#20 一石を投じるつもりなんてなかった
みんなから祝福されているルミウス様とミリアーナ様へ羨望の眼差しを向けていると、ジャスティンがお二人がいる場所とは逆の方向を指差した。
「あそこにいるの、人間の子どもっすね。」
そこには、大聖堂を囲む柵の隙間からこっそり結婚式を覗いている子どもがいたわ。
「大変。ノクス様、急いであの子にも結界を張ってあげてください!」
今、大聖堂の周辺には竜気が漂っている。もし、この人間の子どもが竜気に当てられたら命に関わるから、慌ててその子のもとへ駆けつけた。
でもね…。この人間の子は竜気を浴びているのに平然とした様子で、目を輝かせて頭上を飛び交う色とりどりの魔力を眺めているの。ノクス様は、この子に結界を張っていないのに。どうして?
「ねぇ、大丈夫?体が熱くなったり、苦しくなったりしてない!?」
その子はきょとんとした顔で私を見て、『してないよ。』と答え、その返答に私の方もきょとんとしてしまった。
祝福の魔力が飛び交う今と同じ状況で、シャルロッテは竜気に当てられ亡くなったのに、この子は平気そうにしている…。
即位式とこの結婚式の祝福とでは、なにか違いがあるのかしら?屋内と屋外?それとも、竜人以外の種族が多いから、竜気が緩和された?
「じつは自分、気になってたんすけど。番様を守るためだと言って、使用人たちに竜気を抑える魔道具をつけさせてるじゃないすか?けど番様、ダグラー団長との手合わせの際、竜気をもろに浴びてたっすよね??それも、濃いめのやつ。」
「あれは、ダグラー団長が手を抜いていたから平気だったのよ。私を見くびっていたからね!!」
「あっ、意外と根に持ってるんすね。けどダグラー団長は、番様の攻撃が放たれた直後に全力を出してたっすよ。番様の放ったあれ、直撃してたら団長死んでたっすからね。とっさに反応し、回避できたのは、さすが団長っす。」
「ティアの実力を見抜けていたら、あのような醜態を晒さずにすんだのだがな。」
「またまた。あのとき、殿下が一番笑ってたじゃないすか。2代目様が亡くなった、いわくつきの噴水が破壊されたっすからね。」
私が放った斬撃は、訓練場を突き抜け、シエラが亡くなった裏庭の噴水を破壊したのよね。空間認知能力が高いノクス様は、噴水が破壊されたことを把握し、笑っていたの。シエラが亡くなった場所であるあの噴水は、ノクス様にとってトラウマだったから。
(番たちの死因は、『竜気』にあることを突き止めたと思ったのに、違ったの?)
「あぁ!もしかして、竜気が危険なのは人間ではなくて、番様だけなんじゃないすか?ほら、この人間の子どもは平気っぽいっすからね。」
「つまり、竜気に当てられるのは私が人間だからではないということ?」
「そうっす。番様を、たとえ竜気であろうとも他の竜人に触れさせまいという、殿下の独占欲の表れ。いわば、呪いの類っすよ。」
「つまりお前は、俺が番たちを死に追いやったと言うんだな!?俺以外の竜気に触れたから、番たちを呪い殺したのだと。」
「いやいや、ただの例え話っすからね。だから殿下、その殺気をしまってください。」
ジャスティンが冗談で言ったのはわかっているけど、ノクス様なら、私が他の人の竜気を纏うのを嫌がりそうだなと納得してしまったわ。
静かに殺気を放っているノクス様を見ていたら、参列者たちの悲鳴が聞こえてきた。声のする方を見てみると、困惑しているルミウス様と、脱ぎっぱなしのウエディングドレスが置かれていた。そのウエディングドレスからは、うさぎの姿になったミリアーナ様が顔を覗かせ、キョロキョロとまわりを見回している。
(なんだか、見覚えのある光景ね。)
私とノクス様の披露宴でお二人が出逢ったときのことを思い返していると、ミリアーナ様がウエディングドレスから飛び出し、ダダダダッとこちらへ猛ダッシュして来たの。私めがけて大ジャンプしたミリアーナ様を優しくキャッチし、そっと抱きかかえた。
「うんうん。みんなからの祝福に興奮したら、自分の意思じゃないのにうさぎの姿になってしまったのですね。えっ??結婚式なのに失態してしまった?ふふっ。そんなの気にしなくても大丈夫ですよ。こんなことでルミウス様が、ミリアーナ様に小言を言ったりしませんから。」
「番様、うさぎの姿になった皇后様の言葉がわかるんすか?」
「ええ、わかるわよ。私、動物たちと意思疎通できるから。」
「そうだったな。ティアは、うちのドラゴンたちとも会話できるからな。だが…。皇后陛下は、これだけ人がいる中で、なぜティアのもとへ来たんだ?」
ミリアーナ様が私を選んだのはね、日頃の賄賂のおかげなのよ。
「屋敷の敷地から出ないよう言っていたが、まさかティア。俺に隠れて帝城へ来て、皇后陛下と会っていたのか?」
