庭の煙
鹿はアクセルが担いだ。
帰り道はゆっくりだった。
森の湿った匂いが、街に近づくにつれて薄れていく。
サイファの北門が見えた。
門番が目を細める。
「……狩りか?」
アクセルが肩の鹿を少し持ち直す。
「ついでだ」
門番は鼻を鳴らした。
「いい“ついで”だな」
レインは苦笑する。
「俺たちは草取りだったんだけどな」
ノアが言う。
「成果は多い」
レインの腕の中で、ここちゃんが耳を動かした。
きゅる。
むぎがポケットから顔を出す。
まだ頬が膨らんでいる。
アクセルがちらりと見る。
「……まだ入ってるな」
レインが笑う。
「全部持って帰る気だろ」
むぎが小さく鳴く。
キュ。
街へ入る。
石畳。
昼の光。
白兎の庭はそのまま拠点へ戻った。
⸻
庭。
アクセルが鹿を下ろす。
どさり、と重い音がした。
血抜きやある程度の下処理は森で済ませてきた。
レインが鹿を見る。
「……まあまあだな」
アクセルが言う。
「肉だ」
「見れば分かる」
ノアが鹿の脚を見る。
「若い」
アクセルがうなずく。
「柔らかい」
剣を抜く。
「やる」
レインは庭の台を引き寄せた。
「頼む」
刃が入る。
皮が裂ける音。
カインが隣にしゃがむ。
「押さえます」
鹿の脚を支える。
アクセルが言う。
「助かる」
ノアは炭火の準備をする。
レインは袋を開いた。
香草を取り出す。
台所から持ってきたまな板に乗せて刻む。
アクセルが鹿を処理しながら、こちらをちらりと見る。
「またそれか」
レインは笑う。
「鹿は匂い出るだろ」
「だから香草」
「うまいぞ」
器に塩。
油を混ぜる。
そこに刻んだ葉を入れる。
カインが鼻を動かした。
「いい香りですね」
処理が終わった塊肉を持ち上げる。
「料理は匂いだ」
肉に擦り込む。
一口大に切って串を刺していく。
火へ置く。
じゅ、と音がした。
脂が落ちる。
香草が焼ける。
匂いが庭に広がる。
ここちゃんが近づく。
耳が立つ。
レインが笑う。
「ここちゃん、それは草じゃないぞ」
ここちゃんは気にせず庭の草をかじる。
むぎがポケットから身を乗り出す。
「降りたいのか」
そっと地面に降ろしてやる。
いつもの桶に向かって走る。
中へ飛び込む。
ぐるぐる回る。
ノアが言う。
「元気」
レインが串を返す。
「木の実詰めてたのにな」
アクセルが言う。
「よく走れる」
むぎが鳴く。
キュ。
アクセルが串へ手を伸ばす。
レインが止める。
「まだだ」
「もういいだろ」
「早い」
アクセルは気にしない。
一口かじる。
少し黙る。
飲み込む。
「……うまい」
レインが肩をすくめる。
「だろ」
ノアも一本取る。
一口。
「香草が強い」
「鹿だからな」
カインも串を受け取る。
一口食べる。
少し考える。
「これ」
レインが見る。
「どうだ」
カインが言う。
「これ、燻製に向きそうですね」
アクセルが顔を上げる。
「燻製?」
カインは袋を開いた。
殻を出す。
「クルミです」
アクセルが見る。
「食うやつだな」
カインはうなずく。
「殻がいい煙になります」
レインが少し興味を持つ。
「そんなのでできるのか」
カインは笑う。
「できます」
少し間。
カインが続ける。
「レイン、香り好きでしょう?」
レインは串を返す。
「まあな」
「燻製、きっと合いますよ」
レインは庭を見る。
鹿肉。
串。
まだ残っている。
「……やるか」
台を組む。
肉を吊るす。
火を起こす。
クルミの殻を入れる。
ぱち、と音。
煙が上がる。
甘い匂い。
ノアが言う。
「いい匂い」
ここちゃんが庭を歩く。
草をかじる。
むぎは桶。
ぐるぐる回る。
煙がゆっくり流れる。
静かな庭だった。




