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初依頼で伝説級を拾いました


 目を開ける。


 最初に見えたのは、木目の天井だった。


(……知らない天井)


 一拍。


(いや、知ってるな)


 昨日泊まった宿だ。


 身体を起こす。


「……おお」


 背中が痛くない。首も痛くない。


 薄い寝具なのに、それだけで全然違う。


 森の硬い地面とは比べものにならない。


 隣の寝台を見ると、アクセルはもう起きていた。


「起きたか」


「ああ」


 床へ目を向ける。


 昨日広げたコートの上。


 ここちゃんは白い身体を伏せている。少し離れた端では、むぎも丸くなっていた。


 二匹ともいる。ちゃんと落ち着いている。


「おはよう」


 ここちゃんの耳が動く。


 むぎも顔を上げた。


 キュ。


「昨日、先に寝ちゃって悪かったな」


 少し休むだけのつもりだった。


 本当に。


 気づいたら朝だった。


 まずは二匹の朝だ。


 借りている小さな皿へ水を入れる。


 ここちゃんが飲んでいる間に、昨日までに拾っておいた草を出す。


 むぎには種と木の実を少し。


 二匹が食べ始める。


「よし」


 これで一安心。


 二匹が食べ終わるのを待つ。


 ここちゃんを抱き上げ、むぎを胸元へ戻して、アクセルと食堂へ下りた。


 宿の主人に、今夜も同じ部屋へ泊まれるか確認する。


 大丈夫らしい。


 朝食と、今夜の宿代。


 その分だけ、またアクセルから借りた。


(……借りが増えたな)


 今日は仕事をする。


 まずは、これを返さないと。


 食事を済ませる。


 出かける前に、アクセルは携帯用の水入れにも水を補充していた。


 ここちゃんを抱き直す。むぎは胸元。


 コートを着る。


「行くか」


「ああ」


 今日は。


 初仕事だ。


⸻


 朝の冒険者ギルドは、昨日より人が多かった。


 依頼の札を見ている人。受付に並ぶ人。装備を確認している人。


 昨日ほど露骨ではないが、俺たちを見る視線はまだある。


 まあ、そこはもう仕方ない。


「おはようございます、レイン様」


 ミアがこちらに気づいた。


「おはようございます。今日は依頼を受けたいんですけど」


「はい。Fランクで受けられるものですと、こちらですね」


 いくつかの依頼を見せてもらう。


 運搬。採取。討伐。


 討伐。


(これはまだ無理だな)


 森で見た魔物を思い出す。


 アクセルなら一撃。俺なら死ぬ。


 分かりやすい。


 その中に、薬草採取があった。


「これなら……」


 森にいた時。


 食べられる草。毒のある草。木の実。香りのある草。


 鑑定しながら、何度も探した。


 魔物を倒すよりは、ずっと経験がある。


「薬草採取にします」


「かしこまりました。採取場所は南門外の森です。日没前にはお戻りください」


「分かりました」


 よし。


 これならできそうだ。


 受付を終える。


 アクセルはもう出口へ向かっている。


「早いな」


「行くぞ」


「ああ」


 今さら同行するかどうかを聞く必要もないらしい。


 俺もその後を追った。


⸻


 南門を出て、しばらく歩く。


 森へ入ると、空気が変わった。


 木。土。草。


 数日前までずっといた場所と、匂いはよく似ている。


 でも。


 今日は違う。


(仕事で森に来てるんだよな)


 妙な感じだ。


 ここちゃんは腕の中。むぎは胸元。


 アクセルが少し前を歩き、周囲を見ている。


 やがて薬草を探しやすそうな場所で足を止めた。


「この辺でいい」


「分かった」


 周囲を確認する。


 乾いている場所へコートを広げ、ここちゃんをその上へ下ろす。


 むぎは胸元のまま。


 俺が動く範囲も、ここから離れすぎないようにする。


 場所を移る時は、またここちゃんを抱けばいい。


 しゃがみ込む。


 目の前の草を見る。


(鑑定)


《薬効:微》

《品質:並》

《採取可》


「これか」


 一つ摘む。


 次。


《採取対象外》


 さらに次。


《薬効:微》

《採取可》


「よし」


 少しずつ集めていく。


 そこで、手が止まった。


「……入れるものないな」


 採取することしか考えてなかった。


 袋なんて持ってない。


 アクセルがこちらを見る。


「寄越せ」


「いいのか?」


「ああ」


 摘んだ薬草を渡す。


 アクセルが腰の魔法袋へ入れた。


「助かる」


 これなら問題ない。


 探す。鑑定する。摘む。アクセルへ渡す。


 また探す。


《鑑定レベル:1》

《使用回数により精度が向上します》


(それは聞いた)


《確認です》


(そうかよ)


