#18 理想郷 フォルトゥナ
結婚初夜を迎えた私とノクス様は二人並んでベッドに横になり、今日の結婚式を振り返っていた。
「ジャスティンが優勝するなんて驚いちゃいました。普段ああしていても、竜帝の犬は伊達じゃないのですね。まぁ、試合の方は盛り上がりませんでしたけど。」
そう言ったら、ノクス様は怪訝そうな顔をしたわ。
「真っ先に話題にするのが、武闘会でジャスティンが優勝したことなのか…。結婚式で印象に残った出来事は他にもあるだろ?」
「だって、まさかジャスティンが優勝者するとは思ってなくて。あっ、強さを否定してるんじゃないですよ?ほら、ジャスティンって力を抜いて生きてるじゃないですか??だから、武闘会でも適当なところで負けると思っていたんです。」
「おそらく、兄に発破をかけられたのだろう。"竜人が他種族に負けることなど許さない"とかな。」
「ジャスティンは、竜帝の犬ですからね。本当の主の命令には忠実に従うのね。」
「ジャスティンより、妹のジャスミンの方はよかったのか?久しぶりの再会だったのに、会話らしい会話をしなかっただろ?」
「確かに、ジャスミンたちと再会して懐かしかったです。私には、シャルロッテの記憶があるから。でも…。向こうは、私を見てもなにも感じていないようでした。ミゲルも、同じ反応でしたけど…。」
「ティアとして、また新たな関係を結んだらいいのではないか?」
「そう、ですね…。」
そう…。相手にとっては、"はじめまして"なのよね。私は、姿形が変わっているのだから…。
それに、一緒に働いていたロロがシャルロッテだったと知ったジャスミンたちからどう思われているのかが不安で、労いの言葉しかかけられなかったの。本当は、ロロの正体がシャルロッテだということを隠していてごめんって謝りたかった。
でも。そこでまた、私はシャルロッテの生まれ変わりなのか、それともただ記憶を持っているだけなのかと自問自答するの。
だけど答えが出せなくて、ノクス様へ答えを求めた。
「番たちの記憶がある私は、彼女たちの生まれ変わりなの?それとも、記憶はあるけど別人なの?ノクス様は、姿形が変わっても私が番だとわかりますよね?ノクスの中で、私と彼女たちは同じ人物なのですか?」
「ティアたちは姿形だけでなく、性格も趣味も違うから、同一人物なのかは俺にもわからない。だがな、5人とも俺の番であることは断言できる。それに俺は、ティアが男に生まれ変わったとしても好意を持つだろう。ティアが、ディグ二ファイドへ言っていたようにな。」
「その話、ジャスティンに聞いたのですね?あの、おしゃべり。」
「あいつは、俺の側近でもあるからな。」
ジャスティンは竜帝の犬だけど、ノクス様の側近としての仕事も手を抜かないのね。もしかして、この嫉妬深いノクス様に、私がディグ二ファイドに告白されたことまで報告したんじゃ…。私は慌てて話題を結婚式の話に戻した。
「今日は、家族に花嫁姿を見せることができて、胸がいっぱいになりました。これまでは、結婚式に家族を呼べなかったから。」
「竜人が、国へ人間が入るのを忌避するせいで、これまで結婚式に家族を招待できず、すまなかった。」
「ふふっ。じつは、シエラはあのこじんまりとした結婚式の最中に、ノクス様に心を奪われていたんですよ。ノクス様、誓いのキスのときに床に膝をついて、車イスに乗るシエラの目の高さに合わせてくれましたよね。」
「膝をついただけでか??」
「ふふっ。膝をついただけでです。車イスに乗るシエラは、常に人から見下されていたから、そのちょっとした気遣いにときめいて、さらにノクス様に見上げられてドキドキしたんですよ。」
ノクス様は目を閉じて、シエラが恋に落ちた場面を思い返している。
「それにシャルロッテも、誓いのキスのときにノクス様がベールを少しだけ上げて、他の人に顔をさらさないようにしてくれたことに、"きゅん"となっていました。顔を隠したい私の気持ちを汲んでくれたんだって。」
「シエラもシャルロッテも、簡単に心を奪われ過ぎだろ。」
「それはノクス様の方でしょう?あなたは、私たちがなにもしなくとも番に魅了されてしまいますからね。」
ノクス様は苦笑いを浮かべると、ぴったりと私に寄り添った。
「俺も、ティアの花嫁姿をご家族に見せることができてよかったよ。ご両親は、ティアの結婚を泣いて喜んでいたからな。」
「私、母が泣くのは想像できましたけど、まさか父まで泣くとは思いませんでした。」
