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受付嬢は甘味に弱い


 サイファの通りを歩く。


 さっきまで何度も声をかけられていたせいか、なかなか前へ進まない。


 それでも、向かう場所は決まっていた。


「まずギルドだな」


「ああ」


 アクセルが答える。


 ノアもそのまま隣を歩いている。


 ここちゃんは俺の腕の中。むぎは胸元だ。


 カインは少し後ろから荷車を引いてついてくる。


 帰ってきたなら、まず顔を出しておきたい。


 俺たちは冒険者ギルドへ向かった。


 見慣れた建物の前で足を止める。


 カインも荷車を止めた。


「ここですか」


「ああ」


 カインが看板を見上げる。


「俺たちがいつも世話になってるギルド」


「なるほど」


 扉を押す。


 木の軋む音。


 中から聞こえる話し声。


 酒と革の混じった匂い。


 久しぶりだけど、変わってない。


 何人かがこっちを見た。


「あれ?」


「白兎の庭だ」


「帰ってきたのか」


 声が広がる。


 俺は軽く手を上げながら、カウンターへ向かった。


 その奥で。


 書類を見ていたミアが顔を上げた。


「……レインさん?」


「ああ」


 ミアの表情が変わる。


「おかえりなさい!」


「ただいま」


 声が思ったより自然に出た。


 ミアの視線が俺からアクセルへ、ノアへと動く。


「アクセルさんも。ノアさんも、おかえりなさい」


「ああ」


「ただいま」


 それから、俺の腕の中へ。


「ここちゃんも」


 ここちゃんの耳が動く。


 続いて胸元を覗く。


「むぎちゃんも。元気そうですね」


「二匹とも元気だよ」


「よかったです」


 ミアが笑う。


 それから、ようやく俺たちの後ろにいるカインへ目を向けた。


「あの、そちらの方は?」


「ああ。カイン」


 俺は少し横へずれる。


「旅商人で、ヴァンから一緒に来た」


 カインが一歩前へ出た。


「カインと申します。よろしくお願いします」


「サイファ冒険者ギルド受付のミアです。よろしくお願いします」


 二人が軽く頭を下げ合う。


 それだけ。


 俺はカウンターへ向き直った。


「とりあえず、無事に戻ったって報告な」


「はい。皆さん揃って戻られて何よりです」


 ミアが頷く。


「長かったですね」


「長かったな」


 精霊大陸へ渡って。


 森へ入って。


 帰りにはテラと別れて、カインと会った。


 話し始めればいくらでも長くなる。


 今ここで全部話す必要はない。


「詳しい話は、また必要な時にするよ」


「分かりました」


 ミアもそれ以上は聞かなかった。


 なら。


 次だ。


「あと、これ」


 腰の魔法袋へ手を入れる。


 中から取り出すようにして、小さな瓶を一つ出した。


「土産」


「私にですか?」


「ああ。精霊大陸で買ったやつ」


 カウンターへ置く。


 瓶の中には、蜜に浸かった木の実が入っている。


 ミアが瓶を手に取った。


「木の実ですか?」


「蜜漬け」


「……甘いものですね」


 声が少し変わった。


「そうだな」


 分かりやすい。


「食べていいぞ」


「いいんですか?」


「そのために持ってきたんだから」


「では……」


 ミアが蓋を開ける。


 ふわりと甘い香りが広がった。


 花と木を思わせる香り。


 その奥に、柔らかい甘さがある。


「いい香り……」


 さっきまで受付嬢の顔だったミアが、瓶へ少し近づく。


 俺は笑いそうになるのを堪えた。


「好きそうだな」


「まだ食べてません」


「顔に出てる」


「出てません」


 いや、出てる。


 ミアは少しだけ俺を睨んでから、木の実を一つ口に入れた。


 噛む。


 そのまま止まった。


「……どう?」


 返事がない。


 もう一度、ゆっくり噛む。


 飲み込んで。


「……これ、すごく好きです」


「そんなにか」


「はい」


 即答だった。


 もう受付嬢の返事じゃない。


 普通に甘いものを食べて喜んでる。


 ミアがもう一度、瓶の中を見る。


「甘いんですけど、重くないですね」


「ああ。俺も向こうで食った」


「これ、本当にいただいていいんですよね?」


「いいって」


「ありがとうございます」


 瓶を抱えるように持つ。


 大事にする気らしい。


 ノアがそれを見て、少しだけ口元を緩めた。


「分かりやすいな」


「ノアさんまで」


「好きなんだろ」


「……好きですけど」


 ミアが瓶を手元へ寄せる。


 認めた。


 まあ、ここまで気に入ってくれたなら、持って帰った甲斐はある。


 その時。


 奥の扉が開いた。


「さっきから騒がしいと思ったら」


 ドランが出てくる。


