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兎が本体扱いされました


 ドランの部屋を出た。


 扉が閉まる。


 そして。


「……」


 視線。視線。視線。


 ギルドにいる人たちが、ほとんど全員こっちを見ていた。


(うわ……)


 さっきまでより増えてないか。


 いや、増えたというより濃くなった。


「今の、本当に……」


「虹色霊花だろ」


「どこで見つけたんだ?」


「昨日登録したばっかりだよな?」


 小声が聞こえる。


 ここへ来た時も、かなり見られていた。


 見慣れない服。Sランクのアクセルと一緒。白いうさぎとハムスター連れ。


 それだけでも怪しかったのに。


 今度は、初仕事で伝説級の花を持ち帰った新人だ。


(そりゃ見るよな……)


 俺だって見る。


 腕の中で、ここちゃんがもぞっと動いた。


「ん?」


 下を見ようとした時。


 するり。


 白い身体が腕から抜ける。


「ここちゃん?」


 ぴょん。


 床へ降りた。


「おい、待て」


 呼んでも、ここちゃんは気にせず鼻をひくひくさせている。


 周囲を見る。


 知らない人。知らない匂い。知らない場所。


 たぶん、それを確認しているだけだ。


 少し離れたところにいた冒険者が、ここちゃんを見る。


「……兎」


 ここちゃんも、その人を見る。


 一歩。二歩。


 とことこと近づいていく。


「お、おい」


 男の方が少し戸惑った。


 さっきまで俺を見ていた時より、明らかに困っている。


 ここちゃんは気にしない。


 足元まで行って、鼻を動かす。


「……何だ?」


「たぶん、匂い嗅いでるだけです」


「そうなのか?」


「たぶん」


 飼い主なのに。


 たぶん。


 男がしゃがむ。


 少し迷ってから、手を出した。


「触っていいのか?」


「ここちゃんが嫌がらなければ」


 ここちゃんは逃げない。


 差し出された手の匂いを嗅いでいる。


 男がそっと頭へ触れた。


「……柔らか」


 その声だけ、妙に素だった。


 隣にいた別の男が覗き込む。


「噛まないのか?」


「たぶん大丈夫です」


「また、たぶんかよ」


「絶対とは言えないだろ」


 少しだけ、笑いが漏れた。


 ここちゃんは、そんなことはまったく気にせず撫でられている。


「……普通の兎だな」


 誰かが言った。


「普通って何だよ」


「いや。なんかもっとこう……」


「伝説級の花を見つける新人が連れてる兎だから?」


「そう」


「兎に何期待してんだよ」


 また、少し笑いが広がる。


「でも」


 最初にここちゃんを撫でた男が、もう一度頭を撫でる。


「……普通に可愛いな」


「だろ」


 思わず答えた。


 何人かが俺を見る。


「そこは即答なんだな」


「当たり前だろ」


 ここちゃんは可愛い。


 そこに議論の余地はない。


 少しだけ、空気が変わった。


 さっきまで、俺を見る目には警戒が強かった。


 今は。


 警戒。疑問。好奇心。


 そこに、少しだけ別のものが混じっている。


 何というか。


 呆れとか。笑いとか。


 そんな感じだ。


 ここちゃんが、また別の冒険者へ近づいていく。


「おい、こっち来たぞ」


「触ってみろよ」


「何で俺が」


「いいから」


 騒がしくなってきた。


 胸元で、むぎが少し動く。


「お前は出なくていいからな」


 小声で言う。


 キュ。


 たぶん、了解ではない。


⸻


「しかし」


 少し離れた場所から声がした。


「瞬狼がずっと一緒にいるの、あの新人だろ?」


 また俺の話か。


 視線がアクセルへ向く。


 本人はいつも通り。気にした様子もなく立っている。


「森からずっとだって聞いたぞ」


「そうらしいな」


「新人を守ってるんじゃないのか?」


 少し、空気が戻る。


 アクセルはSランク。


 そのアクセルが、登録したばかりの俺と一緒にいる。


 それ自体は、やっぱり変なんだろう。


 すると、ここちゃんを見ていた一人が言った。


「……いや」


 視線が、俺ではなく床にいるここちゃんへ向く。


「瞬狼が守ってるの、新人じゃなくて兎なんじゃないか?」


「兎?」


「ああ」


 何人かが、ここちゃんを見る。


 ここちゃんは、今度は誰かの靴の匂いを嗅いでいる。


「……でも、瞬狼はあいつと一緒にいるだろ」


「兎を連れてるからじゃないのか?」


「じゃあ」


 誰かが、俺を見る。


「……あいつ何なんだよ」


 少し間があった。


 何人かが、本気で考えているような顔をする。


 その時間いる?