パトリシア、シエラ、シャルロッテのときも家族を招待できていたら、彼女たちの両親も泣いて祝福してくれたかしら…。
「それから、今日一番心に残っているのは、私がノクス様と出逢ったとき、番だと体が反応していた事実です!私、今世では、ノクス様が番だと分かってあげられていたんですね。」
「ああ。それは俺も心から嬉しいよ。ティアに、運命の相手だと認めてもらえたんだからな。」
ノクス様は、包み込むように私を抱き締めるとナイトドレスに手を入れ、背中を探った。
「ティアの母上は、ティアの背中にある鱗が"番の印"だと思っているようだったが、この鱗は番の印ではないだろう。そんな話は、聞いたことがないからな。」
「ところで、この鱗はどうして私の背中にあるのでしょうか?シャルロッテが生まれたときは、シエラが死ぬ間際に掴んでいたノクス様の鱗を握っていましたけど…。あれも不思議ですよね。」
「その答えは俺にも分からない。だがやはり、君たちには何らかの繋がりがあるのだろうな。」
「私も今は、ノクス様は私の運命の相手だって胸を張って言えます。」
「ティアっ…。」
ノクス様は幸せを噛み締めるように、私へ深い口づけをした。
私たちが多幸感に包まれていた頃、初夜を迎えた私たちよりも、熱くて激しい夜を過ごしていた二人がいたの。
それはね、ルミウス様とミリアーナ様よ。
宮殿の客室でベッドに横になっていたルミウス様は、ドアノブのガチャガチャという音に起き上がったの。でも鍵がかけてあるから、ドアは開かなかった。そうしたら、今度はドアになにかがぶつかりはじめたそうよ。ドアの向こうにいるのがミリアーナ様だと気づいたルミウス様がドアを開けると、うさぎの姿をしたミリアーナ様が勢いよく部屋へ入ってきて、ベッドへ飛び乗った。ミリアーナ様は、"こっちへ来て"と言わんばかりに、ベッドの上で足をダンダンさせたの。そしてルミウス様がベッドへ座ると、人の姿に戻ったミリアーナ様に押し倒されたのですって。
翌日。ルミウス様は、自分たち用の魔道具をつくって欲しいと頼んできたわ。うさぎの姿から人間化するとミリアーナ様が服を着ていない状態になるから、万が一にも他人の目に触れさせたくないのだと思う。
ジャスティンに実演してもらい、魔道具に興味を持ってくれた人たちはたくさんいたけど、最初に作成依頼をしてきたのがルミウス様だったのは、想定外だったわ。
結婚式の招待客のみなさんが帰るのを見送ってから数日後、旅行の準備を整えた私たちはハネムーンへ出発した。目的地は、誰もが幸せに暮らす理想郷・フォルトゥナ。
キャビンに乗った私たちを竜化したジャスティンに運んでもらい、フォルトゥナへ向かっているのだけれど…。隣に座っているノクス様から不機嫌なオーラが漂っている。その理由は、ジャスティンがハネムーンへついて来ることと、私が、フォルトゥナに興味を持つエルフのセルリアンとフォルトゥナに帰るクリオネたちへ一緒に竜車で行こうと誘ったから。
(だって、目的地が同じなのよ?)
ジャスティンが運ぶ竜車に乗っているのは、水槽を抱える私、その隣にノクス様、向かえの席にセルリアン。クリオネたちには、人の姿だと入りきれないから、クリオネの姿になって水槽に入ってもらっている。
ハネムーンなのに二人きりじゃないこの現状に、ノクス様はおもしろくなさそうにしている。幸いなことに、セルリアンもクリオネたちもノクス様の醸し出す不機嫌オーラに気づかず、空の旅に大はしゃぎしていてるの。クリオネたちなんて、窓から外を眺めては、私が抱える水槽の中で泳ぎまわっているわ。
このクリオネたちからも服を着脱する魔道具が欲しいと言われているのよね。
「ハネムーンから帰ったら、魔道具づくりに追われそうだわ。」
「ティア、大変なら断ったらどうだ。種族ごとに仕様を変えなくてはならないだろ?」
ノクス様の言葉は、私を気遣っているように聞こえるけれど…。
『殿下は、番様が自分以外に魔道具をつくるのがおもしろくないんすよね。自分にこの魔道具をくれる際も、ずいぶん渋ってたっすもんね。』
出発前にジャスティンが言っていたことを思い出し、独占欲の塊のノクス様に、私は苦笑いを浮かべた。ジャスティンのこの指摘も、今ノクス様が不機嫌な理由のひとつになったはずよ。
