配る理由と、沈み込む理由
ギルドの扉を閉める。
カインの荷車は、さっきと同じ場所にあった。
陽はまだ高い。
でも、ギルドへ入る前より少しだけ傾いている。
俺は腰の魔法袋へ手を入れた。
外から見れば、いつもの魔法袋から取り出しているようにしか見えない。
実際には、無限収納から。
取り出すようにして、干し貝の入った袋を出す。
持ち上げると、中で殻同士が擦れた。
から。
かさり。
「それか」
アクセルが言う。
「ああ」
精霊大陸で買った、殻付きの干し貝。
サイファへ持って帰るために買った土産だ。
「行くか」
「ああ」
ノアも頷く。
カインは袋へ一度目を向けたけど、何も聞かなかった。
俺たちはそのまま通りへ出た。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元。
カインは荷車を引いてついてくる。
少し歩いたところで、見覚えのある冒険者と目が合った。
向こうも俺に気づく。
「お、神輿」
「誰が神輿だ」
久しぶりでも、そこは変わらないらしい。
冒険者が笑う。
「何だ、その袋」
「土産。精霊大陸で買ってきた干し貝」
「食っていいのか?」
「そのために持ってきた。一人一つな」
「分かった」
本当に分かったのか怪しい返事をして、手を伸ばしてくる。
ここちゃんを抱いたまま、空いている手で袋を渡した。
神輿冒険者が中から一つ取る。
「これ、どう食うんだ?」
「炙るとうまい」
「火ならこっち使え」
近くから声が飛んだ。
「じゃあ借りる」
「俺にも一個」
「こっちにも回してくれ」
あっという間に人が寄ってくる。
「一人一つだからな!」
「分かってるって」
「今二個取っただろ!」
「気のせいだ」
「手に二個ある!」
周りから笑い声が上がる。
神輿冒険者が一つ戻した。
「ほら。一個だ」
「最初からそうしろ」
「細かいな、神輿」
「神輿言うな」
誰かが受け取った干し貝を火へ近づける。
ぱち。
乾いた音がした。
少しすると、香ばしい匂いが通りへ流れる。
「お、何だそれ」
「神輿の土産」
「誰が神輿だ」
「一個もらっていいのか?」
「一人一つなら」
「お前の土産みたいに言うなよ」
また笑い声が上がった。
神輿冒険者が袋を持ったまま、勝手に周りへ回していく。
受け取ったやつがまた隣へ渡す。
俺が一人ずつ配る必要なんてなかった。
「一人一つだからな!」
たまに声だけ飛ばしておく。
「分かってるって!」
全然信用できない。
少し離れたところで、カインがその様子を見ていた。
荷車の取っ手を持ったまま。
俺と目が合う。
「皆さんへのお土産だったんですね」
「ああ。精霊大陸で買ったんだ」
「そうでしたか」
カインがまた人の輪を見る。
神輿冒険者は、いつの間にか完全に配る側へ回っていた。
「ほら、一人一つだぞ!」
「それ俺の台詞!」
また笑いが起きる。
その時。
「ここちゃん!」
子どもの声がした。
腕の中のここちゃんを見つけて、二人の子どもが駆け寄ってくる。
一人が、ここちゃんを見上げた。
「触っていい?」
「いいぞ。優しくな」
「うん!」
その子が、そっとここちゃんの背中を撫でる。
「わあ。ふわふわ!」
すると、隣にいたもう一人も手を伸ばした。
「僕も!」
「順番な」
「分かってる!」
今度はそっちの子が、ここちゃんをそっと撫でる。
「レインよりいっぱい触ってるかも」
「それはない」
「なんで?」
「俺の方がずっと一緒にいるから」
「張り合ってる!」
「そこは張り合う」
二人が笑った。
ここちゃんは俺の腕の中で、気にした様子もなく鼻を動かしている。
そこへ神輿冒険者が顔を向けた。
「本体も元気そうだな」
「本体言うな」
何も変わってない。
胸元も少し動く。
むぎが顔を出した。
キュ。
「お前のじゃないぞ」
鼻先が動く。
何に反応したのかは分からない。
そのまま胸元にいる。
そんなことをしている間にも、干し貝の袋は人から人へ回っていた。
「一人一つだからな!」
たまに声を飛ばす。
「分かってるって!」
全然信用できない。
けど。
気づけば、あれだけあった干し貝はあっという間になくなっていた。
返ってきた袋を軽く振る。
かさ。
もう、ほとんど音もしない。
「早かったな」
俺が言うと、アクセルが袋を見る。
「ああ」
今回、街へ配るために出した分は、これで終わりだ。
空を見上げる。
通りへ落ちる影が長くなっている。
空の色も、少しずつ変わり始めていた。
「もう夕方か」
「ああ」
アクセルも空を見る。
ここちゃんは変わらず腕の中。
むぎも胸元。
カインは荷車の取っ手へ手を戻した。
ここで。
ふと思う。
「カイン」
「はい?」
「今日、うち泊まってくか?」
カインが俺を見る。
「よろしいんですか?」
