ばねは囲め
午後。
鍛冶屋の炉はまだ赤い。
鉄を打つ音が、店の奥で響いている。
俺は試作で足りなかった分の、追加のばねを頼みに来ていた。
親父が腕を組み、俺を見る。
「追加分は巻いとく。で、何だその顔は」
俺は息を吐く。
「揺れる」
親父の眉が動く。
「……揺れるだと?」
俺はうなずいた。
「横に逃げる。だから揺れる」
親父は顎を撫でる。
「ばねは縦には強ぇ。だが横は弱ぇ」
「どうすればいい」
「囲め」
親父は机を叩いた。
「横に逃げるなら、逃げ場をなくせ」
弟子が横から口を出す。
「浅い箱みたいにすればいいんじゃないですか!」
親父が弟子の頭を軽く叩く。
「正解だ」
そして俺に向き直る。
「枠は大工だ。裏通りの工房に行け」
「紹介はいるか?」
「寝具だって言えば笑われるだけだ」
十分だ。
⸻
大工の工房は木の匂いが濃い。
削り屑が床に広がっている。
大工が手を止め、俺を見る。
「寝具の枠?」
「ばねが横に逃げる」
俺が説明すると、大工は少し考えた。
「浅い箱にして、内側に詰める形か」
「そうだ」
「底板はいるか?」
「一つだけ」
俺が言う。
「まずは試す」
大工がにやりと笑う。
「夕方持ってく」
話は早かった。
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夕方。
拠点の門が開く。
大工が木枠を担いで入ってくる。
その後ろから鍛冶屋の親父も顔を出した。
片手には麻袋。
「枠だ」
大工が言う。
親父が袋をどさりと置く。
「追加分だ」
中で鉄が鈍く鳴る。
俺は袋を見る。
「早いな」
「寝具に本気な顔して帰ってったからな」
親父が鼻を鳴らす。
「足りねぇまま寝かせたら、また文句言うだろ」
「言う」
「言うな」
親父の後ろで弟子が笑う。
ここちゃんが庭を走る。
きゅる。
むぎが物置の上から様子を見る。
キュ。
⸻
居間に枠を置く。
浅い囲いに、底板をはめた一つだ。
俺は布で包んだばねを並べ始める。
午前中の分だけでは足りなかった隙間へ、追加分を入れていく。
「等間隔に置く」
俺が言うと、ノアがすぐ横から口を出す。
「中央が狭い」
「今言うな」
《配置:改善余地》
(うるさい)
カインがしゃがみ込み、静かにばねを並べ直す。
「少し寄せた方が安定します」
手つきが丁寧だ。
親父が腕を組む。
「悪くねぇ」
大工が枠を軽く叩く。
「木は鳴るぞ」
「布団を敷けば減る」
俺はそう言って布団を上に重ねる。
押す。
沈む。
戻る。
横に逃げない。
「……よし」
全員の視線が、アクセルに向く。
アクセルが眉をひそめる。
「なぜ俺だ」
俺は指を差す。
「一番うるさいからだ」
アクセルは無言で横になる。
体が沈む。
支える。
揺れない。
数秒、静寂。
親父が腕組みのまま見守る。
大工が口元を上げる。
弟子が身を乗り出す。
ここちゃんが畳の上で耳を立てる。
きゅる。
アクセルが目を閉じたまま言う。
「……揺れない」
さらに数秒。
「これだ」
確定。
親父が吹き出す。
「寝具でそこまでやるか」
大工が笑う。
「悪くない」
カインが静かにうなずく。
「安定しています」
ノアが補足する。
「横方向、問題なし」
《安眠:高確率》
(締めるな)
アクセルは目を閉じたまま言う。
「俺の寝台も改良する」
「もうしてるだろ」
「もっとだ」
欲張るな。
笑いが広がる。
俺は即答する。
「順番だ」
ただの寝具。
ただの改良。
それだけだ。
外では夕日が庭を染めている。
くだらないことに、全員が本気になる。
その空気が、妙に心地いい。
俺は枠をもう一度押す。
沈む。
支える。
満足だ。
そのとき。
アクセルがゆっくりと起き上がった。
「一つだけだな」
俺はうなずく。
「まずは試しだ」
アクセルは木枠を見たまま言う。
「追加は三人分だ」
即答。
自分の分だけじゃない顔だ。
大工が口を開く。
「寝台はあるんだろ」
「ああ」
「なら枠だけでいい。寸法を見せろ」
親父が鼻を鳴らす。
「ばねは、その寸法に合わせて巻く」
大工が顎で廊下を指す。
「測ってくぞ」
話が早い。
俺は肩をすくめる。
「今からか」
「今だ」
当然みたいに言う。
アクセルはもう立っていた。
「来い」
「お前が急かすな」
だが、足は自然に動く。
寝台はある。
足りないのは中身だけだ。
親父が腕を組んだまま言う。
「三人分まとめてやる。三日はかかる」
アクセルが小さくうなずく。
「待つ」
短い。
だが、不満はない。
俺は笑う。
「三日だ」
夕日の残りが庭に落ちる。
くだらないことに、本気になる。
でも、こういうのは嫌いじゃない。
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