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街道の夜


 翌朝。


 ヴァンの門前へ着くと、カインはもう来ていた。


「おはようございます」


「おはよう」


 昨日と同じ旅装。


 その横には荷車がある。


「それ、カインの?」


「はい。商いの荷はこちらに」


「結構あるな」


「旅商人ですので」


 そりゃそうか。


 昨日は宿と港で話していたから、こうして荷車と一緒にいる方が本来の姿なんだろう。


 ここちゃんは腕の中。


 むぎは胸元から顔だけ出している。


 アクセルとノアも揃っていた。


「じゃあ行くか」


「ああ」


「はい」


 俺たちはヴァンを出た。


 王都まで四日。


 今日は、その一日目だ。


 街を離れるにつれて、港の匂いは薄くなっていった。


 代わりに土と草の匂いが増えていく。


 街道を進む。


 昨日会ったばかりのカインが一人増えた。


 それだけなんだけど。


 歩いてみれば、思ったより変な感じはしなかった。


 カインは荷車を引きながら、俺たちの歩く速さに合わせている。


 速くもない。


 遅くもない。


 車輪が道を転がる音も、思ったより静かだった。


「その荷車、あんまり揺れないな」


 俺が言うと、カインが振り返る。


「傷みやすい品もありますから」


「なるほど」


 そういうところまで商売なんだな。


 アクセルも荷車を見る。


「静かだ」


「ありがとうございます」


「褒めたのか?」


 俺が聞く。


「ああ」


「分かりづらいな」


「そうか」


 いつも通りだ。


 カインが小さく笑った。


 昨日までは、俺とカインが話している横でアクセルが呆れていた。


 今日は普通にアクセルとも話している。


 まあ。


 同じ道を歩いてるんだから、それくらいはするか。


 しばらく進んで。


 昼前。


 日差しが少し強くなってきたところで休むことにした。


「この辺でいいか」


「ああ」


 街道から少し外れた場所で足を止める。


 日差しの当たりにくい場所を選ぶ。


 ここちゃんを片腕に抱いたまま、空いた手で腰の魔法袋から薄い敷物を出した。


 片手で広げられるところまで広げて。


「ここちゃん、ここな」


 腕から下ろす。


 きゅる。


 ここちゃんが敷物へ乗った。


 これで両手が使える。


 端を整えてから、むぎ用の小さい敷物も隣へ出す。


「むぎも休憩」


 胸元から手へ移す。


 キュ。


 そのまま小さい敷物へ。


 二匹の水と食事を用意する。


 ここちゃんは敷物の上で落ち着いて食べ始めた。


 むぎも小さな身体で食事へ向かう。


「ちゃんと休めよ」


 きゅる。


 キュ。


「返事はいいな」


 俺たちも簡単に昼を済ませる。


 カインは自分の荷車のそばに座っていた。


「二匹とも、旅には慣れているんですね」


「こいつらも結構旅してるからな」


 ここちゃんを見る。


 食べ終わって、敷物の上で身体を伸ばしている。


 むぎも水を飲んでから、小さい敷物の上で丸くなった。


「休む場所まで持ち歩いているとは思いませんでした」


「地面そのままだと嫌だろ」


「なるほど」


 カインはそれ以上何も言わず、二匹を見る。


 触ろうとはしない。


 昨日と同じだ。


 そういう距離の取り方は、ちょっと助かる。


 少し休んでから、また街道へ戻る。


 まずむぎを胸元へ戻す。


 キュ。


 小さい敷物を畳んで、魔法袋へ。


 それからここちゃんを片腕へ抱き上げる。


 空いた手で薄い敷物を畳んで、同じようにしまった。


「行くか」


「ああ」


「はい」


 午後も歩く。


 派手なことは何も起きない。


 荷車の音。


 風。


 時々、遠くから聞こえる鳥の声。


 アクセルは前を見ている。


 ノアも静かに歩いている。


 カインは荷車を引きながら、ときどき道沿いへ視線を向ける。


「何かあった?」


「いえ。見ていただけです」


「商人?」


「そうですね」


 それだけ。


 昨日までなら、そこから俺が色々聞いていた気もする。


 でも今日は歩いてる。


 さすがに香草談義を始めたら、アクセルに何を言われるか分からない。


 夕方。


 空の色が変わり始めた頃、野営できそうな場所で止まった。


 街道から少し離れている。


「今日はここだな」


 アクセルが周囲を見る。


「ああ」


 ここからが仕事だ。


 火を使う場所から少し離れたところへ向かう。


 ここちゃんを片腕で抱いたまま、空いた手で薄い敷物を取り出す。


 地面へ置いて。


「ここちゃん、こっちな」


 腕から下ろす。


 きゅる。


 ここちゃんが敷物へ乗る。


 両手が空いたところで、むぎ用の小さい敷物も隣へ出した。


「むぎはこっち」


 胸元から手へ乗せる。


 キュ。


 そのまま小さい敷物へ移す。


 二匹が落ち着いたところで、俺も野営の準備へ戻る。


 カインが荷車を止めて、こっちへ来た。


「何を手伝えばよいですか?」


「あ」


 そうか。


 今までなら、言わなくてもアクセルとノアが動いていた。


 カインは今日が初めてだ。


