怪しい新人
登録の手続きを進めている間も、ギルドの中から視線を感じた。
露骨に睨まれているわけじゃない。ただ、ちらちら見られている。
(まあ、そうなるよな)
今なら分かる。
どこから来たのかも分からない。見慣れない格好をして、冒険者でもないのにSランクのアクセルと一緒に現れた。
腕には白いうさぎ。胸元にはハムスター。
(普通に怪しいな、俺)
むしろ、何も気にしていないアクセルの方が不思議なくらいだ。
「なあ」
少し離れたテーブルから声が飛んできた。
男がこちらを見ている。
「お前、どこの出だ?」
「……」
来た。
聞かれるとは思っていた。でも、答えがない。
日本。
そう答えたところで、ここで通じるとは思えない。
「……遠いところです」
「どこだよ」
「かなり遠いところ」
自分でも苦しい。
男の眉が上がった。
「国は?」
「……」
さらに答えられない。
周囲の視線が少し変わった。
さっきまでは好奇心の方が強かった。そこへ、警戒が混じる。
(そりゃそうだよな)
俺だって逆の立場ならそうする。
見たこともない服を着た男が突然現れて、出身地を聞いても答えない。
どう考えても怪しい。
「答えられない事情でもあるのか?」
「……まあ、そんな感じです」
嘘ではない。
説明できないだけだ。
すると、隣にいたアクセルが口を開いた。
「事情があるんだろう」
男がアクセルを見る。
「お前は気にならないのか?」
アクセルは少しだけ考えた。
「変なやつだとは思う」
「思ってるのかよ」
思わず口を挟んだ。
近くから小さく笑いが漏れる。
アクセルは気にせず続けた。
「だが、悪いやつではない」
「根拠は?」
「一緒にいれば分かる」
短い。
それだけだった。
俺は少し黙った。
(……そう思ってくれてるんだな)
会ってから、まだ大して時間は経っていない。俺の事情なんて、アクセルもほとんど知らない。
それでも。
森で一緒にいた間の俺を見て、そう言ってくれたんだと思う。
なんとなく、嬉しかった。
「瞬狼がそう言うならなあ」
「いや、怪しいのは怪しいだろ」
「それはそうだ」
「そこは否定してくれないんですね」
思わず言うと、今度はもう少し笑いが広がった。
警戒がなくなったわけではない。
でも、さっきより空気は少し軽くなった。
それくらいで十分だと思う。
俺自身、説明できないんだから。
⸻
しばらくして、ミアが書類から顔を上げた。
「お待たせいたしました。これで登録は完了です」
「終わりですか?」
「はい。レイン様は本日よりFランク冒険者となります」
「おお……」
冒険者。
自分でなるとは思ってもいなかった。
もっとも、一番下のFランク。
しかも、この世界へ来てまだ三日目。何ができるのかも分からない。
「依頼は掲示されているものから、ご自身のランクで受注可能なものをお選びいただけます。不明な点があれば受付へお持ちください」
「分かりました」
「最初は無理をなさらないことをおすすめします」
「それは本当にそうします」
森で見た魔物を思い出す。
討伐依頼とか言われても困る。
まずは俺でもできる仕事を探そう。
「ありがとうございます」
「はい。お気をつけて」
ミアに頭を下げる。
ここちゃんも俺の腕の中からミアを見る。
きゅる。
「……またね」
ミアが小さく手を振った。
やっぱり好きなんだな。
⸻
登録も終わった。
仕事の受け方も聞いた。
ようやく一息つける。
「じゃあ……」
周囲を見る。
窓の外は、少しずつ夕方の色になり始めていた。
「まずは寝る場所だな」
その言葉にアクセルがこちらを見る。
「俺の家に来ればいい」
「家、あるのか?」
「ああ」
口にしてから、ちょっと失礼だったと思った。
「いや、悪い。あるよな」
「ある」
気にしていない。
森で倒れていたところから知り合ったせいか、家で暮らしている姿がどうにも想像できなかっただけだ。
「泊めてくれるのか?」
「ああ」
それはありがたい。
今日から仕事を受けられるとはいえ、まだ一銭も稼いでいない。
宿代の相場だって分からない。
「じゃあ、ありがたく泊めてもらうよ」
アクセルが頷き、歩き出した。
俺もここちゃんを抱いたまま、その後を追う。むぎは胸元から少しだけ顔を出していた。
ギルドを出て歩きながら、さっきの言葉を思い出す。
『変なやつだとは思う。だが、悪いやつではない』
正直、ちょっと嬉しかった。
この世界へ来て、最初にまともに話した相手だ。
そのアクセルが、少なくとも俺を悪いやつではないと思ってくれている。
(悪いやつじゃない、か)
少しだけ。
ここでもやっていけるかもしれないと思えた。
……ただ。
前を歩くアクセルを見る。
ワイバーンを一人で倒した。大怪我をしても「問題ない」。
門番にもミアにも「また無茶した」と言われていた。
Sランクなのに、自分のことを「それなりに有名」と言う。
門番や街の人は普通にハムスターと呼んでいたのに、この人だけネズミと言っていた。
(……やっぱり、無頓着なところはあるのかもしれない)
まだ会って二日。
分からないことの方が多い。
細かいことを気にしない人なのか。
単に俺がこの世界の基準を知らないだけなのか。
今はまだ、そのくらいだ。
⸻
しばらく街を歩く。
中心から離れるにつれ、人通りが少なくなっていった。
「この辺なのか?」
「ああ」
さらに歩く。
建物も少なくなる。
そして。
アクセルが一軒の前で止まった。
「ここだ」
「……ここ?」
「ああ」
壁板が歪んでいる。
屋根の一部が浮いている。
窓は小さく、外から見ても暗い。
俺は建物を見る。
アクセルを見る。
もう一度、建物を見る。
「……これ、家?」
「ああ」
アクセルが扉を開けた。
中へ入る。
俺もその後に続いた。
寝床。
武器立て。
以上。
「……」
俺は黙って中を見る。
部屋を見る。寝床を見る。武器立てを見る。
アクセルを見る。
「ここに住んでるのか?」
「ああ」
普通に答えた。
さっきまで。
この人は、少し無頓着なところがあるのかもしれない。
そう思っていた。
もう一度、部屋を見る。
ここちゃんを見る。
胸元のむぎを見る。
そして、アクセルを見る。
(こいつ、マジか……)




