客用布団が固いらしい
夜のサイファは静かだ。
庭の草が風に擦れる音だけが、かすかに聞こえる。
軽い食事を済ませ、それぞれが思い思いに過ごしている中。
カインを案内した部屋の真ん中に、客用の布団が一枚広げられていた。
急ぎで買った、簡素なものだ。
正直、薄い。
カインが丁寧に角を整える。
「本当に、これで十分です」
やわらかい声。
遠慮がにじむ。
アクセルが腕を組んだまま言った。
「固い」
「まだ寝てないだろ」
「どう見ても固い」
そっちか。
「お前のはどうなんだ」
「問題ない」
即答。
「ふかふかだしな」
「当然だ」
ぶれない。
カインがそっと横になる。
布団はほとんど沈まない。
床板の感触が、そのまま背に返る。
数秒。
「……少し」
控えめすぎる。
アクセルが言う。
「固い」
二度目。
「だからお前のじゃないだろ」
「客が固いのはよくない」
真顔だ。
なんでそんなに真剣なんだ。
俺はしゃがみ込み、布団を押す。
沈まない。
というより、薄い。
床が近い。
さすがに、これは可哀想だ。
そりゃ野営よりはマシだ。
だが、拠点という落ち着く場所ができた。
急ぎの依頼もない。
なら。
俺はもう一度、布団を押す。
少しは沈む。
だが、均一に潰れるだけだ。
肩も腰も、ただ床に近づくだけ。
前世の寝具を思い出す。
押したところだけ沈む感覚。
肩と腰が支えられる構造。
「……ばね、か」
「武器か」
「寝具だ」
アクセルが眉をひそめる。
俺は立ち上がる。
「小さいばねを布の中に並べる。押したところだけ沈む。肩と腰を支えれば、だいぶ違う」
ノアが小さく呟く。
「沈みすぎないように分散させるのか」
「難しい言い方するな」
《体圧分散構造、再現可能性あり》
(黙れ)
《睡眠効率向上、回復量増加見込み》
(話を広げるな)
カインが慌てて身を起こす。
「そこまでしていただかなくても」
「客だろ」
俺は肩をすくめる。
「それに」
アクセルを見る。
「客用が固いらしいしな」
「固い」
三度目。
ここちゃんが布団にぴょんと乗る。
きゅる。
沈まない。
むぎが棚の上からキュと鳴く。
アクセルが布団を押しながら言う。
「もう少し沈むべきだ」
「お前はもう沈んでるだろ」
「俺のは適切だ」
断言。
完全に家基準だ。
本人に自覚はない。
外で風が吹く。
拠点は静かだ。
ただ寝心地をよくしたいだけだ。
それだけなのに、妙に真剣になっている自分に気づく。
快適さは大事だ。
ここは、もう帰る場所なんだから。
「明日、鍛冶屋に行くか」
ノアがうなずく。
アクセルが当然みたいに言う。
「明日だな」
「分かってる」
ランプの灯りが、静かに揺れた。
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