#16 結婚式の招待状
オークによって破壊された建物の瓦礫の撤去が一区切りつくと、被害に遭った村や町では死者を偲ぶ祭りが本来より数週間遅れで開催された。
復旧の目処が立ったため、私たちの帰国が決定した。帰国する日が決まり、私は今、あることで迷っていた。ノクス様から、エジャートンを去る前にもう一度、ミゲルに会ったらどうかと提案されたから…。
ミゲルに会いたい気持ちはあるわ。だけど、なにを話せばいいのかわからないの…。あの子にとって私は赤の他人だから。それに。私には、あなたの母親の記憶があると打ち明けて、あの子を混乱させたくはないの。
私は、陰ながらミゲルの幸せを祈ると決めた。
それでも帰国する前に、せめて遠くから一目だけでもミゲルの姿を見ようと、ノクス様と二人で、あの子が働いている鍛冶屋が見える場所までやって来た。すると、ミゲルが血相を変えて鍛冶屋から出て来て、慌てた様子で走り去ったの。私たちは、こっそりあとを追った。
ミゲルは一軒の家へ入っていき、私たちは耳をすまして、その家の中の様子を伺った。
盗み聞きが悪いことだって、わかってるわよ。でも気になるんだもの、仕方ないじゃない。
「それにしても、ノクス様。ヴィオラの記憶がある私よりも、この辺りの地理に詳しいですね。家やミゲルの職場へも迷わず行けましたし、もしかして、ミゲルが入っていったこの家が誰の家かも知っていたのですか?」
「この家は、ミゲルの嫁の実家だ。」
「あの子、結婚していたのね。それじゃあ…。今、産まれそうだと慌ただしいのは…。」
「ミゲルにとって、二人目の子が産まれるところだ。先日家を訪ねたときは、嫁と上の子は里帰りしていると言っていたからな。」
ミゲルは父親になっていたのね。なら、私はおばあちゃん??…いえ、それは違うかしら?私はヴィオラの記憶を持っていて、ミゲルを産んだことでノクス様を傷つけてしまったと罪悪感も抱いているけど、実際、ミゲルを産んだのは私じゃないのよね…。
子どもが産まれるのを見届けたいけれど、道端に何時間も立っているわけにもいかず、私たちは近くの食堂へ入り、産声が聞こえてくるのを耳をすませて待っている。
「なんかノクス様、慣れてます??覗きのプロみたいです。」
「殿下はときどき、番様たちの故郷を訪れてたっすからね。ちなみに、ミゲル坊ちゃんの家を観察するときは、ベーカリーカフェに入り浸ってたっす。」
突然、ジャスティンが食堂にいる私たちの前に現れ、ちゃっかり席について料理の注文までしている。
「はぁ…。お前、またつけて来たのか。まいたと思ったんだが…。」
「この国で殿下が行きそうなところなんて、この食堂か、ベーカリーカフェ、鍛冶屋の見える時計台、あとは4代目様のお墓くらいっすからね。」
ジャスティンの話から、ノクス様が、番たちの故郷を定期的に訪れていたことを知った。ノクス様は、番が亡くなったあとも、番の面影を求めていたのね。
そして、食後のお茶をいただいている私たちの耳に、赤ちゃんの産声が聞こえてきた。
生まれた赤ちゃんは、私の血を引いているとは言えないのかもしれないけれど、ミゲルの家族が増えたことが嬉しくて涙があふれた。両親を亡くしたミゲルに、家族がいてよかった。天涯孤独にしてしまったんじゃないかって心配していたから。
ノクス様は、私の涙を拭い、寄り添ってくれた。そんな彼に罪悪感を抱いてしまう。だって私は、ノクス様の子どもを産んであげられないのよ。
"彼の子孫を残せない"
その負い目は、私の心に深く根を張っていった。
ヘイスティングズへの帰りも、私は竜化したノクス様に乗せてもらい、他の騎士たちは荷台に乗り込み、ジャスティンに運んでもらっている。
竜車に一番乗りたがっていた団長は、国王の代理を押しつけているフレデリック様から強く止められたため、今回は城に残り国王のお務めに励んでいるわ。…たぶん。
ヘイスティングズへ帰国した私は任務報告をするため、グレゴリオ様とフレデリック様のもとを訪ねた。報告をしている間、留守番を強いられた団長からの視線が痛かったわ。
エジャートンから使者が乗ってきた馬は、うちの国へくれるそうよ。使者はこの国に馬を置き、うち騎士たちと一緒に荷台に乗って、エジャートンまでジャスティンに運ばれて帰ったから。馬も荷台に乗せて運ぼうかとも考えたようだけど、竜化したジャスティンの姿や、空を飛んでいることに驚いて空中で暴れ出したら…。馬だけでなく、全員の命を危険にさらすことになりそうだから、置いていくことになったらしいわ。
速さを保ったまま長距離移動ができるこの馬は、後々、ノクス様が乗ることになる。
任務の報告を終えると、ノクス様との結婚式をこの国で挙げたいと思っていることを、グレゴリオ様とフレデリック様へ伝えた。
