#19 ないものねだり
ハネムーンから帰ってきて数週間が過ぎ、日常生活を送る私たちのもとに手紙が届いた。
送り主はルミウス様で、ノクス様へ帰国を促すものだった。婚約を飛ばしてミリアーナ様との結婚が決まり、式の準備に追われ、仕事が滞っているから手伝って欲しいそうよ。
「陛下は、何をしているんだ?式の準備など使用人に任せておけばいいだろう。」
「あはは。陛下はごまかしてるんすよ。ありのままを手紙には書けないっすからね。」
「あら。主を笑うなんて、しつけのなってない犬ね。」
事情を把握しているジャスティンは、主のことを笑っている。
「お二人だって話を聞いたら絶対笑うっすよ。」
「なら、勿体振らずに話せばいいだろ。」
「陛下は番様に振り回されてるらしいっす。番様はすでに帝城で暮らしてるんすけど、うさぎの姿で陛下のいる執務室まで猛ダッシュし、陛下に飛びつくと人の姿に戻って誘惑するらしいっす。そのおかげで、陛下は抗えず仕事にならないそうっすよ。」
「誘惑に抗えないだと?あのルミウスが??」
「そうっす。あの堅物の陛下が、うさぎの性欲の強さに為す術なく流されてるんすよ。やっぱり、血筋なんすね。先代の竜帝陛下も、番様には頭が上がらなかったっすからね。」
「血筋だと言うなら、俺もその血筋なんだが??」
「もちろん、殿下もっすよ。」
先代の竜帝であるノクス様とルミウス様のお父様は、『番と片時も離れたくない。』とおっしゃって、ルミウス様へ竜帝の座を押しつける形で譲位したの。それでご夫婦で旅に出たっきり、そのまま一度も帰ってこないらしいのよね…。弟のノクス様もまた、国よりも番である私を選んだため、ルミウス様は、そんな番バカな父親と弟にあきれ返っていたのよ。これまでは、ね。
「番の惹かれ合う力ってすごいのね。あのルミウス様が、女性に夢中になるのだから。これはやっぱり、番と出逢ったらジャスティンがどう変わるのかも見てみたいわね。」
「うわっ。矛先がこっちに来たっす。」
そうして私は、再びドラクロスへ行くことになったの。
騎士団のみんなからは、『せっかく逃げてきたのに?』と、正気を疑われたわ。特にディグ二ファイドからは、何度も行かない方がいいと止められた。みんなが心配する中、グレゴリオ様だけはご自分も行きたいとおっしゃっていたわね。
人間にとって竜気は命を脅かすものだということがわかったのに、そんな竜気が立ち込めるドラクロスへ行こうと決めたのは、ノクス様と離れたくないからだった。ノクス様が私の番だと認識した今なら、私と一緒にいるために国を出た、あのときのノクス様の気持ちがよくわかるわ。私とノクス様は今、同じ気持ちでいるのよ。お互いに、片時も離れたくないの。
ドラクロスへ着いたら、ノクス様が、竜気に触れないよう私の周囲に結界を張り、守ってくれる。それでも、完全に不安が払拭されたわけではないけれど。でもね。ノクス様と離れている方が不安なのよ。
ドラクロスへ着いた私たちは、ルミウス様のいる執務室を訪ねた。ルミウス様の膝の上には、うさぎの姿のミリアーナ様がまるくなって眠っていたわ。
まずは、結婚式へご列席いただいたお礼を伝え、そのあとノクス様は、ルミウス様にこれからについて尋ねた。お二人が話しているその横で、私はミリアーナ様に釘づけになっている。このかわいらしいミリアーナ様に、ルミウス様が振り回されているなんて信じられないわね。
『これは、事後っすね。』
『事後??』
ミリアーナ様を見ながら、ジャスティンが耳打ちしてきた。
『致した後ってことっす。』
『どうしてわかるのよ?』
『ほら、見てみてください。陛下の竜気を纏ってるじゃないっすか。』
よく見てみると、ジャスティンの言う通り、ミリアーナ様からルミウス様の竜気を感じる。