シャルロッテは、服を着脱する魔道具を二つ用意していたの。ノクス様とジャスティン用にね。ジャスティンに対しては疑念を抱いていたけど、竜の姿で番を迎えに来て、人の姿戻って着替える様子を想像したらいたたまれない気持ちになったのよ。本人は気にしてないだろうけどね。
「でも確かに、クリオネたち用は仕様を変えないと身につけられないわよね。人の姿から、クリオネになったら魔道具に潰されかねないもの。」
「それなら、魔道具に大きさを変える術式を付与すればいいだけではないか。」
「簡単に言うけど、セルリアンはその術式を付与できるの?」
「できるが??」
セルリアンの言葉を聞いた私は思わずニヤけてしまい、その表情を水槽の中を泳ぐクリオネを眺めているふりをして隠した。
「そういえば、以前フォルトゥナで見た、クリオネたちが食事をしている姿は衝撃的だったわ。頭部が割れて、触手が6本も出てきたのだから。」
「頭が割れるなんて、ゾッとするな。」
ノクス様の言葉に、私はうんうんと頷いた。
「羽みたいな翼足をパタパタしているところなんて、こんなにかわいらしいのに。…ところで、貝の仲間であるこのクリオネたちって、どうやって人と交わったのかしら??」
私が疑問に思っていることを口に出すと、ジャスティンの笑いのツボを刺激しちゃったみたいで、竜車が揺れた。
「世の中には様々な生き物がいるんだな。フォルトゥナでは多様な種族が暮らしていると耳にし、行ってみたいと思っていたんだ。」
セルリアンは、これから向かうフォルトゥナに期待を膨らませている。
「そうなの。フォルトゥナは理想郷と呼ばれるだけあって、種族に関係なく、みんなが幸せに暮らしている国なのよ。」
つまりね、様々な種族が暮らすフォルトゥナでなら、ジャスティンの番が見つかるかもしれないのよ。うん…。きっとノクス様は、私の考えをお見通しなのね。不機嫌になっている一番の理由は、ハネムーンなのに、ジャスティンの番探しをしようとしている私のせいなんだわ。
だけど。旅行先にフォルトゥナを選んだのには、他にちゃんとした理由があるのよ。以前、フォルトゥナへ行ったとき、何組かの人間と獣人の番と出会い、彼らは幸せそうに暮らしていたわ。私がフォルトゥナへ行きたいのは、種族を超えた結婚の先達である彼らに尋ねたいことがあるからなの。
それは、子どもについて━━━。
ノクス様は、子どもはいなくても平気だと言ってくれているけど、私は今度こそ、彼との子どもを産みたいの。パトリシアが産んであげられなかった、あのときのお腹の子の分まで…。
子どもを諦められない私は、フォルトゥナで情報を集めるつもりなのよ。
フォルトゥナへ到着した私たちは、セルリアンとは別行動をとり、クリオネたちを家まで送り届けた。
「こいつとも別行動でいいだろ??」
ジャスティンが私たちと行動をともにしているため、ノクス様の機嫌は悪いままだった。
「でも行動をともにしていないと、番との出逢いに立ち会えませんからね。」
「やはりティアは、ハネムーンで、こいつの番探しをするつもりなんだな。俺たちのハネムーンなんだぞ?」
「もちろん、これが私たちのハネムーンだということはわかってます。確かに。旅行のついでに、ジャスティンの番が見つからないかなぁ?とは思ってますけど…。」
正直に話したら、ノクス様はあきれながらも諦めたように笑っていた。
私たちはまず海を訪れた。太陽光がサンゴや白い砂底に反射した海は、ターコイズブルーに輝いていた。手漕ぎボートで洞窟を巡ったり、竜化したノクス様の背中に乗り、サンゴ礁や海中陥没穴を上空から見たりした。上空から見た穴は、ブルーホールと呼ばれる通り、穴の開いているところの青色が濃く、青い穴に見えたわ。
それから水上ヴィラに泊まり、海に沈んでいく夕日や、海から昇る朝日を眺めた。
そして。観光の合間に、種族の異なる番たちのもとを訪ねた。
夫が人間の漁師で、妻がジュゴンの番は、漁に出ていたときに海の上で出逢ったそうよ。結婚して15年になる二人の間には、子どもはいなかった。
他にも、夫がクジャクで妻が人間、夫が人間で妻がハリネズミ、夫が人間で妻がネコ、夫が羊で妻が人間の番にも会った。この4組の番たちには、子どもがいたわ。人間と獣人、どちらの血をより濃く受け継いでいるかは、同じ両親から生まれても、その子どもによって違うようだった。
それから、獣人同士の番にも話を聞いたら、ゾウとクジラの番は、結婚してから100年ほどで子どもを授かったと言っていた。妊娠までに時間がかかったのは、大型哺乳類同士だからなのかしら?
