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月例市の準備


 朝。


 サイファの通りは、いつもより少しだけ騒がしい。


 石畳を行き交う荷車の音。


 布を張る音。


 遠くで誰かが呼び込みの練習をしている。


 月例市が近い。


 空気が、浮き足立っている。


 拠点の居間。


 卓上には紙と炭筆。


 串の束。


 乾燥葉の小瓶。


 砕いた辛味の実。


 レインは紙を睨みながら言う。


「で、どうやって出す」


 カインは迷いなく答える。


「まずは露店許可です」


「いるのか」


「場所代が発生します」


 アクセルが腕を組む。


「金を払って売るのか」


「商売ですから」


 レインは苦笑する。


「戦闘より面倒だな」


 ノアが短く言う。


「段取り」


 レインは紙に数字を書く。


「肉。塩。葉。辛味の実」


 カインが補足する。


「炭。串。露店代」


「細かいな」


「利益は細部で決まります」


 アクセルが言う。


「食える量で」


「雑だな」


 だがレインは笑いながら計算する。


「これでどうだ」


 カインが覗き込む。


 少し考え、うなずく。


「妥当です。少し余裕があります」


「儲かるか」


「大儲けはしません」


「ならいい」


 基準は相変わらず単純だ。


 ここちゃんが紙の上をぴょんと横切る。


 きゅる。


「踏むな」


 むぎが小瓶の横にちょこんと座る。


 キュ。


 居間の空気は、少しだけ浮ついている。



 通りに出る。


 木材を運ぶ大工。


 布を染める商人。


 魚を干す露店。


 炭の匂いと、川風の匂いが混ざる。


 鍛冶屋の前を通ると、親父が炉の前から顔を上げた。


「おう、レイン」


 火の粉が跳ねる。


「また何か始めるのか?」


 レインが肩をすくめる。


「屋台出す」


「屋台ぁ?」


 親父の眉が上がる。


「肉だ」


「寝具の次は肉か。忙しいな」


 弟子が目を輝かせる。


「どんな肉ですか!」


「食えば分かる」


 アクセルが横で言う。


「食える」


「それは分かっとるわ」


 親父が笑う。


「市は匂い勝負だ。炭は多めに用意しとけ」


「助言ありがたい」


 カインが軽く頭を下げる。


 親父は鼻を鳴らした。


「売れたら一本持ってこい」


「金取るぞ」


「ちぇっ」


 笑いが広がる。



 ギルド前。


 張り紙が増えている。


 外町商人歓迎。


 露店募集。


 通りはすでに下見の商人で賑わっている。


 買い食いしていた冒険者が声をかけてきた。


「お、店でも出すのか?」


 レインが答える。


「出す」


「何売るんだ」


「肉」


「肉か!」


 アクセルが横で言う。


「食える肉だ」


「当たり前だろ!」


 笑いが起きる。


 だが、その笑いは悪くない。


 期待の混ざった笑いだ。


 レインは胸の奥が少し熱くなるのを感じる。



 拠点へ戻る。


全員が席につき卓の炭を見ている。


いつもの並びだ。


 串を並べ、肉を切る。


 葉を量る。


 辛味の実を砕く。


 レインが言う。


「葉、昨日の量で固定な」


 ノアがうなずく。


「ぶらすな」


 カインが手元を整えながら言う。


「再現が最優先です」


《再現性、重要》


(分かってる)


 アクセルが肉をひとつ持ち上げる。


「味見」


「まだ生だ」


「なら焼け」


 ここちゃんが足元を跳ねる。


 きゅる。


 むぎが袋の上にちょこんと座る。


 キュ。


 レインは地図を書き始める。


「屋台は曲がり角。風下」


 カインがうなずく。


「匂いが流れる位置です」


 ノアが補足する。


「人の流れも良い」


 アクセルが言う。


「人が多いところ」


「だからそこだ」


 レインは笑う。


 胸の奥が少し高鳴る。


 戦闘でもない。


 依頼でもない。


 ただの屋台。


 だが。


「……楽しみだな」


 ぽつりと漏れる。


 カインが横を見る。


「ええ」


 短いが、同じ温度だ。


 炭の匂い。


 刻む音。


 外から聞こえる市準備の喧騒。


 拠点の中は、妙に明るい。


 月例市まで、あと二日。


 わくわくが、少しずつ膨らんでいく。



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