Dランク昇格と神輿理論
翌朝。
俺たちは、また冒険者ギルドへ来ていた。
ここちゃんは腕の中。むぎは胸元。アクセルは隣。
扉を開ける。
「お、神輿」
「朝からやめろ」
早い。
まだ入ったばかりだぞ。
昨日より、視線は少しだけ軽くなっていた。
見られてはいる。
でも、遠くから警戒されているというより、何となく様子を見られている感じだ。
中には、こっちを見て笑っているやつまでいる。
(……もう定着してないよな?)
神輿なんて呼ばれ始めたのは昨日だ。
大丈夫。
たぶん。
「おはようございます、レイン様」
受付からミアが声をかけてきた。
「おはようございます」
近づく。
ミアは俺を見ると、少しだけ姿勢を正した。
「レイン様。少々よろしいでしょうか」
「はい?」
何だろう。
昨日の虹色霊花。まだ何かあるのか。
ミアが手元の書類を見る。
「昨日お持ち込みいただいた虹色霊花についてですが」
周囲の声が、少しだけ小さくなった。
みんな。
聞いてるな。
「発見の功績を審査した結果」
ミアが俺を見る。
「レイン様のDランクへの昇格が決まりました」
「……」
一拍。
「……D?」
「はい」
聞き間違いではないらしい。
「俺、一昨日Fになったばかりですけど」
「はい」
「それでD?」
「はい」
ミアは真面目な顔で頷いた。
「今回の虹色霊花発見の功績が、それに相当すると判断されました」
「……そうなんですか」
言われても、実感がない。
F。
その上にE。
その上にD。
(いきなり二つ上がるのか)
昨日、初めて受けた仕事は薬草採取だ。
魔物を倒したわけでもない。難しい依頼を達成したわけでもない。
たまたま、知らない花を拾っただけ。
価値があることは、もう分かったけど。
「待てよ」
後ろから声がした。
振り返る。
一人の冒険者が立っている。
怒鳴ってはいない。
でも、顔は真剣だった。
「そいつ、一昨日登録したばっかりだろ」
「そうですね」
ミアが答える。
「虹色霊花を持ってきたのが大きな功績なのは分かる」
男は俺を見る。
「でも、それとDとしてやれるかは別だろ」
周囲から、小さく声が上がる。
「まあな」
「確かに」
「討伐もやってないだろ」
空気が少し張る。
でも。
(……それは、そうだよな)
俺だって、同じことを思っている。
「……それは、俺もそう思います」
声に出す。
男が少しだけ目を見開いた。
「昨日が初仕事ですし」
続ける。
「薬草採取しかしてません」
「……」
「戦えるかって言われたら、たぶん無理です」
森で見た魔物を思い出す。
アクセルなら一撃。俺なら死ぬ。
「だから、Dって言われても」
少し迷ってから。
「正直、俺も早い気はします」
ざわつきが、少しだけ変わった。
さっきまでより、尖っていない。
最初に声を上げた男も、すぐには何も言わなかった。
ミアが静かに口を開く。
「昇格理由は、戦闘実績ではありません」
全員がミアを見る。
「虹色霊花を発見し、持ち帰ったこと。その功績が評価されています」
それ以上、ミアは制度の細かい話まではしなかった。
俺にも、それで十分だった。
「だからといって」
さっきの男が言う。
「Dとして通用するかは、これからだろ」
「はい」
俺は頷く。
「俺もそう思います」
そこは、否定する理由がない。
⸻
「そもそも」
別の冒険者が声を上げた。
「虹色霊花なんて、どうやって見つけたんだ?」
また、視線が集まる。
「どうって……」
昨日の森を思い出す。
薬草を探して。鑑定して。摘んで。
その途中。
「薬草を探してる途中で見つけました」
「探してたのか?」
「虹色霊花を?」
「いや」
首を振る。
「花のことは知りませんでした」
「……知らなかった?」
「はい」
何人かが顔を見合わせる。
「鑑定は?」
「しました」
「何て出た?」
「分かりませんでした」
「は?」
