表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/85

街道の夜


 翌朝。


 ヴァンの門前には、もう旅人と荷車が並んでいた。


 潮の香りに、土と森の匂いが混ざっている。


 カインは約束通り来ていた。


 荷車の荷は昨日と変わらず整っていて、本人も変わらず穏やかな顔をしている。


「よろしくお願いします」


「こっちこそ」


 軽く言って、俺たちは街道へ出た。


 王都へ向かう道は広い。


 荷車の轍が何本も重なり、踏み固められている。


 午前のうちは旅人も多かった。


 商人の荷車。


 徒歩の旅人。


 護衛付きの馬車。


 昼には街道脇で少し休み、固いパンと水だけで腹を満たした。


 日が傾く頃には、前後の間隔が少しずつ開いていく。


 風の音の方が大きくなり、草原に冷たい空気が流れ始める。


 街道脇の開けた場所で足を止めた。


 荷を下ろす。


 アクセルが無言で薪を組み始める。


 手際がいい。


 火打石の音が乾いた夜に響く。


 ぱちり、と火が灯る。


 焚き火の匂いが広がる。


 ここちゃんが腕の中で耳を立てる。


 むぎは胸ポケットの奥で丸くなっている。


 ノアが水袋を置き、周囲を一度見渡す。


「静かだ」


 港とは違う。


 風と、草の擦れる音だけ。


 カインが荷車から干し肉とパンを取り出す。


「簡素ですが」


 アクセルが地面に座る。


 次の瞬間、地面を見て眉がわずかに寄った。


「……固い」


 低い声。


 俺は笑う。


「森がいいって言ってただろ」


 アクセルが焚き火越しに睨む。


「森は湿る」


「どっちだ」


 ノアが小さく肩を揺らす。


「贅沢だな」


 アクセルは何も言わない。


 だが、地面を手で押し、少し場所を探る。


 真剣だ。



 干し肉だけでは味気ない。


 俺は袋を取り出す。


 布に包んだ小壺だ。


 蓋を開けると、香りが立つ。


 乾いた香辛料の匂い。

 ほのかな甘さ。


 焚き火の煙に混ざり、夜の空気を変える。


 カインが視線を向ける。


「それは?」


「拠点で作った」


 口にした瞬間、胸の奥が少し温かくなる。


 サイファの厨房。

 試しに混ぜた配合。


 アクセルが干し肉を炙る。


 俺はその上に、少量を振る。


 粉が落ち、熱で香りが立ち上る。


 ぱち、と火が弾ける。


 ノアが息を吸う。


「……変わるな」


 アクセルが一口かじる。


 咀嚼する。


 もう一口。


「うまい」


 短いが、確かだ。


 カインも受け取る。


 ゆっくり噛み、飲み込む。


 焚き火の光がその瞳を照らす。


「香りが残る。面白いですね」


 評価は静かだ。


 誇張しない。


 俺は肩をすくめる。


「肉だけより飽きない」


 ノアがパンをちぎる。


「拠点で?」


「ああ」


 少しだけ喉が鳴る。


 帰る場所の味。


 ここちゃんが俺の膝に移動し、丸くなる。


 むぎが胸ポケットで小さく鳴く。


 キュ。


 アクセルが地面に寝転ぶ。


 硬い土の上だ。


「……やはり固い」


 俺は笑う。


「王都まで三日だ。耐えろ」


 アクセルは腕を頭の後ろに組む。


「寝台は重要だ」


「また始まった」


 ノアが静かに言う。


「旅人に必要なのは順応だ」


「順応はする」


 真顔だ。


 俺は焚き火を見つめる。


 火が揺れる。


 星が広がる。


 街道の夜は、静かだ。


 ただの野営だ。


 ただの干し肉だ。


 それでも、味は少し違った。


 焚き火の向こうに、人が一人増えただけなのに。


 俺は空を見上げる。


 行きとは違う。


 今は、帰る道だ。


 それだけで、十分だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