「ああ。空いてる部屋あるし」
「ですが」
「今さらだろ。ヴァンからずっと一緒に来たんだし」
カインが少し黙る。
アクセルを見る。
ノアを見る。
アクセルは短く頷いた。
「ああ」
ノアも続く。
「問題ない」
カインが二人を見る。
それから俺へ戻った。
「では、お言葉に甘えます」
「ああ」
決まり。
そこで。
一つ思い出した。
「……布団」
「何ですか?」
「客用のがない」
部屋はある。
でも。
寝るものがなければ意味がない。
「買ってくか」
「そこまでしていただかなくても」
「床で寝かせるわけにもいかないだろ」
俺が言うと、アクセルがこっちを見る。
「俺たちは地面で寝てたけどな」
「あれは旅だから」
「ああ」
「お前も寝台に帰りたがってただろ」
「帰りたい」
即答。
「だよな」
分かりやすい。
夕方になってきている。
俺たちは拠点へ向かう途中で、急ぎで簡素な客用布団を一組買った。
それから。
今度こそ、拠点へ向かった。
カインの荷車も一緒だ。
街の通りを抜けて。
見慣れた道を進む。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元。
そして。
拠点が見えた。
「ここ」
足を止める。
カインが前を見る。
「こちらが?」
「ああ。俺たちの拠点」
門を開ける。
中へ入る。
カインも荷車と一緒に続く。
久しぶりに見る庭。
建物。
何も変わってない。
ここまでずっと腕の中にいたここちゃんを下ろす。
きゅる。
地面へ降りると、少し先へ進んで鼻を動かした。
「戻ってきたな」
呼び止める必要もない。
ここは安全だ。
カインは庭をゆっくり見回していた。
「どうした?」
「いえ」
少し間を置いて。
「……落ち着く場所ですね」
「そう?」
「はい」
カインが頷く。
初めて来た場所なのに。
そう言われると、少し変な感じがする。
でも。
悪くない。
「じゃあ、中入るか」
「はい」
ここちゃんも俺たちと一緒に母屋へ入る。
むぎはまだ胸元だ。
中へ入ってから、胸元へ手を入れる。
「むぎも帰ってきたぞ」
手を差し出すと、むぎが乗った。
そのまま床へ下ろす。
キュ。
小さな身体が動き出す。
旅の間は胸元。
野営では小さい敷物。
それがずっと続いていた。
でも。
ここには、いつものものがある。
むぎが柔らかい布のところまで行った。
端へ鼻を寄せる。
もぞ。
頭を入れる。
そのまま中へ潜っていった。
「……やっぱりこれ好きなんだな」
布が少しだけ動く。
しばらくして。
顔だけ出た。
キュ。
「次に長く出る時は、これも持っていくか」
今回は持っていかなかった。
小さい敷物はあったけど。
長旅なら、こっちも持っていこう。
むぎはまた布の中へ引っ込んだ。
その横を、ここちゃんが自由に歩いていく。
旅の間みたいに、ずっと俺の腕の中にいる必要はない。
いつもの家の中だ。
「じゃあ、空いてる部屋見せるよ」
「お願いします」
カインを連れて廊下を進む。
途中。
アクセルが自分の部屋の前で止まった。
「じゃあ俺、カインを空いてる部屋に案内してくるから」
「ああ」
アクセルが扉を開けて、中へ入る。
数秒。
どさ。
音がした。
「……何してんだ?」
部屋を覗く。
アクセルが寝台の上で仰向けになっていた。
両腕を広げて。
完全に身体を預けている。
「……これだ」
目まで閉じてる。
「そんなにか」
「ああ」
心底満足そうだ。
街道で何度も地面が固いって言って。
王都でも寝台を気にして。
サイファまであと何日か数えてた。
「拠点に帰れてよかったな」
「ああ」
「もう地面じゃないぞ」
「ああ」
動く気配がない。
「寝るなよ」
「寝てない」
「目閉じてるだろ」
「休んでる」
「はいはい」
俺は笑って廊下へ戻った。
カインも少しだけ笑っている。
そこへ、ここちゃんが歩いてきた。
ノアの足元で止まる。
ノアがしゃがんで手を差し出す。
そのまま、ここちゃんを抱き上げた。
白い身体がノアの腕に収まる。
「落ち着いたな」
ノアが言う。
「ここちゃんが?」
「全部」
「ああ」
そうかもしれない。
むぎは柔らかい布。
ここちゃんはノアの腕の中。
アクセルは自分の寝台。
俺たちは、いつもの場所へ戻ってきた。
その中に今日は。
カインが客としている。
「じゃあ、行くか」
「はい」
カインを空いている部屋へ案内する。
急ぎで買った客用布団を出して、そこで使えるようにしておく。
今日はここで休んでもらえばいい。
廊下の向こうから、アクセルの声がした。
「レイン」
「何?」
「寝台はいいな」
「知ってるよ」
「そうか」
それだけ言って静かになった。
長い旅が終わって。
ようやく。
アクセルは、自分の寝台へ沈み込んでいた。




