表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/85

ばねは囲め


 午後。


 鍛冶屋の炉はまだ赤い。


 鉄を打つ音が、店の奥で響いている。


 俺は試作で足りなかった分の、追加のばねを頼みに来ていた。


 親父が腕を組み、俺を見る。


「追加分は巻いとく。で、何だその顔は」


 俺は息を吐く。


「揺れる」


 親父の眉が動く。


「……揺れるだと?」


 俺はうなずいた。


「横に逃げる。だから揺れる」


 親父は顎を撫でる。


「ばねは縦には強ぇ。だが横は弱ぇ」


「どうすればいい」


「囲め」


 親父は机を叩いた。


「横に逃げるなら、逃げ場をなくせ」


 弟子が横から口を出す。


「浅い箱みたいにすればいいんじゃないですか!」


 親父が弟子の頭を軽く叩く。


「正解だ」


 そして俺に向き直る。


「枠は大工だ。裏通りの工房に行け」


「紹介はいるか?」


「寝具だって言えば笑われるだけだ」


 十分だ。



 大工の工房は木の匂いが濃い。


 削り屑が床に広がっている。


 大工が手を止め、俺を見る。


「寝具の枠?」


「ばねが横に逃げる」


 俺が説明すると、大工は少し考えた。


「浅い箱にして、内側に詰める形か」


「そうだ」


「底板はいるか?」


「一つだけ」


 俺が言う。


「まずは試す」


 大工がにやりと笑う。


「夕方持ってく」


 話は早かった。



 夕方。


 拠点の門が開く。


 大工が木枠を担いで入ってくる。


 その後ろから鍛冶屋の親父も顔を出した。


 片手には麻袋。


「枠だ」


 大工が言う。


 親父が袋をどさりと置く。


「追加分だ」


 中で鉄が鈍く鳴る。


 俺は袋を見る。


「早いな」


「寝具に本気な顔して帰ってったからな」


 親父が鼻を鳴らす。


「足りねぇまま寝かせたら、また文句言うだろ」


「言う」


「言うな」


 親父の後ろで弟子が笑う。


 ここちゃんが庭を走る。


 きゅる。


 むぎが物置の上から様子を見る。


 キュ。



 居間に枠を置く。


 浅い囲いに、底板をはめた一つだ。


 俺は布で包んだばねを並べ始める。


 午前中の分だけでは足りなかった隙間へ、追加分を入れていく。


「等間隔に置く」


 俺が言うと、ノアがすぐ横から口を出す。


「中央が狭い」


「今言うな」


《配置:改善余地》


(うるさい)


 カインがしゃがみ込み、静かにばねを並べ直す。


「少し寄せた方が安定します」


 手つきが丁寧だ。


 親父が腕を組む。


「悪くねぇ」


 大工が枠を軽く叩く。


「木は鳴るぞ」


「布団を敷けば減る」


 俺はそう言って布団を上に重ねる。


 押す。


 沈む。


 戻る。


 横に逃げない。


「……よし」


 全員の視線が、アクセルに向く。


 アクセルが眉をひそめる。


「なぜ俺だ」


 俺は指を差す。


「一番うるさいからだ」


 アクセルは無言で横になる。


 体が沈む。


 支える。


 揺れない。


 数秒、静寂。


 親父が腕組みのまま見守る。


 大工が口元を上げる。


 弟子が身を乗り出す。


 ここちゃんが畳の上で耳を立てる。


 きゅる。


 アクセルが目を閉じたまま言う。


「……揺れない」


 さらに数秒。


「これだ」


 確定。


 親父が吹き出す。


「寝具でそこまでやるか」


 大工が笑う。


「悪くない」


 カインが静かにうなずく。


「安定しています」


 ノアが補足する。


「横方向、問題なし」


《安眠:高確率》


(締めるな)


 アクセルは目を閉じたまま言う。


「俺の寝台も改良する」


「もうしてるだろ」


「もっとだ」


 欲張るな。


 笑いが広がる。


 俺は即答する。


「順番だ」


 ただの寝具。


 ただの改良。


 それだけだ。


 外では夕日が庭を染めている。


 くだらないことに、全員が本気になる。


 その空気が、妙に心地いい。


 俺は枠をもう一度押す。


 沈む。


 支える。


 満足だ。


 そのとき。


 アクセルがゆっくりと起き上がった。


「一つだけだな」


 俺はうなずく。


「まずは試しだ」


 アクセルは木枠を見たまま言う。


「追加は三人分だ」


 即答。


 自分の分だけじゃない顔だ。


 大工が口を開く。


「寝台はあるんだろ」


「ああ」


「なら枠だけでいい。寸法を見せろ」


 親父が鼻を鳴らす。


「ばねは、その寸法に合わせて巻く」


 大工が顎で廊下を指す。


「測ってくぞ」


 話が早い。


 俺は肩をすくめる。


「今からか」


「今だ」


 当然みたいに言う。


 アクセルはもう立っていた。


「来い」


「お前が急かすな」


 だが、足は自然に動く。


 寝台はある。


 足りないのは中身だけだ。


 親父が腕を組んだまま言う。


「三人分まとめてやる。三日はかかる」


 アクセルが小さくうなずく。


「待つ」


 短い。


 だが、不満はない。


 俺は笑う。


「三日だ」


 夕日の残りが庭に落ちる。


 くだらないことに、本気になる。


 でも、こういうのは嫌いじゃない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