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受付嬢は甘味に弱い


 ギルドの扉を押す。


 昼前の空気は少し重い。


 木の床が軋む音。

 酒と革の匂い。

 壁際では低い笑い声。


 何人かがこちらを見る。


 一瞬の間。


「あ」


 誰かが言った。


「白兎の庭だ」


「神輿が帰ってきたぞ」


 波みたいに視線が広がる。


 カウンターの奥で、ミアが顔を上げた。


 そして。


「レインさん!?」


 早い。


 椅子ががたんと鳴る。


 駆け寄る勢いだ。


「戻られたんですね!」


「戻った」


 俺は袋を持ち上げる。


「土産」


 ミアの目がきらっと光る。


 仕事の顔ではない。


 純粋な興味だ。


「何ですか?」


 俺は小さな瓶を差し出す。


 琥珀色に光る、木の実の蜂蜜漬け。


 光を受けて、とろりと揺れる。


 ミアが息を呑む。


「……綺麗」


 指先がそっと瓶に触れる。


「精霊大陸の甘味だ」


 ノアが静かに補足する。


「森で採れる実を蜜に漬ける」


 ミアは蓋を開ける。


 甘い香りがふわりと広がる。


 花と、木と、柔らかい甘さ。


 ギルドの酒臭さを一瞬押しのける。


「……いただきます」


 瓶に付いていた小さな匙でひとつすくう。


 口に入れた瞬間。


 目が丸くなる。


「甘い……優しい……」


 声が溶ける。


 肩の力がふっと抜ける。


「すごく……好きです、これ」


 素直だ。


 俺は喉の奥が少しだけ緩むのを感じる。


 その様子を、カインは少し離れた位置で穏やかに見ている。


 賑やかな空気に、目を細めている。


「受付は拡散点だろ」


 俺が言うと、ミアが慌てて顔を上げる。


「い、言いませんよ!? これは個人用です!」


 早い否定。


 その様子に、近くの冒険者が笑う。



 奥の扉が開く。


 重い足音。


 ドランが出てきた。


「騒がしい」


 腕を組み、こちらを見る。


「戻ったか」


「ああ」


 俺はもう一つの包みを差し出す。


「これ」


 布を開く。


 薄い干し魚。


 軽い。


 だが、塩の匂いが立つ。


「向こうで食った。炙るとうまい」


 ドランが鼻を鳴らす。


「ほう」


 指で一枚つまむ。


 口に入れる。


 噛む。


 無言。


 数秒。


「たしかに酒に合いそうだな」


 そのとき。


 ドランの視線が、カインへと流れる。


「……商人か」


 低い確認。


 カインは落ち着いたまま一歩前に出る。


「はい。旅商いを」


 軽く会釈。


「もしよろしければ、この干し魚に合う酒もございます」


 押しつけない声。


 空気がわずかに止まる。


 ドランの眉が動く。


「ほう」


 興味だ。


 警戒ではない。


「塩気の強い魚には、香りの立つものが合います。強すぎない蒸留酒を」


 短く、的確に。


 ドランは鼻を鳴らす。


「持ってるのか」


「いくつか」


 数秒の沈黙。


 そして。


「……悪くない」


 それだけ。


 それ以上は問わない。


 ギルドの空気が、自然に戻る。


 アクセルが小さく言う。


「合格だ」


「誰が審査してる」


 ドランがもう一枚取る。


「これは持っていく」


 その言い方が、少しだけ柔らかい。



 俺は袋を持ち直す。


「まだあるぞ」


 殻付きの干し貝。


 軽い音を立てて袋の中で揺れる。


「こっちじゃ珍しいらしい」


 テラの声が頭をよぎる。


 俺は小さく笑う。


「配るか」


 アクセルが無言でうなずく。


 ノアが言う。


「話題になる」


 ミアが大切そうに瓶を見る。


「また持ってきてくださいね」


「そのうち」


 俺は肩をすくめる。


 カインが静かに言う。


「良い街ですね」


 短い感想。


 だが、本音だ。


 ギルドを出る。


 外の空気は少し暖かい。


 石畳が陽に温められている。


 干し貝の袋がかさりと鳴る。


 帰ってきた。


 ちゃんと、帰ってきた。



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