『ちなみに、番様もしょっちゅう殿下の竜気を纏ってるっすよね。』
『ジャスティンっ!!』
ノクス様とルミウス様が声をそろえてジャスティンを呼んだ。
(さすが、双子ね。)
「おまえ、俺たちに聞こえているとわかった上で話してるだろ!?」
「はぁ…。こいつの忠誠心は、いつになったら芽生えるんだ。」
「自分、忠誠心の塊っすよ??」
ジャスティンってば、ルミウス様に対しても"こう"なのね。普段は感情を表に出さないお二人が、こんなに顔に出すなんて。そっか。ノクス様とジャスティンは幼少期からのつき合いだと聞いたことがあるけど、ルミウス様もなのね。
うん。想像できるわ。ジャスティンに振り回される、お二人の姿が。
ルミウス様への挨拶を終え、帝城をあとにし、ノクス様のお屋敷へ向かった。
玄関前で立ち止まり、約100年ぶりに帰って来たお屋敷を眺めた。ここで暮らしていたのは私ではなくシャルロッテなのに、懐かしいと感じるの。それは、使用人たちへ対しても同じだった。使用人たちから挨拶をされていると、結婚式で働いてくれた際に、すでに顔を合わせている顔馴染みの使用人の他にも、懐かしい顔がそろっていた。でもその中に、ここにいるはずのない見知った顔を見つけ、動揺してしまった。
その場は平静を装ってやり過ごし、ノクス様の私室に二人きりになると、彼へ問いただした。
「どうしてエマが、ここで働いているのですか??私…。シャルロッテは、エマを解放してとお願いしたじゃないですか…。」
「それは、あのメイドが望んだからだ。だが、シエラに続き、シャルロッテが亡くなる前にも接触していたため、番たちの死にかかわっているのではないかと疑いの目が向けらた。」
「そんな…。私が即位式の支度を頼んだせいで、エマはまた疑われてしまったのね。」
「俺も疑いの念を持っていたから、投獄するつもりでいたんだ。それでも、シャルロッテを守れなかった償いとして、彼女の最期の願いを叶えてやろうと、メイドへ解雇を言い渡した。だが、あのメイドは首を縦に振らなかったんだよ。」
エマは、私を守れなかった罪を一生かけて償いたいと訴えたそうよ。その言葉は、ノクス様の胸に刺さったの。彼も、まったく同じことを考えいたから。
「ノクス様も、エマも悪くないです。それなのにどうして、自分たちを責めてしまうの??」
「この屋敷の使用人たちもだ。シャルロッテが侍女に扮していたことに、3年もの間、誰も気づかなかったのだからな。気づけていれば何かが変わっていたかもしれないと口を揃えていたよ。」
「この屋敷のみんなまで、自分たちを責めているのですか?」
「だから、あのメイドをうちへ呼んだんだ。この屋敷には、俺の番を守れなかったと悔やんでいる者たちが集まってるからな。それに、俺の番をよく思っていない帝城の使用人と働くのは苦だろうしな。」
帝城の使用人は、竜人以外の種族を見下す人ばかりが集まっているため、エマは、シエラのメイドだったせいで使用人たちから嫌がらせを受けていた。対照的に、ここの使用人は他種族に偏見を持っていないから、働きやすいはずよ。ロロとして実際に働いていた、経験者の私がそう思うのだから間違いないわ。
ただ…。私の話を信じてくれないこともあったのよね。使用人たちと打ち解け、信頼関係が築けた頃、私は隠し事をしていることに後ろめたさを覚えるようになっていた。それで、シャルロッテであることは打ち明けられない代わりに、自分が人間であることを告白したの。だけど、誰も信じてくれなかったわ。みんなから、私は竜人だと思われていたのよ。ノクス様の鱗を身につけ、常に彼の竜気を纏っていたから…。
『私は人間なの。』と言う度に、笑いが起こっていたのよね。
(別にウケなんて狙ってないのに!)