「帝城へは、行ってません。ジャスティンに頼んで、ミリアーナ様へのプレゼントを渡してもらっていたんです。プレゼントといっても、私のつくったお菓子ですけどね。」
お菓子の他に、精力剤もプレゼントしていたことは内緒にしておこう。精力剤の材料を採りに屋敷の敷地を出て、大森林へ行っていたことがバレちゃうから。
「そうか…。あの差し入れは、俺だけにつくってくれたのではないんだな。」
敷地から出ていたことはごまかせたのに、差し入れのお菓子を自分以外にもあげていたことを知ってノクス様がふてくされてしまったわ。ノクス様をなだめていると、ルミウス様がこちらに来た。
「大公妃、私の妻を引き取りましょう。」
ルミウス様は両手を差し出したのだけれど、ミリアーナ様はその手から目をそむけ、私にしがみついて離れたがらなかった。
「うわぁ。番様、悪い顔してるっすよ。」
ミリアーナ様と仲良くなるよう、ジャスティンを通してプレゼントを贈ってきたかいがあったわ。番にそっぽ向かれるのは堪えるらしいから、ミリアーナ様がご自分より私を選んだことは、ルミウス様に大きなダメージを与えたはず。思い描いた結果になったことが嬉しくて、自然と顔に出ちゃったみたい。
興奮状態のミリアーナ様が落ち着くのを待ってからルミウス様の腕の中へ預け、会場の中心へ戻って行くお二人の背中を見守った。ルミウス様が離れて行くと、こらえていた笑いが我慢できなくなり、ニヤニヤが止まらなくなったわ。
「ふふふ。私はこれまで、人間は脆弱だとか、下等な種族だとか、散々バカにされてきましたからね。そうやって、相手を見くびっていると痛い目をみるんですよ。」
「ダグラー団長の二の舞っすね。」
「ええ、そうね。」
ジャスティンと笑っていたら、ルミウス様が振り返ってこちらをにらんできたわ。
「二人とも、陛下の耳がいいことを失念しているわけじゃないよな?それとも兄に聞こえるよう、わざと話しているのか?」
息をそろえ、笑ってごまかす私たちを見て、ノクス様はため息を吐いていた。
ルミウス様とミリアーナ様がハネムーン旅行へ行っている間、ノクス様が竜帝代理としてドラクロスの留守を預かることになっている。私は、身の安全のため帝城へは近づけないから、これまで同様大公邸内で過ごすわ。
帰宅したノクス様は、『フレデリック殿の心労が理解できたよ。』と、国王で兄のグレゴリオ様に仕事を押しつけられている、フレデリック様の苦労に共感していた。ジャスティンは、『あの国王団長は自由っすもんね。』と、笑っていたわ。
そうそう、ジャスティンを巡っては、一悶着あったのよね。ハネムーンへついて行くよう、ノクス様が提案したのに対して、ルミウス様はついて来なくていいと却下したの。つまりね、お二人でジャスティンを押しつけ合ったのよ。それも本人の目の前でね。
それでもジャスティンは、『そんなに邪険にすることないじゃないすかぁ。』と言いながらも笑顔だったわ。
国の留守を預かりはじめて数日後。
帝城から戻ったジャスティンから、おかしな話を聞かされたの。ドラクロスの人々の中には、ノクス様を竜帝に望む者たちが少なからずいるそうよ。ノクス様は国で一番強いお方だから、"力こそすべて"という竜人の気質を考えれば理解できるわ。
だけどね、私を支持する者たちも一定数いるらしいのよ。
「私に竜帝になって欲しいの??それって、おかしいじゃない。人間を下等な種族呼ばわりする竜人が、人間の下につくなんて想像できないわ。」
「ですから、一定数っすよ。ほら番様、ダグラー団長と手合わせしたあと、ドラゴンを従えてたじゃないすか。大昔の竜帝はドラゴンと会話ができ、従えていたと言い伝えられているんで、伝承を重んじる者たちは、番様こそ竜帝に相応しいのではと言ってるっす。ちなみに番様、人間だと思われてないっすからね。」
「ちょっと、それどういうこと!?人間じゃないなら、なんだと思われてるのよ??」
「そこまでは知らないっす。それと番様の、『竜人は竜と人が交わってるから純血じゃない。』って言葉に心打たれた混血たちもいるっすよ。あと、『竜と人が交わるって、どうやって??』と首を傾げた番様の言動に、笑いのツボを突かれた者たちもいたんす。」
私の発言は、純血の竜人至上主義であるドラクロスの人たちへ一石を投じたの。投じるつもりなんてまったくなかったのに…。
しかも。あのとき訓練場でブラックドラゴンのセルシオを見て、口にしたつぶやきを聞かれていたなんて…。でも、そうよね。竜人たちは耳がいいのだから、あんな小さなひとり言さえも聞かれてしまうんだわ。人間の中で暮らしてる感覚でいたらダメなのね。
そういえばうちの団員たちは、耳がよくて、動物たちと意思疎通できる私のことを人間離れしてるって言っていたわね。
(…あれ??私って、竜人からも人間からも、人間だと思われてない??)