 俺たちを見るなり、足を止めた。


「戻ったか」


「ああ。ただいま」


「無事ならいい」


 短い。


 でも、ドランらしい。


「ちょうどよかった。ドランにもあるぞ」


「何だ」


 もう一度、腰の魔法袋へ手を入れる。


 取り出したのは、薄い干し魚の包みだ。


「精霊大陸で買った干し魚」


 包みを開く。


 薄く乾いた魚が何枚か重なっている。


 ドランが一枚つまんだ。


「食っていいのか」


「土産なんだから食ってくれ」


「そうか」


 そのまま口へ運ぶ。


 ぱり、と乾いた音がした。


 ドランが噛む。


 もう一度。


「……塩気があるな」


「結構うまいだろ」


「ああ」


 さらに噛んでから、ドランが干し魚を見る。


「酒に合いそうだ」


「やっぱりそっちか」


「何が悪い」


「悪いとは言ってない」


 ドランがもう一枚取る。


 気に入ったらしい。


「酒と一緒なら、そのままでもよさそうだな」


 後ろから声がした。


 カインだ。


 ドランが顔を上げる。


 カインは少し距離を残したまま、干し魚を見ていた。


「合わせるなら、香りのある酒も合いそうですね」


「ほう」


 ドランの目がカインへ向く。


「分かるのか」


「商いで食べ物や酒を見ることもありますので」


 カインが答える。


「ただ、好みもありますから。実際に合わせてみるのが一番でしょうね」


「そりゃそうだ」


 ドランが笑う。


「お前、商人か」


「はい。カインと申します」


「ドランだ。ここのギルドマスターをやってる」


「よろしくお願いします」


「ああ」


 ドランは干し魚をもう一度噛む。


「酒の話なら嫌いじゃない」


「それはよかったです」


 カインが少し笑う。


 さっきまで俺たちの後ろにいたのに。


 気づけば、普通にドランと話している。


 旅の途中でもそうだった。


 香草や食べ物の話になると、自然に会話へ入ってくる。


 商人なんだな、と改めて思う。


「それで」


 ドランが俺を見る。


「こいつもサイファにいるのか?」


「今は一緒に来てるだけだよ」


 カインも頷く。


「サイファへ来るのは初めてですので、しばらく街を見て回ろうと思っています」


「そうか」


 ドランはそれだけ言った。


 変に踏み込まない。


 カインも余計なことは言わない。


 そのくらいでちょうどいい。


「どうです? サイファは」


 ミアが聞く。


 カインは少し考えてから答えた。


「良い街ですね」


「まだ来たばかりだろ」


「それでも分かることはありますよ、レインさん」


 俺を見る。


「人の声が多いですから」


「それはまあ……多いな」


 さっきから何人に声をかけられたか分からない。


 ミアが笑う。


「賑やかな街ですから」


「ええ」


 カインが頷いた。


 その横で、ドランはまだ干し魚を食べている。


「それ、全部食うなよ」


「俺への土産だろ」


「そうだけど」


「なら問題ない」


「……まあいいか」


 気に入ったなら、それでいい。


 ミアを見る。


 こっちは瓶をしっかり自分の側へ置いている。


 もう誰にも渡す気はなさそうだ。


「ミアも食いすぎるなよ」


「大事に食べます」


「本当か?」


「本当です」


 返事だけは立派だ。


 俺は笑って、腰の魔法袋へ手を触れた。


 まだ土産は残っている。


 干し貝もある。


 保存用の香草もあるし、むぎ用に買った種もある。


 全部を配るものじゃない。


 でも。


 干し貝は、街のみんなにも渡せる。


 さっき門からここまで来るだけでも、ずいぶん声をかけられた。


 なら。


「残ってる分、街にも配るか」


 アクセルが俺を見る。


「ああ」


 ノアも頷く。


「いいと思う」


「何かあるんですか?」


 ミアが聞く。


「干し貝」


「それも精霊大陸の?」


「ああ」


 ミアの視線が、ほんの少しだけ腰の魔法袋へ落ちた。


「甘くないぞ」


「分かってます」


 即答された。


 俺は笑う。


「じゃあ、俺たちは行くよ」


「はい」


 ミアがいつもの受付嬢の顔に戻る。


「改めて、おかえりなさい」


「ああ。ただいま」


 ドランにも手を上げる。


「またな」


「ああ」


 カインも二人へ軽く頭を下げた。


「失礼します」


 ギルドの扉へ向かう。


 ここちゃんは変わらず俺の腕の中。


 むぎも胸元にいる。


 扉を開けると、午後の光が差し込んだ。


 まだ夕方には少し早い。


 外には、カインの荷車がある。


 俺は腰の魔法袋へ手をやる。


 土産は、まだ残っている。


 今度は。


 街のみんなの分だ。

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