「鑑定レベルが足りなくて」
少し大きめのざわめきが起きた。
「じゃあ何で持って帰ったんだよ」
「分からなかったので」
答える。
「ギルドで聞こうと思って」
「……それだけ?」
「あと」
一度、言葉を切る。
「綺麗だったので」
沈黙。
「……」
何人かが俺を見る。
何だ。
「それで持って帰ったのか?」
「はい」
「伝説級素材を?」
「その時は知らなかったので」
また、沈黙。
隣でアクセルが少しだけ顔を逸らした。
「……アクセル」
「何だ」
「今、笑った?」
「少し」
「またかよ」
昨日も笑ってたな。
何なんだ。
その時。
「じゃあ」
昨日、神輿と言い出したあたりにいた冒険者が口を開いた。
「神輿が自分で拾ったのかよ」
「だから俺は神輿じゃない」
反射で返す。
「本体が見つけたんじゃないのか?」
「何の本体だよ」
「そっち」
指さした先。
ここちゃん。
腕の中で、鼻をひくひくさせている。
「ここちゃんは何もしてない」
「本当に?」
「本当だよ」
「じゃあ神輿単独の功績か」
「その言い方やめろ」
ぷっ。
誰かが吹き出した。
「神輿単独って何だよ」
「自走式か?」
「歩いてるんだから自走はするだろ」
「そういう問題じゃない」
笑いが広がる。
さっきまで少し張っていた空気が、ゆるむ。
でも、全部消えたわけじゃない。
最初に声を上げた男は、まだ俺を見ていた。
やがて。
「……まあ」
腕を組む。
「昇格を決めたのはギルドだ」
「はい」
「だったら、俺らがここでひっくり返す話じゃない」
少しだけ間を置く。
「でも、Dで通用するかはこれから見せてもらう」
まっすぐ言われる。
嫌な感じはしなかった。
むしろ。
「分かりました」
それでいいと思う。
俺自身、まだ何ができるのか分かっていない。
Fだろうが、Dだろうが。
そこは変わらない。
⸻
手続きを終えたミアから、冒険者証を返される。
表示は、FからDへ変わっていた。
(早いな……)
本当に。
何も追いついてない。
「受けられる依頼の範囲も変わりますので、内容が分からない場合は必ず受付へ確認してください」
「分かりました」
そこは、Fだった時と変わらない。
分からないなら、聞く。
それでいこう。
「しかしよ」
横からまた声。
「Dランク神輿か」
「混ぜるな」
「ちょっと格が上がったな」
「神輿に格とかあるのか?」
「知らん」
「じゃあ言うな」
また笑われる。
ここちゃんが腕の中で少し動いた。
きゅる。
「ほら、本体も喜んでるぞ」
「喜んでない」
「何で分かるんだよ」
「飼い主だからだよ」
「神輿じゃなくて?」
「レインだよ」
何回言わせるんだ。
胸元で、むぎが小さく動く。
キュ。
お前まで参加しなくていい。
⸻
ギルドを出る前。
振り返る。
一昨日、初めてここへ来た時は、遠くから怪しそうに見られていた。
昨日は、虹色霊花を持ち帰って、さらに注目されて、なぜか神輿になった。
そして今日。
Dへの昇格に、ちゃんと文句を言われた。
別に、全員が納得したわけじゃない。
たぶん、まだ疑っている人もいる。
Dとして通用するのか。
虹色霊花を拾ったのは、本当にただの偶然なのか。
そういう目も、まだ残っている。
でも。
何も言われず、遠くから警戒されるよりは。
直接言われた方が、ずっと分かりやすい。
(Dか……)
手の中の冒険者証を見る。
一昨日、Fになったばかり。
それが、今日からD。
中身は、何も変わってない。
「レイン」
アクセルが呼ぶ。
「行くぞ」
「ああ」
顔を上げる。
その時。
「頑張れよ、神輿!」
後ろから声が飛んできた。
振り返る。
「レインだ!」
笑い声。
ため息が出る。
(……こっちは、変わるの早すぎないか?)
ここちゃんを抱き直す。
むぎは胸元。
Dランク。
そして。
神輿。
(後者はいらないんだけどな……)
ギルドの扉を開けた。




