナ様が双子を出産したという知らせが届いた頃のことだった。


新体制での活動をスタートさせた我が騎士団は、過失をなくそうとみんなで頑張っている。頑張ってはいるのだけれど…。うちの団員たちは、そんなに簡単に変われなかった。

そのせいかグレゴリオ様が抜けたあとも、国民からは変わらず、『ゴリラ騎士団』と呼ばれ続けているわ。



━━━ときは流れ。

私は救援先を訪れる度に、その国に暮らす人間と他種族の夫婦に話を聞いてまわっていた。今も、ノクス様との子どもを諦めていないから。

そして。とある国で、竜人と人間の番と出逢ったの。私とノクス様以外にも、竜人と人間の番がいたのよ。その夫婦は、夫が人間で、奥さんが竜人なの。それでね。この二人の間には、子どもがいるのよ!?母親が人間だと、母体が胎児の竜気にたえられないけれど、母親が竜人だと子を産むことができるの。

結局、人間の私が竜気にたえられない現実には変わりはないのだけれどね。それでも、人間と竜人の間に子をなせる事実は、私にとって希望の光になったの。

「ノクス様。人間と竜人の間にも子がなせるのですよ!?」

「だがそれは、母親が竜人だからだろう?パトリシアも子を身ごもることはできたが、出産には至らなかったじゃないか。胎児の竜気に母体がたえられないという問題の解決策は、依然として見つけられないままだ…。」

「それはそうなんですけど…。」

私たちが、子どもについて話していると、ジャスティンが首をひねりながら尋ねてきた。

「人間は竜気にたえられないって話は、お二人から何度も聞かされたっすけど、番様って本当に人間なんすか??」

「もう!それって笑いのネタでしょう??私が人間からも、竜人からも人間だと思われてないってやつ!!」

「いやぁ、だって。番様、10年前となんにも変わってないっすからね。」

「なによ。ジャスティンだって、変わってないじゃない。」

「そりゃあ、自分は竜人っすからね。身近にいる人たちをよく見てみるといいっすよ。この10年で変わらないのは、殿下とセルリアンと自分。あと番様くらいっす。」

「ねぇ、ノクス様もそう思いますか?」

自分ではよくわからなくて、ノクス様へ尋ねてみたら、ジャスティンが遮った。

「殿下に聞いても意味ないっすよ。たとえ、番様が年を取って動きが鈍くなったり、シワやシミができたりしたとしても、『変わらない』って言うに決まってるっすから。」

「ジャスティン!!」

ノクス様が、ジャスティンの口を叩いた。

うん。このやり取りも、変わらないわね。


ジャスティンに言われてから、家族、団員たち、愛馬のルナピエーナを観察したわ。

父は近衛騎士団の団長の座を退き、今は後進の育成に力を入れている。兄は、グレゴリオ様が国王の務めに専念するようになったため、フレデリック様の雑用係から解放され、騎士団に戻ることができた。母は、少し食が細くなったけど元気に暮らしいるわ。ルナピエーナは…、きっともう長くない。私は今、ルナピエーナとエジャートンから譲り受けた馬との間に生まれた馬に乗っている。それから、うちの団員たちは大半が既婚者になり、退団した者も多くいる。ディグ二ファイドは団長の役職が板につき、今や立派な私の上司よ。いまだに結婚はしていないけれど…。

この10年でみんなには、なにかしらの変化が見られる。そんな中、ノクス様とジャスティン、セルリアンの容姿は変わらない。そしてそれは、30歳になった私にも言えることだった。

