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ふかふかの幸せ


「……こちら、換金額になります」


ミアが差し出した袋は、見た目よりずっと重かった。


ずしり、と手が沈む。


街までの道中にアクセルが狩った魔物の素材を換金してもらっただけだ。


俺が袋の重さに驚きを隠せないでいると。


「Cランク相当の素材がありましたので」


「え、でも俺、Fランクですけど…」


「記録上はレイン様の討伐になっております」


周囲の視線が刺さる。


ひそひそ声。


「あれが瞬狼を従えてるっていう…」


「拾われた、って言ってたぞ」


やめろ。


広めるな。


俺はぎこちなく頭を下げる。


「ありがとうございました!」


袋を抱え、アクセルの腕を軽く引く。


「行くぞ」


「ああ」


ギルドの扉を抜ける。


外の空気を吸った瞬間、肩の力が抜けた。


「……疲れた」


「なぜだ?」


「精神的にだよ…」


アクセルは理解していない顔だが、追及はしない。


大金が入っている袋をしっかり無限収納へおさめた。


いきなり消えた袋を見てアクセルが怪訝そうな顔をする。


「金はどこに消えた」


やばい。何も考えず無限収納に入れてしまった。


「…物を出し入れできる能力?みたいなものさ」


「魔法袋のことか?」


魔法袋ってなんだ。アイテム的なものか?


内心冷や汗をかきながら答える


「……事情がある。今は言えない」


アクセルは一瞬…何か考えているような表情になり


「…そうか」


「何も言わん」


もしかしてアイテム以外で収納魔法とかの概念がないのか…?


内心はもう冷や汗ダラダラだ。


「まずは俺の家に行く」


アクセルは何事も無かったかのように歩き出した。


ほっと息を吐く。


追求されなくて本当に良かった。


…今後人前で使うのは控えよう。


使う時は魔法袋ってことにしようと心に決めた。



「ここが家だ」


案内されたのは街の端。


壁板が歪み、屋根の一部が浮き、窓は小さく、光も入りづらい。


扉を開けると、木の匂いと埃の匂い。


中は寝床一枚と武器立てだけ。


それだけ。


《老朽化率、高》


(見ればわかる)


《防寒性能、低》


(それも見ればわかる)


これは家じゃない、廃墟の物置だ…。

……いや、言わないでおこう。


困惑と呆れの混ざった目でアクセルを見やる。


アクセルが少しだけ視線を逸らす。


「……ここでは寝るだけだ」


強がりでもなく、ただの事実。


俺は中を一周見回し、即決した。


「無理だな」


アクセルが小さく頷く。


「宿に行くぞ」


「ああ」


迷いはなかった。



宿屋の扉を開けた瞬間、暖かい空気が頬を撫でた。


木の香り。


煮込みの匂い。


人の声。


床の軋み。


生きている音。


部屋に通され、扉が閉まる。


そこにあるのは、ベッド。


ちゃんとしたベッド。


俺はゆっくり近づき、軽く手で押す。


ふわ。


森では地面だった。


石が背中に当たり、落ち葉を敷いても硬さは残る。


夜は冷たい風が入り込み、枕代わりの石で首が痛くなる。


目が覚めるたび、獣の気配に耳を澄ませた。


それが当たり前だった。


今は違う。


俺は倒れ込む。


ぼすっ。


沈む。


柔らかい。


包まれる。


前世のベッドのような高級マットレスではない。


布に綿を入れたレベルだ。


それでも。


冷たい風がない。


痛くない。


「ああ……」


声が漏れる。


アクセルがベッドの端に腰を下ろす。


沈む。


目を見開く。


「……これは」


「ふかふかの幸せだ」


アクセルは小さく息を吐いた。


「森に戻れなくなるな」


「戻れないな」


即答だった。



夕食。


椅子と机がある。


それだけで、少し感動する。


椅子に座って食べられる。


机に肘をつけられる。


まっすぐな背もたれがある。


内心感動していると、スープが運ばれてくる。


野草じゃない。


ちゃんと刻まれた野菜が入っている。


塩味だけの味付け。


正直、物足りない。


でもとても温かい。


そして。


パン。


硬い。


だが、噛むと小麦の味がする。


「……パンだ」


この世界で初めてのパン。


それだけで胸が満たされる。


ここちゃんには生の葉野菜を分けてもらう。


むぎちゃんにも細かく刻んで渡す。


塩味だけ、確かに物足りない。


でも。


「……うまいな」


アクセルが静かに頷く。



食後。


宿の主人が桶を運んでくる。


「湯を用意しましたので身体を拭くのにどうぞ。」


湯気が立っている。


主人が桶と共に置いていってくれた布を湯に浸す。


温かい。


温かい布で顔を拭く。


「あぁ……」


声が出る。


森では水だった。


火は食事に使う。


そして集められる薪は限られている。


体を拭くためだけに薪を使って湯を沸かす余裕はないと判断していた。


火は生き延びるために絶対必要だったから。


でも、今は違う。


温かい。


肩を拭く。


腕を拭く。


背を拭く。


疲れが抜けていく。


アクセルも無言で拭いている。


「湯は、良いな」


「だな」



ベッドに横になる。


柔らかい。


温かい。


ここちゃんの体温。


むぎちゃんの小さな重み。


俺は天井を見上げる。


森は、生きる場所。


街は、暮らす場所。


そして暮らすには。


「金がいる」


宿代。


食費。


「まずは収入の確保だ」


アクセルが頷く。


「ああ、獲物は俺が狩る」


「俺も働く」


「レインは俺が守る」


「ありがたいが、守られるだけは嫌だ」


静かな決意。


明日はギルドに行って依頼を受けてみよう。


薬草採取とか安全そうなやつを。


Fランクらしく。


地道に。


今日からこの街で、生きていく。



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