結婚式には、様々な種族の人たちを招待したいと話すと、グレゴリオ様も賛同してくださり、この国へ多くの種族を招き入れることを許可してくれたわ。ただし。ルミウス様から、ちゃんとお許しをいただくよう念を押されたけど。
ヘイスティングズで式を挙げる許可を得た私は、結婚式の準備に取りかかった。ルミウス様へは事後報告するつもりよ。どうせ、難癖つけられそうだもの。
式場を決め、ドレスの試着、ドレスに合う装飾品選び、そして今は招待状を作成中よ。
まずは、ルミウス様宛ての招待状を書いたわ。ジャスティンにドラクロスへ飛んでもらい、この招待状をルミウス様へ手渡してもらおうと考えていたのだけれど…。想像したら、なんだか不安になってしまったのよね。なにが不安かって、会場をヘイスティングズにしたことについて、ルミウス様をうまく説得してくれるとは思えないことよ。ジャスティンは竜帝の犬だからね。せっかくのハレの日に水を差すようなマネをされないために、ノクス様が招待状を届けることになった。
「俺は、わずかな時間でもティアと離れていたくないんだ。だがこれは、俺たちの結婚式のため必要なことだからな。」
ノクス様は離れがたいと言って、ハグしたまま、なかなか離れようとしなかった。ノクス様の翼なら、ドラクロスまであっという間に飛んでいけるのに。
「ええ、もちろん私も離れたくないですよ。だけど、ノクス様。私たちの結婚式のために、ルミウス様をしっかり説得してきてくださいね。」
「わかった…。招待状を置いたら、すぐ帰ってくるから。」
「はい。気をつけて行ってきてください。」
ノクス様をなだめ、招待状を届けるためドラクロスへと飛び立った彼の背中を見送った。
招待状を届けるではなく、『置いたら』と言っていたのが気になるところだけど…。
残りの招待状を書いているところへ、ディグ二ファイドが訪ねてきた。
「殿下がいない隙を狙って来たんすか?」
「ああ、そうだよ。ずっと、邪魔者がいなくなるのを見計らってたんだ。あの人、副団長と私的な会話をさせてくれないからな。」
ジャスティンは茶化すように言ったけど、ディグ二ファイドは表情を変えず、肯定した。
「イイっすね。潔くて。じゃー、自分は気を利かせて席を外すっすよ。」
「そういって、どうせ会話を盗み聞きするんだろ!?竜人は耳がいいからな。」
ジャスティンはニヤニヤしながら部屋を出て行った。
(うん。あれは盗み聞きするつもりだわ。)
「ところで、ディグ二ファイド。あなた、まだ反抗期が終わらないの?」
「あの人が言い出したそのふざけた設定、本気にしていたんですか??反抗期って…。副団長、俺の年知ってますか!?」
ディグ二ファイドの口調がいまだに荒々しいままだから尋ねてみたら、機嫌を損ねてしまったみたい。
「私より、3つ年上よね??」
自信なさげに答えると、ディグ二ファイドの表情が緩んだ。
「年は、知っていてくれたんですね。」
(…よかった。合ってた。)
「俺は、もともと素行の悪い奴なんですよ。だから、今の姿の方が素なんです。これまでは、副団長を支える存在になりたくて必死に品行方正な振る舞いを心がけていたんです。」
「うちの騎士団は血の気が多い者たちばかりだから、ディグ二ファイドが騎士たちをまとめてくれたり、あいつらのケンカや他国で起こしたトラブルを仲裁したり対処してくれて、たくさん助けられてきたわ。だけど、ごめんなさい…。騎士団のために、あなたにムリを強いていたのね。」
「謝らないでください!俺が、あなたの役に立ちたくて勝手にしてきたことだから。俺がとった行動の意味がわかりませんか?」
騎士団ではなく、私のために役に立ちたいと言うディグ二ファイドの真意が読めない。
「あぁ、そうですよね…。副団長は、俺に興味がありませんからね。」
「そんなふうに思っていたの?私、あなたに迷惑ばかりかけて、副団長として至らないだけでなく、不誠実だったということ?」
「違います。そうではなくて…。」
ディグ二ファイドは立ち上がり、私の足元へ跪くと、私の手を取った。
「好きなんです。ルナティア様のことが。」
騎士団内では、副団長の私は、ディグ二ファイドの上司にあたるけど、社交界では、伯爵家の娘である私より、ディグ二ファイドの方が身分は上。その彼が、私の名前に『様』をつけて呼ぶから、話の内容に加えて、さらに困惑してしまう。
「え…。いつから??」
なにか言わなければと焦って、聞かなくてもいいことを口走ってしまったわ。詳しく聞くつもりなんてないのに。だって、何を言われたとしても、私の心が彼に動くことは決してないのだから。
「騎士団創設の際、あなたにボコボコにされたときからですよ。」