「私が普通の人間ではないのだとしたら、ノクス様の子どもを産めるのではないかしら?」

「確かに、この10年での変化がティアには見られない。だからといって、竜気に耐性がついたとは言えないだろ?」

「そう、ですね。むしろ、耐性はなくなっているかもしれません…。ノクス様以外の竜気には触れないよう、徹底していましたから。」

「ジャスティン。お前、中途半端に期待させるようなことを言うんじゃない。ティアが子どもを産むと言い出したら、責任を持って説得してもらうからな。」

「確かに、出産の保証はできないっす。だからまずは、安全に出産する方法を見つけるのが先っすよね。子づくりはそれからっす。」

ジャスティンの意見に、私とノクス様は頷いた。

「だけど。たとえ、解決方法が見つかっても、避妊魔法の解除の仕方がわからないのよね。セルリアンに教えてもらえたら簡単なんだけど、彼は今、旅に出てるから。」

エルフの里の外の世界に興味を持っているセルリアンは、魔道具の受注数が落ち着いた頃、旅に出たの。

『ちょっと行ってくる。』

そう言って。

「まぁ、そのうち戻って来るだろう。」

「ええ、そうですね。」

このときの私は、深く考えずにノクス様の言葉に相槌を打っていた。帰ってきたら、解除法を教えてもらえばいいって…。だけど、セルリアンは何年待っても帰ってこなかった。

私は、セルリアンがエルフだということを失念していたのよ……。


セルリアンを待ち続けて、10年が過ぎた。

「ねぇ、ノクス様。竜人のあなたにとって、"ちょっと"ってどれくらいの期間ですか?」

「セルリアンのことを言ってるのか?確かに、竜人やエルフにとっての"ちょっと"は、人間の感覚とはだいぶ違うだろうな。」

「私、これ以上セルリアンを待てません。エルフの里に行って、他のエルフに解除法を教えてもらいましょう。」

「ティア、突然どうしたんだ?ティアが俺の子を安全に産める方法は、まだ見つかっていないんだぞ?それなのにエルフの里へ行ってまで、避妊魔法の解除法を聞こうとするなんて。もしかして、皇后陛下からの手紙に何か書いてあったのか?」

「ミリアーナ様の手紙は関係ありません。…だって。私、もう40になったんですよ?」

ノクス様には、ミリアーナ様からの手紙は関係ないと言ったけど、それは嘘なの…。

先日届いたミリアーナ様からの手紙には、種族が違うと繁殖の仕様も違うようだと書いてあった。人間の私が、竜人のノクス様の子どもを出産するのが難しいように、ミリアーナ様もまた、双子のお子様を産んで以降、子どもを授からないことに悩んでいるの。子だくさんの家庭が多いうさぎ獣人とは対照的に、竜人が生涯に産む子どもの数は1〜2人と少ない。うさぎのミリアーナ様の繁殖力が強くても、繁殖が難しい竜人の子を身ごもることは、この先ないのかもしれない。

ミリアーナ様の手紙を読んで、その仮設を立てた私は、罪悪感と絶望感に襲われた。

竜人の繁殖が難しいのなら、パトリシアがノクス様の子を授かったのは奇跡のようなことだったのではない?そして。その奇跡をなくしてしまった私には、もう二度と彼の子を授かる機会は訪れないかもしれない…。そんな不安に駆られたら、"命をかけてでもノクス様の子を産みたい"という願望が抑えきれなくなってしまったの。

エルフの里へ行きたいとお願いすると、私に甘いノクス様は、違和感を抱きながらも一緒にエルフの里へ行くと言ってくれたわ。

ノクス様に、私の願望を知られないようにしないと。私の願望を知ったら、いくら番に弱いノクス様でも絶対に止めるから。

「あのぅ。お二人が深刻そうな雰囲気の中こんなこと言うのは、申し訳ないんすけど…。」

ジャスティンの言葉と態度はバラバラで、全然、申し訳なさそうに見えないわ。

「番様、そろそろ認めたらどうっすか??ご自分が、普通の人間じゃないってことを。」

ジャスティンのせいで、私の一大決心が台無しよ。

「また、私が人間じゃないって話??」

「番様は、毎日鏡でご自分の姿を見てて違和感とかないんすか?この20年、お姿が変わってないじゃないっすか。」

「変わらないとは、よく言われるわ…。だけど、人間じゃないなら、私はなんなの??」

「それは、自分にはわからないっすよ。けど、番様の時間の感覚って、人間より、竜人やエルフに近いんすよね。大雑把っすもん。」

ジャスティンの指摘には、心当たりがあった。ノクス様と出逢ってから、時の流れに対して鈍感になっている自覚があるから。はじめは、人間の私と竜人のノクス様がともに過ごせる時間は限られているとあんなにも不安になっていたのにね。ノクス様と私の見た目が変わらないせいか、次第に時間が過ぎていくことに焦りがなくなり、悠長に構えているもの。

