縮まる距離
王都を出てから四日目。
サイファまで、あと二日。
朝から続いていた街道は、昼を過ぎても穏やかだった。
乾いた道を歩く。
ここちゃんは腕の中。
むぎは胸元だ。
隣では、カインの荷車がいつもの音を立てて進んでいる。
王都を出てからも。
昼になれば一緒に休んで。
夜になれば、同じ火を囲んだ。
最初の頃より、会話も増えた。
別に何かが大きく変わったわけじゃない。
ただ。
「あと二日ですね」
カインが前を見たまま言う。
「ああ」
「ようやくだな」
アクセルも答える。
「六日って聞いた時は長かったけどな」
「実際長い」
「お前は地面のことしか考えてなかっただろ」
「寝台もある」
「結局そこじゃん」
カインが小さく笑う。
ノアが横から言った。
「もうすぐ戻れる」
「ああ」
俺も頷く。
あと二日。
数字にすると短い。
ここまで来ると、早く着かないかと思う。
ここちゃんの耳が腕の中で揺れた。
「お前も帰りたいか?」
きゅる。
「そうか」
本当にそう言ってるかは知らない。
でも、元気ならそれでいい。
胸元でむぎも少し動いた。
キュ。
「お前もな」
そんなことを言いながら歩く。
風が草を揺らす。
遠くで鳥の声がした。
特に何もない。
このまま今日も歩いて、夕方になったら野営する。
そう思っていた。
アクセルの足が止まった。
ほとんど同時に、ノアも前を見る。
「どうした?」
聞くより先に。
街道脇から、枝の折れる音がした。
ばきっ。
ここちゃんの耳が立つ。
アクセルの重心が落ちる。
「来る」
短い声。
俺は反射的に数歩下がった。
荷車の後ろ側へ回る。
ここちゃんは腕の中に抱いたまま。
むぎも胸元だ。
前へ出る気はない。
二匹を抱えてる時に無理して何かする方が危ない。
次の瞬間。
街道脇から影が飛び出した。
二体。
灰色の毛。
牙。
獣みたいな魔物だった。
「二体!」
アクセルが剣を抜く。
一体が正面から跳ぶ。
アクセルが踏み込む。
ノアの詠唱が重なった。
魔物の足元が崩れる。
体勢を崩したところへ、アクセルの剣が走った。
一体目の身体が横へ倒れる。
その横。
もう一体が進路を変えた。
アクセルの方じゃない。
ノアでもない。
荷車の脇へ回り込む。
カインのいる方へ。
「カイン!」
声が出た。
でも。
カインは逃げなかった。
一歩。
ほんの少し位置を変える。
次に見えた時には、手に短剣があった。
「え」
魔物が飛び込む。
カインも前へ出る。
大きな動きじゃない。
踏み込みも浅い。
なのに。
短剣の刃が、迷わず喉へ入った。
一度。
それだけ。
魔物の身体が地面へ落ちる。
土が小さく跳ねた。
動かない。
「……終わった?」
思わず呟く。
アクセルとノアが相手をした一体も倒れている。
ノアはまだカインを見ていた。
カインは短剣を戻す。
息を切らしている様子もない。
さっきまで荷車を引いて歩いていた時と、ほとんど変わらなかった。
「カイン、戦えるんだな」
俺が言うと、カインがこちらを見る。
「昔、少し護身を覚えまして」
「少し?」
「はい」
倒れた魔物を見る。
もう一度カインを見る。
「あれで?」
カインが少し困ったように笑う。
「旅をしていると、必要になることもありますので」
それ以上は言わなかった。
俺も。
何をどこまで聞けばいいのか、少し迷う。
昨日会ったばかりではない。
もう何日も一緒に歩いている。
でも。
カインの昔のことを知っているわけでもない。
旅商人。
香草に詳しい。
商いの荷を引いている。
今知っているのは、そのくらいだ。
アクセルがカインを見る。
「動きが軽いな」
「そうですか?」
「ああ」
短い。
それだけだった。
ノアもまだ見ている。
視線がカインの足元へ落ちる。
次に手元。
それから顔。
「……少し、ではないな」
「ノアもそう思う?」
「ああ」
カインが苦笑した。
「護身ですよ」
「普通の護身って、あんな速いの?」
「さあな」
アクセルが言う。
「俺に聞くなよ」
「聞いてない」
「そうだった」
アクセルは剣を収める。
それ以上、カインへ何か聞こうとはしなかった。
ノアも同じだ。
少し気にはなる。
そりゃなる。
短剣を出して。
一歩入って。
喉を一度。
俺には細かい技術なんて分からない。
でも、慣れてることくらいは分かる。
それでも。
今ここで聞くことでもない気がした。
「レインさん」
「あ」
カインに呼ばれて、我に返る。
「ここちゃんたちは大丈夫ですか?」
「そうだった」
腕の中を見る。
ここちゃんはそのまま。
黒い目で前を見ている。
「大丈夫そうだな」
きゅる。
胸元へ手を添える。
「むぎは?」
キュ。
小さな声。
「よし」
二匹ともいる。
変わった様子もない。
そこでようやく肩の力が抜けた。
「カインも怪我ない?」
「はい。大丈夫です」
「ならよかった」
それで終わり。
アクセルもノアも無事。
二匹も無事。
カインも無事。
だったら。
「行くか」
「ああ」
アクセルが歩き出す。
ノアも続く。
カインは短剣をしまい、荷車へ戻った。
「行きましょう」
「ああ」
俺もまた歩き出す。
ここちゃんを抱き直す。
むぎは胸元。
その横を、カインの荷車が進む。
しばらくして。
「なあ、カイン」
「はい?」
「あのスパイスなんだけど」
カインがこっちを見る。
「またその話ですか?」
「またって何だよ」
「王都へ着く前から続いていますので」
「まだ終わってないからな」
「終わるんですか?」
「……たぶん」
アクセルが前から言う。
「終わらない」
「何でお前が決めるんだよ」
「見てきた」
「数日だろ」
「十分だ」
ノアが小さく頷く。
「十分だな」
「ノアまで」
隣でカインが笑った。
さっきまで短剣を握っていたのに。
香草の話を始めると、いつものカインだった。
街道はまだ続いている。
カインの荷車も、さっきまでと同じように俺たちの横を進んでいた。




