↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
86/248

商人の目


 寝具が整った次の朝。


 拠点の空気は、どこか軽かった。


 夜、軋む音はなかった。


 揺れもない。


 寝具が整うと、拠点まで整った気がする。


 庭でここちゃんが跳ねる。


 きゅる。


 むぎが物置の上で丸くなる。


 キュ。


 カインが門の外を見ていた。


「今日は市場を見てきます」


 穏やかな声だ。


 俺は軽く肩を回す。


「商材探しか」


「ええ。街を知るのも仕事です」


 アクセルが短く言う。


「食うのか」


 カインはわずかに笑う。


「少しは」


 俺の口元も、つられて少し上がる。


「じゃあ、行くか」


⸻


 市場通りは、いろんな匂いに満ちていた。


 炭の煙。

 塩気。

 干した川魚の香ばしさ。

 焼いた肉の濃い匂い。


 串に刺さった川魚が、炭の上でじゅうと鳴る。


 塩だけ。


 潔い。


 俺は一本買い、歩きながらかじる。


 ぱり、と皮が割れる。


 塩が立つ。


 思わず目が細くなる。


「悪くない」


 屋台の親父が鼻を鳴らす。


「山向こうの岩塩だ。今週の市はこれで出す」


「市?」


 俺は顔を上げる。


「月例市だよ。外町の商人も来る。人が増える」


「そうなんだ」


 それだけ言って、俺はもう一口かじる。


 横から声が飛ぶ。


「神輿買い物かー?」


 買い食いしていた冒険者だ。


 俺は魚をくわえたまま答える。


「違う」


 アクセルは視線も向けない。


 カインは軽く会釈する。


 冒険者は笑って去った。


 ここちゃんが炭の匂いに鼻をひくつかせる。


 きゅ。


 俺はしゃがんで頭を撫でる。


「これはだめだ」


⸻


 干物屋の前で、カインが足を止める。


 吊るされた川魚。


 乾燥具合にばらつきがある。


 カインは一本を手に取り、指で軽く押す。


「水分が抜けきっていませんね」


 店主が目を細める。


「分かるのか」


「少し」


 俺は横で匂いを嗅ぐ。


 鼻先を近づけ、少し首を傾げる。


「香りが弱い」


「油が残っています」


「だからか」


 魚を見つめながら、口の端が上がる。


 面白い。


 アクセルはいつの間にか二本目を買っていた。


「食える」


 それで十分だ。


⸻


 少し奥まった通りに、薬屋がある。


 乾燥葉が瓶に詰められ、棚に並んでいる。


 苦みのある匂い。


 粉の香り。


 俺は足を止める。


 瓶を手に取り、指で葉を擦る。


 香りが立つ。


 その瞬間、目がわずかに熱を持つ。


「……前に王都で見たやつに近いな」


 カインが視線を向ける。


「王都?」


「湿布用って売られてたハーブがあったんだ。試しに料理に使った」


 一瞬の間。


 アクセルが低く言う。


「またか」


 嫌そうではない。


 呆れ半分だ。


 俺は肩を揺らして笑う。


「食えただろ」


「食えた」


 即答。


 ノアが静かに言う。


「問題はなかった」


 カインが瓶の葉を指先で転がす。


「薬として扱われていますが、香りは悪くありません。効能ではなく、状態と匂いを見るなら、十分素材になります」


 俺は瓶を鼻先に近づけ、もう一度香りを確かめる。


 口元がわずかに緩む。


「……強いな」


「乾燥が丁寧です」


 俺は小瓶を買う。


 軽い音がする。


 市場のざわめきが遠くで揺れる。


 炭の煙。

 塩の匂い。

 川魚の香ばしさ。


 その中で、乾燥葉の香りだけが、はっきり立つ。


 俺はぼそっと言う。


 だが、声は少し弾んでいた。


「混ぜてみるか」


 カインの口元が、わずかに上がる。


「試す場はあります」


「市か」


「ええ」


 まだ提案ではない。


 ただの事実だ。


 アクセルが串をかじりながら言う。


「食えるなら何でもいい」


 ノアが短く補足する。


「量は慎重に」


 ここちゃんが足元を跳ねる。


 きゅる。


 むぎがポケットから顔を出す。


 キュ。


 市場の喧騒の中で、俺たちは歩き出す。


 今日は商材探し。


 だが。


 俺の歩幅は、少しだけ速かった。


⸻


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。