そんな、普段は時間に無頓着な私は、ミリアーナ様の手紙を読んでから、子どものことで不安になったの。セルリアンを待ち続けて10年が経ち、私は40歳を超えた。人間の私が竜人の子を産む方法も見つけられず、年齢的にも子どもを授かるのが難しくなってきたから…。

年齢を重ね、出産適齢期が過ぎていくことへ不安を抱いたり、年をとった感じがしないため、まだ子どもを望めると楽観視したり…。この矛盾する自分自身に戸惑い、私の心はかき乱れていた。

このときにはすでに、私は自分自身を見失いかけていたのだろう…。


私は、25年務めた副団長を辞任し、騎士団を退団すると、ノクス様とジャスティンとともにエルフの里を目指した。

「数ヶ月前にディグ二ファイドが団長を退いて、今度は副団長の私まで辞めちゃったから、残った団員たちのことが心配だわ。」

「彼らは大丈夫っすよ。なんてったって、"さいきょう"の番にしごかれても辞めなかった強者つわものぞろいっすからね。」

「おい。お前の言う、『さいきょう』とはどの意味の"さいきょう"のことだ?」

「殿下、意外と細かいこと気にするっすよね。ドワーフが言うには、殿下と番様は、最凶の中の最恐で最狂の最強な番らしいっすよ。」

「なんだと??さいきょうの中のさいきょうでさいきょう…?」

ノクス様に怒られそうだと察したジャスティンは慌てて話題を変えた。

「いやぁ。独身を貫いていたディグ二ファイドがとうとう結婚っすかぁ。これでやっと、殿下も安心っすね。」

「ディグ二ファイドが結婚するからって、どうしてノクス様が安心するの?」

「わぁ…。番様は相変わらず、ディグ二ファイドに興味ないんすね。やっぱり自分、ディグ二ファイドに同情するっす。」

「ティアは、それでいいんだ。」

ジャスティンは、ディグ二ファイドへの扱いがひどいと言うけど、ノクス様は反対に、それでいいと言う。

ジャスティンから聞いた話では、ディグ二ファイドが結婚しなかったのは、私への想いをを引きずっていたからみたい…。そう。私は、彼に想いを告げられたことをすっかり忘れていたの。

私は全然知らなかったのだけれど、グレゴリオ様やフレデリック様が率先してディグ二ファイドへ結婚相手を紹介してきたらしいの。国王と王弟から勧められるお見合いを断れるわけもなく、ディグ二ファイドは数え切れないほど渋々お見合いしたのだと、ジャスティンが笑っている。

「紹介された相手は全員断って、最終的に自分で相手を見つけたのはディグ二ファイドらしいっすよね。あのお見合いの数々の裏に、殿下が関わってるんじゃないかって勘繰ってたっすから。」

「あいつの相手が誰であろうと構わない。ティア以外ならな。」

「番様を想うことさえ許せないなんて、殿下は心が狭いっすよね。」

ノクス様が、ディグ二ファイドが結婚して安心している理由って…。ディグ二ファイドの心から、私を追い出せたから??

たとえ心の中であろうと私を独占したい、ノクス様の番バカぶりにあきれていると━━。


突然霧が立ち込め、あたり一面真っ白に覆い尽くされた。視界が白くかすみ、方角がわからなくなってしまいあたりを見回していると、私を呼ぶ声が聞こえてきたの。その声を聞いた私は、まるで魅了魔法にでもかけられたかのように、声のする方へいざなわれていった。

あとで聞いた話では、ノクス様とジャスティンが何度も呼び止めていたそうだけど、このとき私の耳には届いていなかったの。


『この子のところに行かなくちゃ。』

その思いだけが、このときの私を支配していた。






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