「私、ディグ二ファイドをボコボコにしたの!?」
「本当に覚えてないんですね。副団長が、15歳の小娘だなんて納得いかないと騒ぎ立てた者たちの中に、俺もいたんです。」
「ごめんね。私、カッとなりやすい上に、暴れたときの記憶がなくなっちゃうの…。嫌なことは忘れるタイプだから。」
『弱そう』と言われて、カッとなったところから覚えてないのよね。
「俺は、自分の置かれた状況を悲観し、嘆くばかりで、なにも努力をしてこなかった。だけどあなたは、10歳の頃から陛下の外交や魔物討伐のお供をしていたと、あとから知ったんです。実績を積み、自分の力で副団長の座へ就いたあなたの強さに、俺は憧れ、支える存在になりたいと思うようになりました。」
「ありがとう。強さを認められるのは、素直に嬉しいわ。それに私も、ディグ二ファイドにはいつも感謝しているのよ。実際、あなたには支えてもらってばかりいるもの。」
「副団長の補佐。それで満足していればよかったんです。だけど俺は、欲が出てしまった…。あなたはよく暴走してしまうから、私生活でも隣であなたを支えたいと。」
ノクス様が、ディグ二ファイドに当たりが強かった理由や、ジャスティンがニヤニヤしていたわけがわかった。つき合いは短いけど、二人とも、ディグ二ファイドが私を想っていることを知っていたのね。私は、何年も行動をともにしてきたというのに、彼の想いに気づかなかった。
「ごめんなさい。ディグ二ファイドの気持ちには応えられないわ。私は、ノクス様とともに生きたいから。」
「副団長の理想の相手が強い者だとは知ってますけど、あの人は竜人なんですよ!?副団長も、ドラクロスの異様な空気を感じましたよね??あの国で人間は生きられないでしょう。なんで国同士の約束のために、副団長が生け贄にされなきゃいけないんだ。」
ディグ二ファイドも、ドラクロスの異様な空気を感じとっていたのね。これまでは気づかなかったけれど、あの空気が竜気なのよ。純血の竜人が多く暮らし、ドラゴンも生息しているドラクロスの空気は、竜気が濃いんだわ。あれは、魔物の生息地に漂う瘴気に近いものなんだと思う。
「心配してくれて、ありがとう。でもね、私は生け贄なんかじゃない。むしろ、私に囚われているのはノクス様の方なのよ。あの人はきっと、私が男に生まれ変わったとしても、番の私を見つけ出して、好意を持ってくれるわ。」
『ぶっ、あはははっ!』
ドアの向こうからジャスティンの大きな笑い声が聞こえたため、ディグ二ファイドはすごい剣幕で勢いよくドアを開けた。
「どこかで盗み聞きするとは思っていたけど、まさか部屋の前とはな。ずいぶん、堂々としてるじゃないか。」
「いやぁ、番様に手を出されたら、殿下に大目玉を食らうのは自分っすからね。万が一に備え、近くにいたんすよ。追い込まれた獣は、なにをするかわからないっすからね。」
「誰が獣だよっ!?」
「そりゃあもちろん、失恋して傷心のディグ二ファイドに決まってるじゃないっすか。」
「はぁっ!?」
「番様、見てください!!これが、本来のディグ二ファイドの姿っすよ!」
ディグ二ファイドはジャスティンに怒っているけど、私は、ジャスティンがいてくれてホッとしていた。ディグ二ファイドとの気まずい空気を変えてくれたから。
「ちょっと、二人ともここで暴れないでくれる?せっかく書いた招待状が汚れちゃうじゃない!?」
「招待状って、番様…。エルフとドワーフに宛てた"これ"は、招待状じゃないっすよ。ほら、ディグ二ファイドも読んでみるっす。」
そう言って、ジャスティンは招待状をディグ二ファイドへ渡した。
「副団長…、これは脅迫状ですか??」
「なによ、脅迫状って??どう見ても、結婚式の招待状じゃない?」
「いえ、番様。これは、脅しっす。」
ジャスティンとディグ二ファイドに脅迫状だと言われ、招待状を読み直した。どの種族の招待状にも、家族や友人と連れ立って来て欲しいという内容を書いてある。ジャスティンの番を見つける確率を上げるためにね。エルフとドワーフ宛ての招待状で違うところは、最後に一文書き足してあることくらいよ。
『列席いただけないのなら、ハネムーンの際に足を延ばし結婚の挨拶に伺わせていただきます。』
ってね。
「これのどこが脅しなのよ?」
「ディグ二ファイドに聞いたっすよ。エルフとドワーフの国で暴れて、入国禁止にされたって。つまりこれは、結婚式に参列しなければ、国がどうなるかわからないという脅しっす。」
「これを読んだエルフとドワーフは、結婚式への出席を強要されていると受け取るでしょうね。もし行かなければ、国が滅ぼされると。」
「やだもう、考え過ぎよ。二人とも、大袈裟なんだから。」
大袈裟だと笑ったら、二人から諦めたような目を向けられたわ。