 そして。


「……神輿?」


「誰が神輿だ」


 反射で出た。


 一瞬、静かになって。


「ぶっ」


「ははっ」


「神輿って」


「確かに兎運んでるけどよ」


 笑いが広がった。


「確かにじゃない」


「白い兎を運んで、その横に瞬狼だろ?」


「見た目だけならな」


「じゃあ神輿でいいじゃねえか」


「よくない」


 何だ、その雑な決め方。


 アクセルを見る。


「アクセルも何か言ってくれ」


「何をだ」


「俺が神輿扱いされてるんだけど」


 アクセルが俺を見る。


 次に、ここちゃんを見る。


 少し考える。


「運んでいるのは事実だな」


「そういう援護はいらない」


 また笑いが起きた。


 さっきまで、誰も俺に直接こんなことを言ってこなかった。


 遠巻きに見て、小声で話して、何者なのか探るような目をしていた。


 今は、目の前で普通にしょうもないことを言われている。


(……まあ)


 警戒され続けるよりは、こっちの方が楽かもしれない。


 神輿は嫌だけど。


⸻


 ここちゃんが俺の方へ戻ってくる。


「満足したか?」


 しゃがむ。


 ここちゃんは普通に近づいてきた。


 抱き上げる。


 きゅる。


「はいはい」


 いつものここちゃんだ。


 場をどうにかしようとか、誰かを安心させようとか。


 そんなことを考えていたようには見えない。


 ただ、気になる人のところへ行って、撫でられて戻ってきただけ。


 それなのに、ギルドの空気は少し前とは違っていた。


 まだ視線はある。


 虹色霊花のことを話している人もいる。


「本当に南の森なのか?」


「どうやって見つけたんだろうな」


「見つけようと思って見つかるものじゃないだろ」


「……何なんだ、あの新人」


 疑問は、全然消えていない。


 当然だと思う。


 俺だって、あの花が何だったのか、ついさっき知ったばかりだ。


 ふと、隣のアクセルを見る。


 アクセルも知らなかった。


 でも、この場には見た瞬間に何か気づいた人がいた。


(Sランクでも、何でも知ってるわけじゃないか)


 当たり前といえば、当たり前だ。


 強さと知識は、たぶん別の話なんだろう。


 それ以上は、今は分からない。


「おい、神輿」


 後ろから声が飛んできた。


 振り返る。


「だから神輿じゃない」


「じゃあ何て呼べばいいんだよ」


「レインだよ。さっきから名前出てるだろ」


「そうだったな、レイン」


「最初からそう呼べ」


 また笑われる。


 俺も、少しだけ笑った。


 信用されたわけじゃない。


 仲間になったわけでもない。


 虹色霊花のことだって、まだ色々思われている。


 でも。


 昨日まで、遠くから怪しそうに見られていただけだった連中と。


 今は、くだらないことで言い合っている。


 それくらいの変化なら。


(……悪くはないか)


 腕の中で、ここちゃんが鼻をひくひくさせる。


 胸元では、むぎが小さく鳴いた。


 キュ。


 そして、少し離れたところから。


「でも、あの虹色の花。ほんとに偶然なのか?」


 そんな声が聞こえた。


 俺は聞こえないふりをした。


 まあ。


 そう簡単にはいかないよな。


 そんなことを考えながら、ギルドを出ようとして――


「あ」


「どうした」


 アクセルが見る。


「返すの忘れてた」


 昨日。


 宿と夕食のために借りた分。


 それから今朝。


 朝食と、今夜の宿代に借りた分。


 薬草採取でもらった報酬を取り出す。


 虹色霊花の買い取りでもらった袋は、そのまま。


 こっちは、俺が初めて仕事をして稼いだ金だ。


「アクセル」


「なんだ」


「これ」


 借りた分を渡す。


「昨日と、今朝の分」


 アクセルが手元を見る。


「返さなくていい」


「返すって言っただろ」


 昨日も言った。


 借りる。


 でも、返す。


 そこは変えるつもりはない。


 アクセルは少しだけ金を見る。


「……そうか」


「ああ」


 受け取った。


 それだけ。


 でも。


(よし)


 少しだけ、肩が軽くなった。


 森を出て、街へ来て。


 何も持っていなかった俺が。


 初めて仕事をして、初めて自分で金を稼いで。


 借りた分を、ちゃんと返せた。


 虹色霊花のことは、正直まだ実感がない。


 でも。


 こっちは、ちゃんと分かる。


(まず一つ)


 自分で生活するために、少し進めた気がした。


「行くか」


 アクセルが言う。


「ああ」


 ここちゃんを抱き直す。


 むぎは胸元。


 今夜の宿はもう取ってある。


 借りた金も返した。


 問題は、明日から何をするか。


 それと。


「神輿ー!」


 後ろから声が飛んできた。


「レインだ!」


 笑い声が返ってくる。


(……これは、返してもなくならないのか)


 ため息をついて、ギルドを出た。

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