 相変わらずだ。


 何度も鑑定しているうちに、だんだん見つけるのが早くなってきた。


 草の形。葉の付き方。生えている場所。


 まだ鑑定なしで判断できるほどじゃない。


 でも。


(思ったより集まるな)


 森で食べ物を探し続けた経験も、無駄ではなかったらしい。


 しばらくして休憩する。


 アクセルが水入れを取り出した。


 簡素な器へ水を注ぐ。


 ここちゃんへ。


 次に、手のひらへ移したむぎへ。


 二匹が飲み終わってから、俺も水をもらう。


「こういう時、水持ってると全然違うな」


「ああ」


 森で一人だった時。


 水場から離れられなかった理由を思い出す。


 道具が一つあるだけで、行動できる範囲が変わる。


 やっぱり、少しずつ揃えていかないとな。


⸻


 採取を再開して、しばらく経った頃だった。


「……ん?」


 木陰。


 他の草に混じって、小さな花が咲いている。


 色が妙だった。


 赤。青。黄色。


 見る角度で、いくつもの色が重なって見える。


「なんだ、これ」


 近づく。


 ほんのり甘い香りがした。


 嫌な匂いではない。


(鑑定)


《鑑定結果:不明》

《解析不可》

《鑑定レベル不足》


「……分からない?」


《現在の鑑定精度では詳細取得不可》


「そんなものもあるのか」


 何でも分かるわけじゃない。


 当然といえば当然なのかもしれない。


「アクセル」


「なんだ」


「これ、知ってるか?」


 アクセルが花を見る。


 少しだけ間があった。


「知らない」


「アクセルでも知らないのか」


「ああ」


 そうか。


 もう一度、花を見る。


 綺麗ではある。


 鑑定でも分からない。


 アクセルも知らない。


(それなら、ギルドで聞いた方が早いか)


 薬草ではなさそうだけど。


 ミアなら何か知っているかもしれない。


「綺麗だし、ミアにでも見せてみるか」


 花を摘む。


「これも入れてもらえる?」


「ああ」


 アクセルへ渡す。


 虹色の花も、魔法袋へ消えた。


⸻


 その後も採取を続ける。


 少し早めに切り上げる頃には、かなりの量が集まっていた。


 アクセルが魔法袋の中身を確認する。


「Fにしては多いな」


「そうなのか?」


「ああ」


 俺には基準が分からない。


 でも、少なくはないらしい。


「森で草ばっか探してたからな」


「そうだな」


 役に立つ日が来るとは思わなかった。


 コートを拾う。


 ここちゃんを抱き上げる。むぎは胸元。


「戻るか」


「ああ」


 初仕事。


 今のところ、かなり順調だと思う。


⸻


 ギルドへ戻る。


 カウンターへ向かうと、ミアがすぐに気づいた。


「レイン様、おかえりなさい」


「ただいま戻りました」


「採取はいかがでしたか?」


「たぶん、結構あります」


 アクセルを見る。


 魔法袋から、集めた薬草を取り出してもらう。


 俺が受け取り、カウンターへ置いていく。


 ミアが確認する。


 一束。もう一束。さらにその次。


「……多いですね」


「やっぱり?」


「はい。初めての採取依頼としては、かなり多いです」


 よかった。


 ちゃんと仕事になったらしい。


 確認が終わる。


 ミアが報酬を用意して、俺の前へ差し出した。


 受け取る。


 じゃらり。


「おお……」


 何枚もの硬貨が手の中で鳴った。


 昨日、アクセルが魔物の素材を換金して受け取った袋を思い出す。


 あれとは比べるまでもない。


 たぶん、全然少ない。


 それでも。


(これなら、借りた分は返せそうだ)


 初めて、自分で働いて稼いだ金。


 額以上に、そっちの方が嬉しかった。


「あ」


 そこで思い出した。


「そうだ。もう一つある」


 アクセルを見る。


 虹色の花を出してもらう。


「これなんですけど」


 ミアへ差し出す。


「森で見つけました。綺麗だったので、何か分かるかなと思って」


 ミアが受け取る。


「……」


 止まった。


「ミア?」


 返事がない。


 花を見る。俺を見る。もう一度、花を見る。


「……レイン様」


「はい」


「少々、お待ちください」


「え?」


 ミアは花を持ったまま。


 奥へ消えた。


 ざわ。


 近くにいた冒険者たちが、こちらを見る。


「おい、今の……」


「いや……」


「まさか」


 空気がおかしい。


 俺は隣を見る。


「……なんかまずいことした?」


 アクセルは少し考えた。


「分からん」


「アクセルも分からないのかよ」


「ああ」


 そこは迷いがない。


 本当に知らないらしい。


 その時。


 奥の扉が勢いよく開いた。


⸻


 重い足音。


 出てきた男を見て、思わず目が止まった。


 背は低い。でも横幅がある。


 がっしりした身体。


 立派な赤い髭。


(……すごいな)


 前世で見たファンタジー作品を思い出す。


(ドワーフ、そのまんまだ)


 もちろん、本当にドワーフなのかは知らない。


 見た目がそう見えるだけだ。


 男はまずアクセルを見た。


 次に、俺を見る。


「お前がレインだな?」


「はい」


 自然と背筋が伸びる。


「サイファ冒険者ギルド、マスターのドランだ」


 ギルドマスター。


 昨日登録したばかりなのに。


 もうトップが出てきた。


「話がある。来い」


「……はい」


(これ、怒られるやつか?)