何組もの種族の違う番たちに会って、それぞれの夫婦の在り方、家族の形があるんだと感じたわ。だけど。私とノクス様が人間と竜人の番だと知ると、みんなはとても驚いていた。
『ドラクロスへ行って、生きて帰ってきた人間はいない。』という言い伝えは、このフォルトゥナでも知らない者はいないから。それに、長く生きている獣人の中には、ノクス様に以前も番がいたことを知っている者もいたの。
『番とは何度も巡り会うことができるのか?』
人間を番に持つ獣人たちは、期待と不安が入り混じった表情で、ノクス様へ問いかけていたわ。相手が竜帝の弟だと知っていても、彼らはなりふり構っていられないように見えた。それだけ、必死なのだろう。彼らは、番に先立たれることを恐れているのよ…。人間の寿命は、獣人の寿命と比べてとても短いものだから。
ノクス様も他人事ではないため、言葉を慎重に選んでいた…。
フォルトゥナへ数週間滞在した私たちは、セルリアンと合流し、次にドワーフの国へ向かった。
「厄災じゃ!厄災の申し子が攻め込んで来おったぞっ!!」
私たちの姿を見た途端、なぜかドワーフたちが大混乱に陥っているのよ。
「ねぇ。その余興、もうあきたわ。」
「僕は、ドワーフとはほぼ面識はないのだが、このように狼狽する種族だったのか?」
「わかるっす。自分も、ドワーフの印象が変わったっすよ。」
セルリアンとジャスティンは、ドワーフへのイメージが変わったと話している。
「よりにもよって、なぜエルフなんぞ連れて来おったのじゃ。しかも、こやつは武闘会で優勝しておった竜人ではないか!?」
どうやら、大騒ぎしている原因は、犬猿の仲のエルフと、結婚式の武闘会で優勝したジャスティンを連れて来たからみたい。
「どうして、ジャスティンとセルリアンを歓迎してくれないのかしら??」
「お主はなぜ、自分は歓迎されていると思っておるんじゃ!?お主こそ、厄災の根源じゃろうが!その厄災の番が竜人とは…。世も末じゃ。」
「そうじゃ。こんな戦力を揃えて来おって、我が国を征服つもりじゃあるまいな。」
ドワーフたちが私に対して言いがかりをつけてくるから、ノクス様はご機嫌斜めだわ。
「ならば望み通り、征服してやろうか?」
ノクス様の言葉に、ドワーフたちは右往左往している。
「ねぇ。いい加減、騒ぐのやめてちょうだい。耳が痛いわ。」
ドワーフたちはムダに声が通るから洞窟内に響いて、聴覚の鋭い私はさっきから耳が痛いくてたまらないのよ。私がお願いすると、ドワーフたちはピタッと動きを止めた。
「番様はいったい、この国でなにをやらかしたんすか??ドワーフたちの怯え様、尋常じゃないっすよ。」
「失礼ね。やらかしてないわよ。むしろ、ゴーレムから国を守ってあげたんだから。」
『あぁ…。ゴーレム…。』
あちこちから呪文みたいに、『ゴーレム』、『ゴーレム』というつぶやきが聞こえてくる。
「なるほど、わかったっす。番様は、剣を折られた腹いせにゴーレムを木っ端微塵にしたんすね。ドワーフたちが、壊さないでくれと叫ぶのも聞かずに。」
「そうか。ティアはその折れた剣の代わりに、今の愛剣を手に入れたんだな。」
「そうです。そのときもらった、この愛剣がとってもいい剣なので、ノクス様にもつくってもらいたいと思ったんです。そういうわけだから、お願いね?」
『竜人に剣は必要ないじゃろう?』
『あの側近も、武闘会では素手で戦っておったからのう。』
『しかし。あやつの試合は瞬殺ばかりで、盛り上がらん戦い方じゃったのう。』
そんなドワーフたちの文句が、ブツブツと聞こえてきた。そこで。気乗りしないドワーフたちのやる気がでるように、手土産を広げてみせたの。希少な貴金属や鉱石、宝石。それから、大量のお酒をね。
『おおー。』
お土産を目にしたドワーフたちは目を輝かせ、歓声を上げている。
「フォルトゥナで酒を大量に買っていたのは、このためだったんすか。殿下、よかったっすね。剣つくってもらえそうっすよ。」
「ティアは、ねだり上手なんだな。」
「強請りというか、強請りっぽくないすか?」
こうしてドワーフたちに、ノクス様の剣をつくってもらったの。ノクス様に似合う、黒い剣をね。




