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カインと作ったスパイス


 その日の夕方。


 拠点の居間に炭火の熱が満ちている。


 窓の外は薄橙に染まり、庭の草が風に揺れるたび、影がゆらりと揺れた。


居間には食卓と椅子が四脚。


全員が座り、席が全て埋まる。


炭の上で、串に刺した肉がじゅう、と鳴る。


 脂が落ちるたび、小さな火が跳ねる。


 レインは串をくるりと回し、真剣な顔で呟いた。


「……一味足りない」


 アクセルはすでに二本目に手を伸ばしている。


「食える」


「それは分かってる」


 レインは苦笑する。


 ノアが椅子にもたれたまま言う。


「印象が弱い」


 その言葉に、レインは串を持ったままカインを見る。


「知識担当、どう思う」


 カインは卓上の小瓶を指先で整え、わずかに微笑んだ。


「市場で買った乾燥葉、試してみましょう」


 瓶の蓋を開ける。


 青く、少し苦味を含んだ香りが立つ。


 レインは鼻を近づけ、目を細める。


「……いい匂いだな」


《刺激成分、強》


(いちいち言うな)


 誰も気づかない。


 葉を砕き、ぱらりと肉の上に散らす。


 アクセルがかじる。


 噛む。


 止まる。


「……草」


 レインが吹き出した。


「正直だな」


 カインも肩を揺らす。


「葉脈を除きましょう。苦味はそこに集まります」


「そこまでやるのか」


「やります」


 即答だった。


 レインは葉を細かくちぎる。


 指先に香りが移る。


 それを嗅ぎながら、少し楽しそうに言う。


「料理ってより実験だな」


「楽しいですね」


 その声は、ほんの少しだけ弾んでいる。


 再び焼く。


 炭がぱち、と鳴る。


 今度は苦味が弱い。


 アクセルがかじる。


「……薄い」


「極端かよ」


 レインは肩をすくめる。


 ノアが静かに言う。


「締まりがない」


 レインは卓上を見渡す。


 胡椒。


 塩。


 乾燥葉。


 その横に、小さな赤い実。


 市場で、なんとなく手に取ったものだ。


 レインがそれをつまみ上げる。


「これ、どうだ」


 カインが目を向ける。


「辛味の実ですね。量を誤ると強く出ます」


「少しだけな」


《辛味成分、強》


(黙れ)


 粉にする。


 ひとつまみ。


 肉に振る。


 焼く。


 香りが変わる。


 鋭い刺激が立ち上る。


 アクセルがかじる。


 噛む。


 止まる。


 水を取る。


「辛い」


 レインが声を上げて笑った。


「入れすぎた!」


 カインも笑う。


「三分の一で」


「刻むか」


 二人で実を砕く。


 乾燥葉と混ぜる。


 肉から落ちた脂を小皿に取り、そこへ混ぜる。


 レインが刷毛で塗る。


 真剣な顔だが、口元は少し緩んでいる。


「なんか職人っぽいな」


「共同作業です」


 焼く。


 炭が弾ける。


 香りがふわりと広がる。


 青さが丸くなり、辛味が奥に潜む。


 アクセルがかじる。


 噛む。


 ゆっくり咀嚼する。


 飲み込む。


 目を細める。


「……」


 レインが身を乗り出す。


「どうだ」


 一拍。


「……これだ」


 レインの肩の力が抜ける。


 思わず拳を握る。


「よっしゃ」


 声は小さいが、確かだ。


 ノアがうなずく。


「締まった」


 カインも一口。


 目を閉じる。


「最初に塩。途中に葉。最後に辛味が残ります」


 レインが笑う。


「三段階だな」


「ええ」


《味覚満足度、上昇》


(だから締めるな)


 レインはもう一度焼く。


「再現確認だ」


「まだやるのか」


「やる」


 同じ配合。


 同じ量。


 同じ手順。


 アクセルがかじる。


 同じ顔。


「これだ」


 今度は全員が笑った。


 レインは串を掲げる。


「できたな」


 カインの表情が柔らかくなる。


「ええ。これは出せます」


 アクセルが言う。


「食える」


 それが最大級の賛辞だ。


 ここちゃんが足元を跳ねる。


 きゅる。


 むぎがポケットから顔を出す。


 キュ。


 炭火の熱。


 夕暮れの匂い。


 笑い声。


 くだらない実験。


 だが。


 二人で作った味だ。


 レインが炭を見つめながら言う。


「月例市、出すか」


 カインは迷わず答える。


「出しましょう」


 炭が、ぱち、と弾けた。



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