でもね。いつの日だったか、ジャスミンが言ってくれたの。
『あんたが竜人だろうが、人間だろうが、もうどっちだっていいわよ。どっちだろうと、私たちの関係は変わらないんだからね。』
私は、その言葉がすごく嬉しかった。
「…ノクス様。エマをこのお屋敷へ呼んでくださり、ありがとうございます。」
ノクス様へお礼を言った私は、彼の背後の棚が目に入り、大きな声を出した。
「"あれ"を捨ててとお願いしましたよね!?ノクス様さっき、シャルロッテの最期のお願いを叶えることにしたと言っていたのに、捨ててないじゃないですか!?」
「"あれら"は俺にとって宝なんだ。だから、絶対に捨てない。それに、日記を書いたのはパトリシアで、報告書を書いたのは侍女に扮したシャルロッテだ。ティアが書いたのではないのだから、気にすることはないだろ?」
「ああっ!ずるい。こんなときばっかり、私たちをしっかり別人扱いするんですね!?」
ノクス様から、日記を書いたのはパトリシア、報告書を書いたのはシャルロッテであって、私ではないと指摘されたけど、なんだか釈然としないのよね。確かに私だって、私が書いたものではないと認識しているのよ。それなのに、ノクス様への想いや、ノクス様とのやり取りが書かれている日記や報告書をノクス様本人に読まれるのが恥ずかしくてたらないの!
きっとこの感情が、私と彼女たちとの繋がりを証明しているのだろう。
日中はルミウス様の仕事を手伝うため帝城にいっているノクス様は、私のそばにいたいと言いながらも、決して私を帝城へ連れて行かなかった。番たちは全員、帝城で命を落としているため、ノクス様がそばにいられないときは、帝城へ行くのを禁止されているの。大公邸にいる竜人の使用人たちには、竜気を抑える魔道具をつけてもらっているわ。
ノクス様が、ジャスティンとともに帝城に行っている間、私は、大公邸で自由にさせてもらっていた。
日課の、走り込み、筋力強化のトレーニング、剣の稽古。時々、大森林で獣を狩ったり、薬草を採取したり。厨房でノクス様への差し入れをつくったり。
それから。よかれと思って、使用人たちから敬遠されているノクス様の私室の掃除を勝手にしていたら、エマと鉢合わせした。この部屋の掃除の担当は、彼女だったみたい。
「奥様がいらっしゃるとは知らずに、失礼しました。」
頭を上げたエマは、私が掃除をしていることに気づいて、驚愕しているわ。
「奥様、おやめください!それは、私の仕事ですので!!」
大きな声を出したエマに対して、今度は私が大きな声を出した。
「えぇっ!あなた、しゃべれるの!?」
舌を切られて話せなくなっていたエマが、話せるようになっていたため、驚きの声を上げずにはいられなかったわ。
ノクス様は、エマを大公邸の使用人にする際、彼女の舌を回復術士に治癒させていたのよ。
数ヶ月が過ぎ、ルミウス様とミリアーナ様の結婚式当日を迎えた。
お二人の結婚式の準備期間中は、"どちらの国で式を挙げるか。"にはじまり、式場、招待客、衣装、装飾品、料理、ハネムーン等…、揉めに揉めたそうよ。主に、まわりの人たちがね。他ならぬ竜帝の結婚に、家臣たちは竜人の威厳を見せつけることにこだわり、うさぎ獣人たちは自分たちを蔑ろにし、要望を一切聞き入れない竜人たちに怒り心頭だった。
ミリアーナ様の好きにさせるようにとのルミウス様の一声に、まわりはやっと口出しをしなくなった。だけど今度は、それを無関心だと捉えたミリアーナ様が激怒してしまったそうなの。二人の結婚なのに、自分に丸投げされたと思ったみたい。ルミウス様は、ただ番に甘いだけなのにね。竜帝であるご自分の立場より、番であるミリアーナ様の気持ちを優先したのよ。