ノクス様から、私の背中に鱗があると言われたのを思い出したら、"私って、本当に人間じゃないのかもしれない。"と思ってしまったわ。
そんなバカなことを考えていた私は、ジャスティンの言葉で我に返った。
「対抗勢力ができたと報告したら、陛下は慌ててハネムーンから帰ってくるっすかね?」
「そんな報告しちゃダメよ!ルミウス様が、竜帝の座をノクス様へ譲ると言い出したら面倒じゃない。」
「番様は、殿下を竜帝にしたいんだと思ってたっす。陛下へ向かって、引きずり下ろすと啖呵を切ってたっすよね??」
「あれは、ただの脅し…冗談よ。ミリアーナ様と出逢った今、そんなこと言ったら、嬉々として譲ってきそうだわ。だって、先代の竜帝陛下は番といる時間が欲しくて、当時皇太子だったルミウス様へ竜帝の座を押しつけたのでしょう?その血を引くルミウス様も同類だと思うの。もちろん、ノクス様もよ。」
「そうだな。俺は、竜帝になどなりたくはない。代理の今でさえ、ティアと過ごす時間が少ないのだからな。兄は、皇后陛下と出逢う前は、番に魅了された俺や父のことを冷めた目で見ていたが、ハネムーンから戻ったら、俺に竜帝になれと言い出しそうだ。」
「双子のノクス様が言うのだから、本当にそうなりそうだわ。ねぇ、ノクス様。お二人が戻られたら、余計なことを言われる前にヘイスティングズへ帰りましょう。」
私たちが帰国の相談をしていると、ジャスティンはつまらないと嘆いていた。
「みんな、竜帝の座をめぐって陛下と殿下が戦うのを見たいんすよ。」
「それは不毛な戦いになりそうだな。俺もルミウスも、わざと負けて竜帝の座を押しつけたいのだから。」
「んじゃー、負けた方が竜帝って条件にすればいいんじゃないすか?そしたら、お二人とも本気を出すっすよね。」
「弱い方が竜帝って、うちの国民が納得するわけないだろ。って…。ティア??ずいぶんと目を輝やかせているな。」
二人の会話を聞いて興奮しているのを、ノクス様に気づかれてしまった。
「まさかティアまで、俺とルミウスの戦いを見たいと思ってるんじゃないよな?」
ノクス様に指摘され、ドキッとしてしまう。ノクス様とルミウス様が戦ったら、どんな戦いになるのだろうと想像したらワクワクしちゃったんだもの。
「だけど。戦うと言っても、手合わせでは強さを証明できないと思うんです。ノクス様の強さと、ルミウス様の強さは違う種類ですからね。ノクス様の強さは純粋な力ですが、腹黒いルミウス様の強みは、戦略や計略、奸計ですから。」
「あっはっはっ!番様が腹黒いと言ってたと、今日の陛下への報告書に書いてもいいすか!?」
「うふふ。ダメに決まってるでしょ?」
ジャスティンは、ルミウス様がハネムーン旅行中でも欠かさず報告書を送っているの。だから、その報告書に余計なことを書かないよう釘を刺しておいた。
数週間後。
ハネムーンから戻られたお二人へ挨拶するため、私は久しぶりに帝城を訪れた。隣にはノクス様がぴったり寄り添っていて、私のまわりには結界も張られている。
そして。ルミウス様への留守中の引き継ぎを終えると、誰かが余計なことを言い出す前に、私たちは急いで帝城をあとにした。
「なんか、夜逃げみたいっすね。」
「ちょっと。せめて、駆け落ちって言ってよ。」
私とノクス様が乗ったキャビンをジャスティンに運んでもらい、私たちはヘイスティングズへと帰国した。