「じゃあ、薪を頼んでいい?」


「分かりました」


 カインがすぐに動く。


 アクセルは火を使う場所を整えている。


 ノアもその近くにいる。


 俺は食事の準備。


 カインが拾ってきた薪を置いて。


 アクセルがそれを受け取って。


 その横で俺が干し肉を出す。


 火がつく。


 ぱち。


 乾いた音がする。


 日が沈む頃には、焚き火の明かりがはっきり見えるようになっていた。


 ここちゃんは少し離れた敷物の上。


 むぎも小さい敷物の上で身体を丸めている。


 二匹にも先に食事と水を出す。


 ここちゃんが食べ始める。


 むぎも顔を上げて、食事へ寄ってきた。


「食う時は元気だな」


 キュ。


「はいはい」


 俺たちの夕飯も始める。


 今日の主役は干し肉。


 そのままでも食えるけど。


「これ使うか」


 小さな包みを出した。


 カインがすぐに見る。


「それは?」


「スパイス」


「昨日のお話に出ていたものですか?」


「ああ。拠点で試してたやつ」


 乾いた葉や実を混ぜたもの。


 まだ完成ってほどじゃない。


 でも、旅に持ってくるくらいには気に入っている。


 干し肉を火で炙る。


 そこへ少し。


 香りが立った。


「……お」


 自分でやっておいて、ちょっと嬉しい。


 焚き火の煙の中に、違う香りが混ざる。


 カインが鼻をわずかに動かした。


「面白い香りですね」


「だろ?」


 アクセルが先に手を出す。


「俺のは」


「待て」


「もう焼けてる」


「分かったから」


 一本渡す。


 アクセルが食べる。


 一口。


 もう一口。


「うまい」


「よし」


 ノアにも渡す。


 少し食べて。


「香りが変わるな」


「ああ」


 最後にカイン。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 受け取って、一口。


 ゆっくり噛む。


 少し間があった。


「香りが残りますね」


「強い?」


「いえ」


 カインがもう一口食べる。


「面白いです」


 昨日も香草の話で盛り上がった相手だ。


 やっぱりそこを見るんだな。


「配合、まだ試してる途中なんだけど」


「拠点で試しているんですか?」


「ああ」


「では、サイファでも続けるんですか?」


「多分やる」


 言ってから。


「いや、多分じゃないな。やるわ」


 カインが笑う。


「楽しそうですね」


「こういうの好きなんだよ」


「昨日で分かりました」


「そんなに?」


「食事が冷めるくらいには」


 ノアが静かに言った。


「その通りだな」


「お前も乗るのかよ」


 アクセルは何も言わずに二本目へ手を伸ばしている。


「アクセル」


「何だ」


「それ俺の」


 手が止まる。


「そうか」


「そうだよ」


 カインが小さく笑った。


 昨日より少しだけ、声が大きかった気がする。


 食事が終わる。


 火が少し落ち着いてきた。


 ここちゃんは自分の敷物の上で丸くなっている。


 むぎも小さい敷物の上で身体を丸めていた。


「眠いなら寝ろよ」


 キュ。


 俺も地面へ座り直す。


 その時。


 アクセルが横になった。


 しばらくして。


「……固い」


「地面だからな」


「前より固く感じる」


「地面は変わってないだろ」


「そういう意味じゃない」


 アクセルが真顔で言う。


「寝台に慣れた」


「ああ……」


 そういうことか。


 サイファの家。


 寝台。


 毎日使ってたら、そりゃ地面はきつくなる。


「王都まであと三日だ。耐えろ」


「三日」


 アクセルが少し黙る。


「長いな」


「森で寝てたやつが何言ってんだよ」


「あの頃は寝台がなかった」


「知ったせいで駄目になったのか」


「ああ」


「認めるんだ」


 ノアが火の向こうから言う。


「順応しろ」


「している」


「してないだろ」


 俺が返す。


「地面で寝る」


「それは寝るしかないからだろ」


「ああ」


 何なんだ、本当に。


 カインが口元を押さえている。


「笑ってる?」


「少しだけ」


「いいよ。普通に笑って」


「では」


 カインが小さく息を漏らした。


 笑った。


 それだけ。


 アクセルは気にしていない。


 ノアも火を見ている。


 俺も何となく笑った。


 焚き火が、ぱちりと鳴る。


 昨日の夜。


 カインは宿の食堂で、俺たちの向かいに座っていた。


 今日は。


 同じ街道を一日歩いて。


 同じ場所で休んで。


 今は、同じ火を囲んでいる。


 ここちゃんは敷物の上。


 むぎも小さい敷物の上で丸くなっている。


 アクセルは地面の硬さに文句を言って。


 ノアはいつも通り。


 カインも、その横でまだ少し笑っていた。


 別に、何か大きなことがあったわけじゃない。


 明日もまた歩く。


 王都まで、あと三日。


 焚き火の向こうで、カインが薪を一本足した。


 ぱち、と火が弾けた。

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