私は揉め事を聞く度に、『ノクス様が竜帝じゃなくてよかった。』と思ったわ。
続々と会場に集まる招待客を見ながら、この日を迎えるまでの紆余曲折をノクス様とジャスティンから聞いていた私は、無事に式が終わることを祈らずにはいられなかった。
ミリアーナ様が式場に選んだのは、ドラクロスとうさぎ獣人の国の中間にある、カピバラ獣人の国の大聖堂だった。高い天井、その天井から吊り下げられたきらめくグランドシャンデリア、長いバージンロード、宝石が散りばめられたような幻想的で美しいステンドグラス。招待客の中には、竜人との関わりが薄い、モルモット、デグー、チンチラ、リス、ハムスター、フェレット等の小動物の姿もあった。ミリアーナ様の決めたことに異議を唱える者はいないけど、竜人たちの席からは、『あれらが獣化した姿は、似たり寄ったりで見分けがつかん。』との失礼な声が聞こえてきた。私に言わせれば竜人たちも、竜の姿になったら見分けがつかないわよ。…うん。竜だけじゃないわね。水槽に入っているクリオネを見分けられなかったし、もしもミリアーナ様がうさぎの姿でうさぎの群れにまぎれ込んでいたら、見つけられなさそうだもの。会話をすればわかるけど、見た目だけじゃ、獣化した者と動物を見分けられそうにないわ。
結婚式は何事もなく進んでいき、誓いの言葉、指輪交換のあと、大司教様がお二人の結婚が成立したことを宣言した。
大聖堂から退場するお二人へ、参列者から祝福の証として魔力がいっせいに放たれた。祝福の魔力が飛び交う光景は、ルミウス様の即位式の際に見たものと変わらない光景だった。あのときシャルロッテは、飛び交う竜気に当てられ発作を起こしたため、私は今、ノクス様が張ってくれた結界に守られている。さらに念には念を入れて、竜気が溜まる屋内ではなく、外階段の花道に並んで祝福を贈った。
竜帝の番が他種族、それも小動物だったことを嘆いていた家臣たちも祝福を贈っている。それを見ていたら、複雑な心境になってしまったの。ノクス様との3度の結婚式で、番たちは一度も祝福をもらったことはないから…。
(まぁ。祝福されていたら、竜気によって発作を起こしていたと思うけど…。)
私もミリアーナ様も、皇室の番として相応しくないと思われているけれど、人間の私と違って、獣人のミリアーナ様は上辺だけだとしても祝福はされている。私は今、ノクス様の番として認められていなかった事実を目の当たりにしているの。
(いいなぁ、ミリアーナ様…。)
竜人と比べたら、うさぎ獣人の寿命は短いけど、人間である私よりは遥かに長い。ルミウス様とミリアーナ様は、これから長い時間をともに生きるのだろう。どうあがいても、私が生きられないほどの長い時間を…。
そして。私が一番羨んでいることはね、ミリアーナ様のお腹に赤ちゃんがいることよ。自分の子の竜気にさえたえられない私は、ノクス様の子を産んであげられないから…。
愛する人と長いときを生きることができ、愛する人の子を授かったミリアーナ様が羨ましくて仕方がない。このことで、私が本当に望んでいる願いがはっきりとわかった。
『ノクス様と同じ命の長さをともに生きたい。』
『彼の子を授かりたい。』
でもね。自分の願いに気づいたら、虚しくなってしまったわ。だってこれらは、ないものねだりだもの…。
先日20歳になったというのに、ないものねだりをするなんて、子どもみたいよね。
幸せそうなお二人を見ていたら、胸が締めつけられて、苦しくて、どうしようもなくて、ノクス様の腕にぎゅうっとしがみついた…。