 心当たりは、花しかない。


 アクセルが隣へ並ぶ。


「俺も行く」


 ドランがちらりと見る。


「好きにしろ」


 俺たちは奥の部屋へ入った。


⸻


 扉が閉まる。


 ドランは机の上へ、虹色の花を置いた。


「これをどこで見つけた」


「南門外の森です。薬草を採ってる途中で」


「鑑定は?」


「しました。でも、分かりませんでした」


 ドランの眉が少し動く。


「鑑定レベルは?」


「一です」


「……なるほど」


 ドランが息を吐いた。


「これは、虹色霊花だ」


「にじいろ……?」


「虹色霊花」


 聞いたことがない。


「伝説級の最上級回復薬。その主材になる」


「……はい?」


 言葉の意味が、一瞬入ってこなかった。


 伝説級。


 最上級回復薬。


 その材料。


 見る。


 机の上の小さな花。


「これが?」


「ああ」


「……その辺に咲いてましたけど」


「その辺に咲くようなものじゃない」


「ですよね」


 聞いた瞬間、そんな気はした。


「市場へ出せば騒ぎになる」


「……そんなに」


「ああ」


 知らなかった。


 本当に。


 ただ、綺麗な花だと思っただけだ。


 ドランが俺を見る。


「意図的に探したわけじゃないんだな?」


「違います」


「なぜ持ち帰った」


「鑑定でも分からなかったので、ギルドなら何か分かるかと思って」


 一度、言葉を切る。


「あと、綺麗だったので。ミアに見せようかなと」


 沈黙。


 隣で、アクセルが小さく息を漏らした。


「笑った?」


「少し」


「笑うところか?」


「ああ」


「何でだよ」


 ドランが額へ手を当てた。


「度胸があるのか、何も知らんのか……」


「後者です」


 そこは自信を持って言える。


 この世界のこと。


 まだ何も知らない。


 しばらく、ドランは花を見ていた。


 やがて。


「今回の発見は、功績として扱う」


「え?」


「偶然だろうが、虹色霊花を発見して持ち帰った。それ自体が功績だ」


「でも、俺は価値も分かってなかったんですけど」


「それでもだ」


 即答だった。


「それと、この虹色霊花はギルドで買い取る」


「買い取る?」


「ああ。これをお前にそのまま持ち歩かせるわけにもいかん」


 言われて、机の上の花を見る。


 市場へ出せば騒ぎになるもの。


 そんなものを持って街を歩く。


(……嫌だな)


「お願いします」


「その方がいい」


 ドランが人を呼ぶ。


 しばらく待つ。


 やがて、一つの袋が机の上へ置かれた。


「虹色霊花の買い取り分だ」


「……これ?」


「ああ」


 持ち上げる。


「重っ」


 思わず声が出た。


 さっき薬草採取でもらった報酬とは、明らかに違う。


 じゃら、と。


 袋の中で硬貨が重い音を立てた。


「……こんなにもらっていいんですか?」


「虹色霊花だぞ」


「そう言われても、相場を知らないんで」


「適正な買い取り額だ」


 それなら、受け取るしかない。


 隣を見る。


「アクセル。これって……多い?」


「ああ」


「どのくらい?」


 アクセルが袋を見る。


「それだけあれば、しばらくは暮らせる」


「……そんなに?」


「ああ」


 もう一度、手の中の袋を見る。


 初仕事で、薬草を採って。


 借りた金を返せそうだと思っていた。


 それが、よく分からない花を一本拾ったら。


 当面の生活まで何とかなりそうになった。


(……極端だな、この世界)


「ただし」


 ドランの声で顔を上げる。


「覚悟はしておけ」


「何をですか?」


「目立つ」


「……」


 それは。


「困ります」


「もう遅い」


 即答だった。


 昨日登録したばかり。


 今日は初依頼。


 俺としては、普通に働いて、借りた金を返したかっただけなんだけど。


 机の上には虹色霊花。


 手の中には、ずっしりと重い硬貨の袋。


(……初仕事って、こんな感じなのか?)


 たぶん。


 違う気がする。

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